第3話


 レベッカの朝は慌ただしい。アンリエッタの準備を終えると、レベッカは自分の部屋に戻った。


「テオ、おはよー」


 早朝だからかテオはスヤスヤと寝息をたてている。

 犬って朝が早いんじゃないっけ、と思いながらも、レベッカはテオが起きるのを待った。

 起こしてすぐはうーんうーん唸りながら布団に顔をうずめていたテオが、スンスンと鼻を鳴らしながら近づいてくる。


「テオ、ご飯だよ」


 ミルクと一緒にビスケットを出して与える。ベンジャミンから苦虫を噛み潰したような顔で、テオはペットフードを好まないと聞いていた。食わず嫌いも多いそうで、ビスケットやクッキーを食べさせてくださいと、何袋も渡されている。


(だけどいくらなんでも、それじゃあ栄養が偏るよね)


 ペットフードは犬の成長のために必要なものがたくさん入っている。

 それを食べないで、ビスケットやクッキーなどのお菓子ばかり食べるのは健康に悪いんじゃないだろうか。


(あとで厨房で聞いてみようかな)


 調理次第ではペットフードも美味しく食べてもらえるはずだろう。



    ◇



 テオの朝食を終えると、次は散歩の時間だ。

 犬のはずなのに最初こそ散歩を渋っていたテオだったけれど、抱えて庭に連れ出すと嬉しそうに庭を走り回っていた。といっても走って向かう先は、別の聖女たちのところだったけれど。


 なるべく人がいないところでテオを遊ばせようと思ったら、午前中に礼拝を終わらせた聖女たちが庭でお茶会をしていた。


「そういえばあの寄生虫が、王宮魔法使いのベンジャミン様に呼ばれていたらしいですわ?」

「本当ですか?」

「もしかして、最愛に選ばれたのでは?」

「それはないと思いますわ。ベンジャミン様の最愛はもういらっしゃいますし」

「それならなぜ?」

「きっと色目を使って取り入ろうとしたんだと思いますわ。アンリエッタ様にされたように」

「アンリエッタ様もお気の毒な方です。せっかく類まれなる神聖力を持っていらっしゃるというのに」

「あんな寄生虫ごときに……って、きゃあ! なんなんですか、この犬!」


 レベッカが頭を抱えた時にはもう遅かった。

 聖女を見つけたテオは、一目散に聖女たちにダイブしに行ってしまう。

 頭から聖女の鳩尾に攻撃をしたと思うと、顔面を両足で踏みつけにする。

 もうしっちゃかめっちゃかな状態だ。

 それでも嚙みついたりしないだけまだましな方だろう。


 それにしても色目か。

 寄生虫と言われるたびに胸の奥が冷たくなるような嫌な感じはするものの、それはもうすっかり慣れていた。

 だけど、恩人であるアンリエッタのことは別だ。

 なにもないレベッカに手を差し伸べてくれたアンリエッタまで、厭な醜聞の話題にされるなんて、それはさすがに耐えられない。


「テオ、もうやめなさい!」


 レベッカの一喝に、テオは聖女たちへの攻撃をやめると、どこかしょぼんとした様子でこちらに戻ってきた。

 聖女たちはテオの攻撃に慄いていたものの、レベッカをキッとにらみつけると口々に捲し立てる。


「犬をけしかけるなんて、平民は野蛮ですのね!」

「信じられませんわ。寄生虫のくせに」

「神官様に報告させていただきますからね!」

「もうしわけありま……あっ、テオ!」


 謝ろうと思ったのに、テオがまた聖女たちに向かって行く。

 聖女たちは悲鳴を上げると、「寄生虫」「神官様に」「アンリエッタ様が……」とか吐き捨てながら去って行ってしまった。

 テオがやったことは申し訳ないけれど、いつも淑女然としている顔が崩れている様は少しおかしくて、つい顔がにやけてしまう。


 コホンと咳をして気を取り直し、テオと向かい合う。

 テオはレベッカと目が合うと、耳をペタッとさせた。「くぅん」と悲しげな声を上げると、頭を下げてまるで完全降伏の様をするかのように地面に張りつく。

 注意をしようとしたのに、真ん丸な瞳を見つめていると、怒る気力も削がれてしまう。


 ここ数日、テオを注意したくてもこうしてキラキラした瞳で見つめられると、可愛さからきゅんとしてしまう。

 でも、今日こそはちゃんと注意しなくては。


「いい、テオ。聖女たち――人間に飛びかかってはいけないんだよ。次同じ事したらおやつ抜きだからね! クッキーやビスケットの代わりに、ペットフード食べてもらうんだから!」

「く、くぅん」


 まるで人間の言葉が通じているかのように、テオは狼狽えた様子をみせる。

 足元にやってくると、許しを求めるように体を擦り付けてきた。


「反省をしたのならいいよ。そろそろ部屋に帰ろうね」


 ――それにしても、なんだかテオ、また少し大きくなったような……。


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