【四皿目】学校
キーンコーンカーンコーン…。
昼休憩の時間を告げる合図が校内に響いた。
生徒達が少ない屋上で、
ゴクン、と飲み込むとふいに昨日の出来事が甦った。
幽霊の料理人、
そして、成仏させることができない幽霊の少女、
「俺にできるのはただ、あくまで一番好きな食べ物が分かる霊を成仏させるだけだ」
彼はそう言っていた。
(好きな食べ物…)
そもそもこの世に好きな食べ物などない人間などいるだろうか?
ラーメンやハンバーグなど具体的な物でなくても、お菓子みたいな粗末な物だったとしても、一つくらいはある筈ではないのだろうか?
そんなことを考えていると、ふっと陰り聞いたことのある声が降って来た。
「あれ、お前昨日の奴じゃん!お前もここで飯食ってたのか?全然気づかなかった!」
「げ…」
日向はあからさまに嫌な顔をする。
声の主は言わずもがな、昨日会った金髪の少年で、弁当箱と水筒を手に立ちはだかっている。
「げ、とは酷ぇなぁ!あ、隣座っていいか?
俺もこれから昼飯なんだ」
言うが早いか、聞いておきながら答えも待たずにさっさと隣に座る。
お喋りな上に図々しい、日向が一番嫌いなタイプの人間である。
ふと
「て、お前、昼飯それだけ?」
「そうだけど、なんか文句でもあ…っ!」
言いかけて、今気がついた。
バレーシューズの色が赤い。
つまり、二年生、一つ年上と言うことを。
この学校では、バレーシューズの色で学年を区別している。
一年生が青、二年生が赤、三年生が緑、と言った具合である。
「す、すみません!年上だったんですね!
全然気付かなくて失礼なことばかり…っ!」
しかし
「はははっ、気にすんなって!俺とお前の仲じゃん!」
などと言っている。
(って、昨日会ったばっかなのに、どんな仲だよ…)
ついつい突っ込みたくなった言葉を、心の中に押し殺す。
「先輩は弁当ですか?」
日向が弁当の中身を覗き込むと、白飯にからあげ、タコさんウインナー、卵焼き、肉団子、きんぴらごぼうと、健康的な定番のおかず達が、ところ狭しとひしめき合っている。
「タメ口でいいって。そういうの気にしねぇし。そうそう弁当、毎日作ってんだ。お前は毎日そんなんばっかか?」
流石は料理人だと感嘆したが、それは言わず「俺、料理できないんで…」とだけ答えた。
タメ口でいいと言われも、やっぱり敬語になってしまう。
こういう時、自分は真面目なのだな、と痛感してしまう。
「あ、そういや名前まだ聞いてなかったっけ」
突然話題が変わって、日向は一瞬混乱したが、すぐに言われてみれば、自己紹介をした記憶がないことに気付くいた。
そこは隠しても仕方ないので、「
「そっかぁ。
ギクリ。図星だ。だが、だからなんだと言うのだ?
あんパンだって立派な食事だし、別に
「これだから最近の若者は~。ダメだぞ、ちゃんとした物食わねぇと!病気になるんだからな!」
このいちいち説教染みた物言い、昭和の母親みたいで、なんだか居心地が悪い。
これ以上この話題は分が悪いと判断し、
「あの…。
「なんだ?一目惚れでもしたのか?」
「そうじゃなくて!」
こちらは真面目に話ているのに、茶化すような口振りに苛立ってつい声が荒々しくなる。
「そうじゃなくて…、なんで成仏できないのかとか、好きな食べ物がない人間なんているのか、とか…!」
「ああ、それな~…」
歯切れ悪く言うと、
「俺もさ、色々試してみたんだよ。でもさ、やっぱり
穏やかな口調とは裏腹に、目はどこか悲しげな表情を浮かべていた。
「あ、だからって絶対刀なんかで成仏させようとするなよ?
まるで心を読まれたような気がした。
料理で成仏できないなら、刀で斬ればいいのにと思ったからだ。
そして、それが日向の本来の役目でもあったからだ。
暫く考えを巡らせていた日向が、漸く重い口を開いた。
「もし…」
「もし、
「え…?」
日向が濁りのない、真剣な眼差しを向けている。
この反応、やはりこの男は知らないのだと、日向は確信した。
(
そんなこと考えもしなかった。
日向は、ゆっくりと続ける。
「もし、
「俺が
急に声色が変わったことに気付くと、先程まで煩かった生徒達の声が聞こえなくなった。
それと同時に真剣な眼差しに射ぬかれ、暫く身動きどころか言葉を発することができなかった。
その言葉はまるで、誓いのような物にも聞こえたが、流星は日向の目に移る、自分を見つめると、真剣な眼差しで、自分の胸に拳を当てた。
「させねぇよ。そんなこと、絶対させねぇ。何がなんでも
日向は一瞬意表をついた目をしたが、すぐに口元に笑みを携えた。
「じゃあ勝負だな」
「勝負?」
「俺と先輩、どっちが先に月見里さんを成仏させるか」
日向の挑発的な言葉に、流星は目を見開いたが、声を上げて笑った。
「いいぜ。この勝負受けて立つ。まぁ、絶対俺が勝つけどな」
「いいのかよ、そんなこと言って?あんた、実は勝負事弱ぇくせに」
嘲笑いながら言われて、流星はうっ、と言葉を詰まらせた。
「な、なんで分かるんだよ、そんなこと」
「だって、いつも月見里さんと勝負してるけど、いつも絶対負けてるじゃん」
「うっ、うるせぇなぁ!その勝負とこの勝負じゃ違うんだよ!」
まるで負け犬の遠吠えのように吼える流星に、日向はははっと声を出して笑った。
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