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回避七回。攻撃三回。
「よし,行くぞおおおおお……っ!」
こちらから見て右の頭部(イヌという動物の方)に向かって、わたしはトキヨを低く構えたまま、走り出す。
「ガルルルルッ!」
走り出したわたしに向かって威嚇する右の
「シャー!!!」
左前足——ネコの頭部を持つ前足が、わたし目掛けて凄まじい速度でパンチのように振り下ろされる。
そのパンチ(トキヨ
「うっぎゅ……っ!」
ほぼ仰向け状態のようなスライディングで回避に成功したが、目の前を鋭い爪を持つ足が通過するのは、やっぱり怖くて変な声が出ちゃった。ちょっと恥ずかしい。
が、恥じらっている場合ではない。
「いま!」
わたしはトキヨに合図を送り、肉体強化を強めてもらう。
すぐさま起き上がり後方へ飛ぶ。わたしが居た場所目掛け、今度はイヌが前足を、わたしを押さえつけるスタンプのように落として来るからだ——二度目の回避行動。
「続けて強化、ちょっと長めにお願い!」
「おっけーい」
わたしは続けて強化をしてもらい——今度は長めに強めてもらい——、イヌの頭部がわたしに噛み付いてくる攻撃を受け流す。
剥き出しになった牙にトキヨを走らせ、外側へ体をズラす。決して力に力で立ち向かうことはせず、攻撃をいなす——三度目の回避。
「うんにゃあ!」
無事受け流すことに成功したわたしは、達成感から普段出したことのない声を上げてしまった。
だけど今度も恥ずかしがっている場合ではない——受け流したイヌの頭部が低い位置に来ているタイミングを見逃さずに、その外側から思いっきり横っ
「ふぁりゃあああああっ!」
「ガアァウ! グルル……、グル……グ……」
いくら強度がある毛に覆われていても、打撃なら有効。
たぶん有効ってくらいの自信ではあったけど、どうやら打撃は有効のようだ——最初の攻撃成功。
「斬れないなら鈍器! あはは、クウキさんの仲間って感じがする僕の使い方超ウケるー」
「呑気に笑ってないでよトキヨ」
でもトキヨの言ったことは、わたしもそう思う。えへへ。
「油断してる場合じゃないんだっ!」
イヌの頭部は、打撃により
フラフラしているイヌ側から背後に向かって走り出す。
すると、前足を軸にして回転するようにわたしに向かって尻尾を振り回して来た。
「シャー!!!」
「食らうもんかっ!」
地面スレスレの尻尾をジャンプで躱わす。強めて貰わずとも、もともと肉体強化されている分の跳躍で躱わす——四度目の回避行動。
わたしが避けると、後ろ足を使い蹴ってくる——それをバックステップで回避。五度目の回避成功。
イヌはまだ脳震盪から復活していない。だけどあと数十秒で持ち直すはず。
「強化お願い——まだフラフラしてろおおおおおっ!!!」
立ちそうになっていたイヌ側の後ろ足を、内側からわたしは足払いするようにぶっ叩いた。
二度目の攻撃——イヌの後ろ足は地面を滑り、ネコの半身だけが立っている状態に持ち込む。
すかさずネコ側に走ると、またしてもネコパンチが飛んでくる——同じくスライディングで回避。
六度目の回避は声を我慢できた。ちょっと嬉しい。
スライディングついでに握りしめた砂浜の砂を、ネコの頭部へと目掛けて投げつける。
「ニャアアアアン!」
目に砂が入ったことにより、ネコは奇声を発して前足で懸命に目を擦っている——無防備。
ではない——ここでイヌの頭部がわたしに噛み付き攻撃を仕掛けてくる。まだフラフラではあるが、イヌは低い位置から頭を滑らせるようにして、一直線でわたしに牙を向けてくる。
「いま! 長めのやつ頂戴!」
「おっけーーーいっ!」
わたしはイヌの頭部を踏みつけ、回避——最後の回避成功。
残すは最後の攻撃。
イヌの頭部はネコの頭部と重なるように、跳躍したわたしの下に位置している。これを狙っていた。
この状況を作りたかったのだ。
だから——わたしは。
「当たれえええええっ!」
思いっきり、ネコの頭部を上から叩き下ろした。
思いっきり、ネコの頭部を上から叩き落とした。
全力で叩き落としたネコの頭部は、イヌの頭部にぶつかり——そのまま動かない。
回避七回。攻撃三回。達成。
「ああ……良かった……なんとかなったあ…………」
