鏡の中のあなた~私は報われない女ですので~
頼爾
第1話
彼を見た時にもしかしたら彼かもしれないと思った。だってそっくりだったから。
でも、そんな幻想はすぐに打ち砕かれる。
「君を愛すことはない」
「頭、大丈夫ですか?」
白いスケスケのこれ着る意味あんの?みたいな寝巻を着せられて、やることをやれとばかりに結婚式後に押し込められた部屋で彼にそう告げられた。
とっさに言葉を返したのは意地以外のなにものでもない。
「私には愛する人がいる」
「その人って既婚者ですよね」
ため息をついて告げると、分かりやすく彼はぐっと息をつめた。有名な話なので、図星というよりも相手がすでに結婚していることを受け入れたくなくて息を詰めているんだろう。
「ずっとその方を思い続けてあなたが結婚しないことをフロレス侯爵様は憂いて、結婚相手を募り、手を上げたのはうちの父だったはずですけれども。そもそもあなたも侯爵家を継ぐ条件であるこの結婚に同意したんですよね?」
「それは……そうだが……」
「初恋も手放したくない、嫡男の座も手放したくない。でも承諾した結婚は嫌だと私にごねる。どこの幼児ですか」
「高位貴族でいないと彼女の姿を見ることができない」
うーん、筋金入りのバカだ。第二王子妃に会うためには平民ではそりゃあ無理だ。
「嫡男の座を保持するためにはこの結婚を受け入れて、跡継ぎを作ること。契約にはそのように書かれてましたよね?」
「あぁ」
苦虫をかみつぶしたように返事しなくても。
「我がタウゼント男爵家も援助を受けられることと高位貴族と縁ができること。それで契約というかこの結婚はなされたわけです。あなたが初恋を忘れられなかろうと、私を愛すことはなかろうと別にどうでもいいんですよ。契約は契約ですから」
耐えがたいように眉根を寄せていても目の前の男は美男子の部類だろう。年上のはずなのに内面がどうしようもなくお子ちゃまで、自分が被害者だと信じ切っている心根はどうかと思うけど。
さすが、初恋の女性が結婚した日に自殺未遂を起こし、数年経っても引きずるだけはある。
大体、学園で四人の男を侍らして全員その気にうまいことさせて、最終的に一番身分の高い第二王子を選んで結婚した女のことなど美化せずさっさと諦めればいいのに。どう考えても目の前の男はキープだ。
「はい。さっさと済ませましょう」
「な、なにを」
「何って初夜ですけど。契約とでもいいましょうか」
「そんなに割り切っていられるということは……」
その先言ったら殺すぞという目で見たら、暗めの部屋でも通じたらしく彼はたじろいで黙った。
「ご自分だけ被害者だと思わないでください。私が自分の意思でここに嫁いできたとでも? あなたの初恋の人は別ですけど。大抵の女は自分で結婚相手を選べると思ってるんですか?」
「ということは……君にもその。好きな人はいたのか」
「結婚する予定でしたよ。父が欲を出さなければ。男爵家と言えど貴族。家のためですからね」
「……それは、すまない」
口だけでも謝罪できるというのはいいことだ。ここで暴力でも振るわれたらさすがのミラベルもここではやっていけないと考えただろう。
「さ、手早くちゃっちゃとやっちゃってください」
「君にはデリカシーがないのか」
「さっきの結婚式でデリカシーが死んだのかもしれませんね」
ミラベルの言葉にやっと彼は笑った。結婚式の時からまるで葬式のような表情だったから笑えるとは驚きだ。
「さっきの言葉、大変申し訳なかった」
「今日までと今日の態度も大概ですが、いいですよ。失恋してやさぐれてるんですよね。私もですから。まぁ、私は失恋して約三カ月ですけど。あなたは何年引きずってるのやら」
「三年だ」
「真面目に答えなくっていいですよ」
ぐいっと手を引っ張ってベッドに腰掛けさせる。置いてあったワインを手に取ると、さすが侯爵家。上等なワインだ。
「まぁ、無理に今日致さなくてもいいので飲みましょうか。くたくたですし」
「君はほんとにデリカシーがないな」
「愛することはないって年下の花嫁に言う人よりマシです」
「それもそうか」
金髪にグリーンの目。ギルバート・フロレス。
ワインを注ぎながらチラチラ見るが、見れば見るほど似ている。
運命の相手を映すという鏡に映った人に。揺らめいてはいたがはっきり見えたあの色彩。
でも、この人はきっと私の運命の相手じゃない。だって三年もうざい初恋を引きずっているんだから。
「結婚って墓場ですね」
「君はゾンビにでもなるか?」
「それ、ちょっと面白いです」
夫婦でも運命の人じゃなくても軽口は叩けるくらいの関係は可能かもしれない。
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