婚約者を次から次へと寝取られるわたくしは、『縁結びの女神』なんて呼ばれます

アソビのココロ

第1話

 最初は親友のブレンダだった。


『ごめんなさい、エステラ。私はラングドン様を愛してしまったの!』

『エステラ、本当にすまない。でもブレンダを愛する気持ちは本物なんだ!』

『私のお腹にはラングドン様の御子がいるの!』


 まくし立てられて呆然とした。

 当時はわたくしも若かったから。


 状況を整理すると、寝取られという状況だった。

 ブルックス伯爵家の娘であるわたくしエステラとラングドン・ハトルペイジ侯爵令息は婚約していた。

 親友であるブレンダ・パーキンス伯爵令嬢を会わせたら、二人の世界に突入してしまったということだ。

 よくあるよくある。


 いや、今となっては冷静に考えられるけど、その時は面白くなかったよ?

 でもわたくしは気を落ち着かせて考えた。


 ……格上のハトルペイジ侯爵家からのお話ではあったけれど、あそこの侍女頭すごくうるさいんだよな。

 ラングドン様自身も貴公子ではあるものの、そんなに好みのタイプってわけじゃないし。

 家格が上であるところを鼻にかけるのもちょっと。

 わたくし、ハトルペイジ侯爵家に嫁いで幸せになれただろうか?


 ブレンダだって親友には違いない。

 わたくしも一瞬裏切られたような気持になったけど、自分が悪いことを認めて必死に謝ってくれてるし、恋は盲目とも言うし。

 何かにつけて身分の差を仄めかすラングドン様が頭を下げている様子を見て、気分がスッとする気もする。


 つらつらと考えたら結論が出た。

 ブレンダにラングドン様を押し付けてしまおう。

 皆が幸せになれる。

 怒っているのか混乱しているのかわからないけど、とにかく興奮していたハトルペイジ侯、パーキンス伯とうちの父を見てニッコリ。


『婚約解消にはもちろん同意いたします。そしてラングドン様とブレンダを罰しないで欲しいですわ』

『何故です? エステラ嬢は腹が立たないのですか?』

『愛は素敵なことだと思いますの。お腹の赤ちゃんに罪はありませんし』


 ブレンダに幸せになってもらいたいのは本心だ。

 ラングドン様が罰として嫡男を下ろされでもしたら、ブレンダもお腹の子供も可哀そう。


『エステラありがとう!』

『エステラ嬢がこれほどできた令嬢だったとは!』

『粋な采配、感服いたしましたぞ!』


 いいムードになって、怒りで顔真っ赤だった父も鎮火していた。

 ハトルペイジ侯爵家とパーキンス伯爵家からは結構な金額をいただいたが、それも『慰謝料』じゃなくて『縁結び料』にした。

 『慰謝料』だと両家がうちブルックス伯爵家に悪いことしたみたいだからね。

 この話はこれで終わり、気にしなくていいんだよ、という気持ちを見せたつもりだった。


 でもその配慮がハトルペイジ侯爵家とパーキンス伯爵家に刺さったらしく、エステラ嬢は素晴らしい心遣いができると広めてくれたみたい。

 わたくしは傷物令嬢になっちゃったのかなあ、とちょっと心配していたのだけれど、いいお話を次々といただくようになった。

 問題はここからだ。


『ごめんなさい、エステラ。私はローガン様を愛してしまったの!』

『エステラ、本当にすまない。でもアニータを愛する気持ちは本物なんだ!』

『私のお腹にはローガン様の御子がいるの!』


 うん、前にもこんなことあった。

 婚約するたび友人に寝取られてしまうことが続いた。

 何これ、こんなことある? と思ったが、似たような境遇の友人がいて似たようなお話をいただけば、似たような結末になるのかなあと納得した。

 まあどれもこれも私自身に向いてる婚約とも思えなかったので、べつにいいやと笑って許したのでありますよ。


 わたくしの周りで幸せなカップルが量産されていく。

 初めは『寝取られ令嬢』なんて陰口も叩かれた。

 でもわたくしの与党が多くなってくると、また同じような案件が増えて超自然の存在を疑われてくると、『縁結びの女神』なんて過分な二つ名をもらっちゃったよ。

 気分がいいなあ。


 恋愛相談を受けることも多くなった。

 わたくしも女神なんて呼ばれてる手前、真摯に相談に乗りますよ。

 貴族の事情にメッチャ詳しくなったわ。


 そんな時だ、彼と出会ったのは。


『あなたが高名なエステラ・ブルックス伯爵令嬢ですか?』

『結婚してください』


 一目見た瞬間ビビっと来た。

 これか、恋に落ちるということは。


 マーティン・サンダーズ伯爵令息はわたくしより五つ年上の、パッと見は冴えない男性だった。

 だから伯爵家の嫡男でありながら二五歳にもなって独身だったのだろう。


 しかしわたくしの鍛えられた女神の眼力と、頭蓋骨の中の令息データベースは誤魔化せない。

 真面目で優しく有能、しかも領地の発展性あり。

 間違いなくお買い得物件だ。

 あれっ? 一目惚れってこういうことだったかな?