無事討伐成功したわたしは、その場にぺたんと座り込んでしまった。疲労も心労も凄まじいから、叶うならここで寝たいくらい疲れたあ……。ぐったり。
「お疲れ様。ひとまず討伐証明の尻尾を切り落とそうか」
ぐったりしてたら、すぐにトキヨがそう言った。
「そう言われてもトキヨ……尻尾カチカチで斬れないよね?」
「そこは僕の出番さ」
「トキヨの出番、さっきまでたくさんあったのに一太刀すらも浴びせてないよね?」
「あはは。それは切れ味が普通状態でのことだもん。僕自身に魔法を付与すれば、斬れるはずさ」
「ほんとーかなあ」
「まあ見てて」
そう言ったトキヨは、わたしの魔力を使って呪文を唱え始めた。
気絶してたから最後まで聞いたことないけど、ちょっとだけ聞いたことあるクウキの呪文よりも遥かに短い呪文だった。
「ルーザルトノーザンブレンドブレンドブレンド」
『
「付与完了したよー。さあ尻尾チョンパしてご覧」
「見た目に変化ないけど……本当に斬れるの?」
「やってみればわかるさ」
「ん……じゃあやってみる」
半信半疑でわたしは尻尾に刃を触れさせ、そして——切断。
「え……すごく斬れた!」
あっさりと斬れた。一太刀も浴びせていないイッヌーコの毛の鎧をモノともせず、スパッと信じられないくらい綺麗な断面で切断が出来てしまった。
「持ち手には伝わっていないけど、切先が細かく振動しているんだよ。だから軽く当てるだけでも斬れたってわけさ」
「す、すごい……これを最初から使ってくれれば良かったのに」
「それじゃあ特訓にならないでしょ」
「むう……そうだけどさ」
こんなにも疲労して討伐したのに、なんだかなあ、って気持ちが拭えない。なんだかなあ。
「まあ、でも……一人で討伐できたことに達成感はすごくある」
それだけで、満足だ。わたしなんかがこんな大物を討伐する日が来るなんて、思っても見なかったんだもん。
「今日はわたしの奢りだっ!」
「おーお、それは楽しみだけど、僕は奢られても食べられないからなあ、残念だ」
「わたしに試練を与えたツケが回って来たって感じ?」
「変な日本語を覚えたねーユーシアノさん。誰だよ教えたの」
「サカヅキ」
「あいつめ……僕の子孫になんてこと教えてるんだ」
「えへへ、とりあえずツケモノカプチーノに戻ろっか」
「だね」
こうして、わたしの人生初の魔物討伐は、なんとか無事成功したんだー。本当に良かったあ。
「うっ……筋肉痛もう来たかも……」
「若いなあ、その速度」
※※※
「うおーう! シアノやるーう! うささやるーう!」
シアノさんのバトルを見てたバニカさん、相当面白かったのかテンション高めです。まあ私も普通に真剣に見ちゃいましたし、軽く野球観戦している気分で見ちゃいましたが。
「さて——と。シアノさまのバトルも終わりましたので、そろそろ合流の準備をしてしまいましょう」
そう言った黒絵さんが立ち上がり、モニターを消しました。
念のため言っておくと、消したのはモニター画面ではなくモニターそのものです。
「準備って、なにするんですか、黒絵さん?」
「ひとまずわたくしが稼いだ残りを、王都にでも寄付してこようかと……えっと、空姫さま……?」
言いながら振り向いた黒絵さん。なにやら恐ろしいモノを見たかのように私を見て、若干青ざめています。
「なんです? どうしたんです黒絵さん?」
そんな恐ろしいモノを見たように見られたら、私は恐ろしいほど可愛いってことなのでしょうか——と。私がプラスに考えていると、
「その……
「お背中……あっ! 忘れてた!」
私は後ろを向き、背中を見せました。背中に居るモノを見せたのです。リュック並みの大きさを持つモノ——ふふん。
私が見つけて来た——でっかいカブトムシ! しかも白い!
「これすごくないですか!? 白くて綺麗だったので、ハントして来ちゃいました、どうですどうです? 可愛くないですか?」
私が言うと、背中のカブトムシ——オドロキノシロ(お名前つけました!)を見た黒絵さんは、
「……空姫さま……そのようなご趣味が……」
と、まだ青ざめています。おや? おやおやあ???
まさかのチャンスタイム到来???
チャンスと見た私は、オドロキノシロを背負ったまま、黒絵さんに向かって後ろ向きのまま、ぴょんぴょんと急接近。
「きゃあ!」
「きゃあ? おやおや〜? 黒絵さん、カブトムシが苦手だったりーい?」
好機好機好機。チャンスチャンス超チャンス!
