第17話

 今朝、セキロウさんから言われた通り、今日からジエさん達と一緒に行動する事になった。

 昼間の時間帯は移動についやし、セキロウさん達の住んでいる村?を目指す。


「リン、ちょっと来て。髪やってあげるから」


 声を掛けてくれたジエさんの今日の髪型は、腰までの長い髪を編み込みにしていた。

 美人は何気ないちょっとした変化でも見惚れてしまう。


「ジエさん、今日はなんかきりっとして神々しいですね」

「そう?今日は飛ばしてくから髪が砂塵塗さじんまみれにならないように編み込んだの。

 リンもおそろいにしてあげるわね。あと、これ、日差しと砂塵よけのケープを用意したから着てみて」


 渡されたケープを手に取ると、しっとりとした手触りで青みを帯びた灰色の光沢のある生地は見た目に反して恐ろしく軽かった。

 フードも付いていて、首の所で結べるけど、その紐の部分が重くなっているので垂らしたままでもフードが脱げないように抑えられる仕様になっている。

 早速着てみると、ジエさんはイマイチな表情をした。


「まあ、分かってたけど、大きいわね」


 確かに。今、お借りしている服もワンピースは辛うじて肩からずれ落ちずに済んでるけど、レギンスは限界までウエストのひもを締めてなんとか破廉恥はれんちな事にならずに済んでいて、丈は靴の中で撓んでいるのが実情。


「着いたら全部測って作るから今はこれで我慢してね」


 私が争奪の対象だと言えばそれまでだけど、ジエさん達の細やかな心遣いに、昨夜この世界に向き合おうと決めたばかりの心は凄くはげまされて、知らず口元が緩んだ。


「お世話になってばっかりですみません・・・でも、あの、今着てる服も、このケープもありがとうございます」


 お礼を言った後、ジエさんがはっとした様な顔をした。それから視線を彷徨さまよわせた後、口元に手を当ててうつむいてしまった。


「ジエさん?」

「……な、何でもないわ、ちょっと油断しただけ」


 ん?油断とは?

 何に油断したのか良く分からなかったけど、顔を上げたジエさんの顔を見ると、その白い美肌がほんのり赤い。

 あれ、ジエさん、照れてる?


「後ろ向いて座って、髪やるわ」

「あ、はい」


 先程、照れてると感じたのはきっと気のせいだと思う程、髪を編み込むジエさんの手付きにはよどみがなかった。


 背負って貰うのは昨日と同じだけど、かっ飛ばして行く為か、あの長い剣は持たず、私の身体がジエさんから離れないように幅が広い帯で結ばれた。


 その帯が所謂いわゆる「命綱」で、昨日の走りが軽いジョギングだったんじゃないかと思えるジエさんの爆走は、まさに弾丸と呼ぶのが相応しい。

 セキロウさんが目的地までジエさんの足なら二十日位掛かると言っていたけど、この弾丸走行でその日数だと目的地は大分遠いという事が分かった。


 なんてね、余裕があったのはここまで。

 試練の時は来た。


「ちょっと、ジエさん!?あの崖、サスペンスドラマ級に切り立ってますけど、まさか飛び降りるんですかっ?!」

「何言ってるか分かんないけど大丈夫、しっかりつかまってて」


 いや、しっかり掴まっててとかそういう注意勧告じゃなくて、思い止まって欲しい訳でぇぇぇええー…!


「…~っ!」


 私は今日、初体験にして八回の拒否権なしのバンジーをこなした。

 休憩は三回取ってくれた。

 本当は五回にして欲しかったけど、背負ってもらってるだけの私がそんな事はとても言えなかった。


 そうして今日も空が茜色に染まる頃、ようやく弾丸移動は終わりを告げた。


「いい運動になったわ、リンはだい…じょばないわね」

「……ハイ」


 昨日と同じく、ジエさんからこの世の終わりと酷評こくひょうされた顔をした私の背をいたわるようにさすっていただきながら、これがいい運動量ならば、あなた達にとって疲労困憊ひろうこんぱいする程の運動量とはいかほどなのかと考えると、畏怖いふ戦慄せんりつ(本当はほとんど疲労)で私は小刻みに震えた。