 わたくし冷静過ぎる?


 戸惑うマーティン様。


『……今、聞き違いでなければ『結婚してください』と……』

『はい。結婚してください』

『私とですか? 何故でしょう? 『縁結びの女神』と称されるエステラ嬢は引く手数多と伺っていますが』

『マーティン様がわたくしに相談なさろうとするのは、お相手をお探しだからとお見受けいたしますが』

『はい』

『わたくしがマーティン様にピッタリだからです』


 断言したった。

 縁結びの女神とも言われるわたくしの意見は無視できまい。

 即婚約、そしてあれよあれよという間に結婚した。


          ◇


「お母様」

「何ですか?」


 娘の声に、ふと我に返る。

 わたくしは結婚後、二男二女に恵まれた。

 一〇歳になる長女シンシアはおしゃまだ。


「私はどのような殿方と結ばれるべきなのでしょう?」

「どうしてそれをわたくしに聞くのです?」

「『幸せの化身』のお母様の助言を受けるほど確かなことはないと、お友達のお母様に伺ったのです」


 わたくしと結婚したマーティンは自信に満ち溢れ、現在は経済副大臣を務めるまで出世している。

 わたくしに会うまでマーティンは、どちらかというと不良物件と思われていたようで。

 そんなマーティンの価値を見出したわたくしは見る目を称えられ、『幸せの化身』などと呼ばれているのだ。


「どのような殿方と結ばれるべき、ですか。まだ決めてはいけませんよ」

「どういうことでしょう?」

「シンシア自身がどういった女性になるか、定まっていないからです」


 わたくしがラングドン様との最初の婚約を解消したのはアクシデントだった。

 ラングドン様との婚約も自分で選び決めたものではなかった。

 どうアクシデントに決着を付けるかを考える機会があり。

 多くの令息と知り合う機会があり。

 学ぶ機会があったことが、わたくしという人間を成長させたのだと思う。


「勉強することです」

「ええ~? お母様はいつもそればっかり!」

「シンシアは勉強という言葉を狭く捉えているようですね」

「えっ?」

「勉強が足りないから理解が浅いのです」

「もう、お母様のいじわるっ!」


 ふふっ、シンシアは素直で快活な子。

 今のまま捻くれず育てば全然問題ないのだ。

 サンダーズ伯爵家と誼を結びたい家などいくらでもあるのだから、選択の幅は広い。

 でも自分にどんなスキルがあるかで未来は変わる。

 学びが必要な所以だ。


「シンシアにもいずれわかりますよ」

「エステラ」

「あら、あなた」


 今日は帰りが早いのだな。

 軽くハグする。


「お父様みたいな人がいいなあ」

「えっ? 何が?」

「ふふっ、シンシアがどんな殿方と結ばれるべきか、という話ですよ」

「まだまだ家にいて欲しいなあ」

「実はマーティンはあまり人気がなかったのですのよ」

「あまり、じゃなくて全然だ。年上の問題令嬢を押し付けられそうになって、当時『縁結びの女神』として有名だったエステラのところに相談しに行ったのだよ」


 年上の問題令嬢を押し付けられそうになったというのは知らなかった。


「見る目は大事ですよ」

「どうやったら見る目が身に付くの?」

「勉強です」

「ええ~?」

「多くの人と会うことが大事なのです」

「勉強関係ないじゃないの」

「何を言っているのです。人と会うならマナーは当然必要でしょう?」

「えっ? そうね」

「マナーに問題がなくても、話が弾まないとそれっきりですよ。バカな子と見下されたにも拘らず関係が続くのは、打算がある場合だけです。幸せになれると思いますか?」

「……思いません」

「教養を得るのです」


 シンシアが口を尖らせます。


「だから勉強が必要なんだって、言ってくれればいいのに」

「本当は自分で気付いて欲しかったですね。誰かから聞いたことと自分で体得したこと、信じられるのはどちらですか?」


 シンシアがハッとした顔をしている。

 マーティンが苦笑しながら言う。


「エステラは厳しいね」

「我が子には幸せになって欲しいですから」


 マーティンとシンシアを抱きしめる。


「あっ、ずるーい!」


 下の子達も来ましたか。


「皆いらっしゃい」


 全員を抱きしめる。

 わたくしは幸せだ。

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