晴らすとき、あの日の初キス、その恨み——ふふふ、空姫ちゃん執念の一句。
「うりうり〜オドロキノシロですよ〜ほれほれ〜」
「やめてくださいましやめてくださいまし、それ以上されますと銃殺してしまいますわ!」
「対策が物騒過ぎるでしょ」
銃殺って。お茶目なイタズラのリターンがデカくて怖い。
「やめちゃれよ、嫌がっとるじゃろ」
お婆ちゃんに
「というかそれ魔物じゃあありませんの?! 討伐しませんと!」
黒絵さんは、言いながら本当に銃を作って銃口を向けて来た。目がグルグルでガチです。おいおいマジかよ銃口向けられちまいましたよ、お茶目なイタズラに。
「落ち着いてください黒絵さん、こう見えてオドロキノシロは、私の言うこと聞いてくれる賢さを持っているんですよ」
有能さを示すために、私はオドロキノシロに命じました。
「ちょっと飛んでください、オドロキノシロ」
「キシキシ」
ぶーん——と。私をわずかに持ち上げ、浮遊してくれたオドロキノシロ。その有能さを皆さんに見せつけるように、私は言いました。
「ねっ!?」
「殺しましょう」
「なんでですか!?」
「魔物は絶滅させるべきなのですわ……」
「あなたいつからモンスタースレイヤーになったんですか!」
てか、なんで暗殺者やってるくせにカブトムシがダメなんですか。血とかもっと物騒な現場に率先して立っていたでしょうに。
「そんなんで暗殺者なんてやれるんですか?」
「わたくしは元暗殺者ですわ、引退しましたの」
「まさかたった今引退したんですか?」
「それは違います、この世界に来てこのパーティに参加してからですわ」
「へえ、良いことですねそれは。で? なんでカブトムシ苦手なんです?」
「わたくし、スズメバチやゴキブリは平気なのですが、カブトムシのような昆虫と触れ合う機会がございませんでしたの、ですから……」
「なら慣れましょう、ほら」
「ひぃ!!!」
ふふ。ふふふ。おもしろーーーーーーい!
ビビってる黒絵さんマジ愉快です、生きてて良かったー!
「てか普通スズメバチやゴキブリの方が怖いでしょ。なんでそのヤバめの二つが平気でカブトムシがダメなんですか、おかしいでしょ」
「幼少期から
「どんな訓練なんですか……それ」
「スズメバチは気配を操る訓練のため、千匹が飛び交う部屋で一週間刺されずに過ごす訓練ですわ。こちらの気配に敏感なスズメバチから一週間刺されない気配のコントロールを身につける訓練ですの」
「ゴキは?」
「屋敷から解き放った数匹のゴキブリの気配を追い、捕まえる訓練ですわ」
「なるほど」
虞泥家とんでもねえ場所ですね。それを成し遂げたから、じゃあ黒絵さんは殺気のコントロールや気配を察知したりする能力が身についていると。ふむふむ。
まあ、納得は……出来ちゃうなあ。スズメバチって敵意に敏感って、たしか小さい頃読んだ昆虫図鑑に書いてありましたし。ゴキは隠れるの上手いですし……まあ納得です。
「でも黒絵さん、暗殺者を引退されたのなら、普通の女の子ですよね。じゃあ普通の女の子ならスズメバチとゴキブリよりもカブトムシの方が可愛いと思うべきですよ」
「そう言われましても……キシキシしていますのよ?」
「ぶんぶんしてるハチや、カサカサしてるゴキより全然可愛いじゃないですか。ねーオドロキノシロ?」
私が背中を撫でてやると、嬉しそうにキシキシするオドロキノシロ。うん絶対可愛い。
「ほらオドロキノシロ可愛いですよほらほら」
「ゔ……っ、ゆ、ゆっくり慣れます……それで勘弁してくださいまし」
「仕方ないですねー、でも前向きな黒絵さんを応援しますよ」
嘘です。信じられないくらいハイパー嘘です。
願わくば、そのまま一生怖がってて欲しい。叶えこの願い!
「飼うんならうぬ、きちんと毎日エサやるんじゃぞ? ちゃんと面倒みちゃるんじゃぞい?」
「もう本当にお婆ちゃんじゃないですか、サカヅキさん」
コメントにお婆ちゃん要素しかありません。
「で、ではわたくし、お金を適当な場所に寄付してきますわね……うふふ」
から元気ならぬ、から笑いをした黒絵さんは、重そうな足取りで王都に行ってしまいました。
「バニカさんもダメなんですか?」
ちょっと固まってますけど。まさかバニカさんも苦手?
「ううん、アタシは平気だけど……魔物って懐くんだってことに驚いて何も言えてなかった」
「魔物使いとかいないんですか?」
「居ないと思うよ。アタシは聞いたことないもん、うささ」
「オドロキノシロ、魔物としてのお名前はなんて言うんです?」
「それはカブトロス。魔力を吸う魔物だけど……クウキ平気なの?」
「私魔力ほぼ無限なので、その辺は問題ありません」
「カブトロスのご飯は魔力だから、その子のご飯もクウキの魔力で大丈夫だと思うよ」
「エコな子ですね、オドロキノシロ」
エコ可愛いオドロキノシロ。そしてただ可愛い私。
「ふむ、これこそが可愛いと可愛いを合わせた成功パターンですか、実践してしまいました」
「背中にバカデカいカブトムシくっつけて、うぬの見た目、ぶっちゃけアホな子供じゃがのう」
「やかましいですよお婆ちゃん」
私が可愛いと思っていればそれで良いのです。
「よろしくですよーオドロキノシロ」
「キシキシキシ」
ふへへ、かーわいーい。
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