 その日の野営は昨日と違って大分簡素だった。

 ジエさんは謝ってたけど、私としては昨日の野営でジエさん達の生活水準を知る事が出来たから、これから先、野営が簡素でもあまり不安を感じる事はないと思う。

 それに、簡素と言っても、玄人キャンパー並の充実した設備で過ごせるのだから、ありがたい限り。


 で、私は今、小さなき火で温められた天幕てんまくの中で早くもうとうとしていた。


「リン、入るわよ」


 ジエさんの声に身体を起こして返事をすると、ジエさんはトレーに蒸しパンとお茶用具一式を持って入って来た。


「夕食、殆ど食べてなかったじゃない?だから、甘いものならどうかと思って」

「すみません、タキ君にも余計な手間を掛けてしまって…でも、あの、ちょっと大きいので良かったらジエさんも食べませんか?」

「リンって、本当に少食なのね。鬱陶うっとうしく張り切るタキをひっぱたいて止めたのは正解だったわ。あのコ、この倍の物を作ろうとしてたのよ」


 ジエさんにひっぱたかれても尚、まあまあ大きい蒸しパンを作ってくれたタキ君への感謝の気持ちと比例しない食欲に、曖昧に笑うしか出来ない。

 正直に言うと、蒸しパン半分でも辛い量だった。


 疲労さえなければ、ほんのり甘くて、もっちりした食感の蒸しパンはとても美味しく感じただろうな。


 ジエさんと蒸しパンを摘まみながら明日の事を話している内に、安心出来る人の気配と、ジエさんの声が耳に心地よくて目が霞んでしまう。

 そうしてすぐに抗いがたい睡魔に屈服くっぷくしてしまった私は抱えた自分の膝を枕に眠ってしまった。


「…食事よりも眠気が勝るなんて、余程“ばんじー”ってやつで消耗させちゃったのね」


 今日の移動だけでこんなにも疲れてしまう脆弱ぜいじゃくさをはがゆく思う気持ちを、眠ってしまったリンの頭をそっと撫でて労りへと変えて行く。


 先人達が書き残した龍珠りゅうしゅの記録で共通しているのは、弱くて脆い事。

 強くあろうとするこの世界で、弱くてもろくても惹かれ、庇護欲を掻き立てる存在。


 だからかしらね、なだめめすかすのも苦じゃないし、何だったらもっと我が儘を言ってくれても構わないと思うのは。

 何だか新しい扉が開いたような気がしないでもないけど、リンを静かに敷物の上に寝かせて、毛布でくるむ。


 隣の敷物に横になって私も目を閉じる。

 余り眠くないけど。


 そう思って横になってから二時間後。


 何これ、何の修行?

 と思う私は、到底納得出来ない状況の中、不満過ぎて目がわっていたに違いないわ。

 人が気を使って健全な距離感を保ってあげたってのに、なんでリンからすり寄って来るのよ!

 もう、シていいって事?!

 半分自棄やけになって視線を落とすと、私の胸に額を付けて安らかに眠るリンがいた。


「人の気も知らないでぐっすり寝ちゃってまあ…可愛さ余って何かムカつく」


 異性を意識し過ぎて警戒されるのも付け入るすきがなくなるから困るけど、意識されなさすぎるのも寂しい。

 そんな相反する思いから抱きしめて首筋にみ付いてやった。勿論、そこは跡が残らない様に絶妙な加減をしたわよ?


 でも、すぐに後悔したわ。

 リンの首筋からたまらなくいい匂いがしたから。


 これはしたら絶対に骨抜きになるヤバいやつだって本能的に理解できた。

 リンになら骨抜きになっても構わないけど、当人に意識もなければ同意もないからこれ以上は洒落にならないでしょ?

 だから距離をとった方が楽なのは分かってはいるんだけど、リンを抱き込む腕を緩める事は出来そうにない。


「…セキロウもだと思うけど、女性にただの暖房代わりにされる日が来るなんて思いもしなかったわ」


 想像以上にもどかしい状況は、予想以上に辛いけど、低いリンの身体に自分の熱が伝って行くのを腕の中で感じるのはかなり気分が上がった。

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