第8話
ジエさんは見た目よりも力持ちだった。
私は今、恐縮にも背負って頂き、結構な早さで移動している。
移動手段は駆け足であっていると思うけど、殆ど揺れず、滑るような走りはその速さが最早バグだと思わざるを得ない程、速い。
そんな奇跡の走りは、スムーズな会話を可能にして、背中越しの自己紹介を終え、今に至る。
「リンって、成人してるの?
龍珠って成人した者がこの世界に来るって聞いたけど、その髪の長さだと…ギリギリ成人してる様にも見えるけど、どうなのかしら?」
髪の長さで成人か未成年かを推測するのは異世界ならではなのだろう。
因みに、私の髪の長さは肩甲骨辺りだ。
万が一その推測が分かりやすい胸とかの発育を含めての総合結果だとしたら、ちょっとへこむ。
だから私はワイルドカードを躊躇うことなく切った。
「人種的に幼く見えるんですけど、二十三歳です」
ジエさんの驚きのリアクションが周囲に木霊した。
「ちょ、びっくりするじゃないですか!」
「だってしょうがないじゃない!
二十歳過ぎって言ったら、リン達の世界じゃ成人済みの年齢なんでしょ?
成人してるなんてまったく思ってなかったし、何ならもっと下かと思ってたくらいよ!」
はっきり物を云う人だな。
美人だからかな?
そういえばジエさんの美貌って私の世界で言えば欧州系の白人の美しさなんだよね。
セキロウはアジア系と何処かの人種との混血の外見だった。
彼らは同族だと言ったけど、どういう事なんだろう?
そんな疑問がふと過ったけど、私がその疑問を口にすることはなかった。
「…ジエさんはお幾つなんですか?」
「私は二百八十歳よ。セキロウも私と同い年」
に、二百?…異世界人の寿命どうなってんの?
「皆さん、長寿なんですね」
「そう?普通よ?」
異世界の常識に混乱しつつも、まだ自分の置かれた状況に納得出来ていない私は、一歩引いた心理状態にあった。
だから、心に涌いた異世界人についての疑問を訊ねる事は、この世界に興味を持ち、理解して受け入れる事のような気がして嫌だった。
「ねえ、リン。セキロウの事、どう思う?」
ジエさんはきっと自分軸で生きてる人だ。
この脈絡のない話のぶっ込み方がちょっと会社のお局軍団の会話と似てる。
「…あ、えっと親切にして貰って、凄く感謝してます」
「そうよね。セキロウが親身になって世話したなんて聞いただけなら誰も信じないけど」
セキロウさんに対するダークサイドの住人みたいな印象は、あながち間違いではなかったのかも知れないなと思ったけど、感謝しているのは本音なので同意はしなかった。
人間は多面性があってこそだもんね。
「…あ、でも、私、
昨日からの怒涛の展開の中、兎に角帰りたい一心でいた私は、セキロウさんが親切にしてくれる真意に漸く思い至った。
「それもあるけど、龍珠だからってだけでここまでしないわよ」
「でも私はセキロウさんの親切さが私が龍珠だからだったとしても構わないです」
ジエさんが肩越しに視線を向けて、聞いてきた。
「へえ、どうしてか聞いてもいいかしら?」
「だってこんな訳のわからない所で、何度も命に関わる危機から助けてくれたのは事実だし。
そこに打算があったとしても、今の状況を考えれば私にとって、プラスでしかないなって思うんです」
そう言いながら、最初に私を捕らえた蜥蜴の言った事を思い出していた。
蜥蜴の態度や言動から当初は、龍珠への扱いは、人格や意思を無視して性行為を強行しても良い存在なのかと絶望した。
相対した者が善良か悪党かによって、扱われ方に天地の差があるのは私の世界でもあることだけれど、ただ、私は異世界人もこの世界の事もよく知らない。
だから、セキロウさん達を打算がない善良な人達と位置付けるのは尚早だなと思う。
それでも、セキロウさん達と一緒にいた方が断然いい。
それが今、私にとって一番安全だ。
「私が龍珠じゃなかったら助けてくれないんでしょとか面倒臭い事いう女じゃないです、私」
ちょっと息巻いて言ってしまったけど、ジエさんは何処か楽しげだった。
「ふふ、可愛い顔して中々強かな考えね、嫌いじゃないわ」
「…それに、龍珠にならなかったら私はここに居ないから…ごめんなさい、やっぱり私、面倒臭いかもです」
まだ、現実を受け入れられなくて沈みがちな私に、ジエさんはあっけらかんと言う。
「元の世界に戻れないって知って精神的に瀕死の子に、直ぐに切り替えろとは言わないわよー」
冷血じゃないんだから、といい置いた後。
「でも、前向きに検討して欲しいの、ここで生きていく事。
私達は、その援助を惜しまないわ。
その理由も隠すつもりはないけど、リンは今、一杯一杯でしょ?
もう少し落ち着いたら、龍珠が争奪される理由も話すわ」
そう言ってくれた声音は励ますような力強さで、私の弱った心に寄り添ってくれた。
ジエさんは、外見は美女だけど、内面は頼れるアニキだった。
照りつける陽光に陰りを感じる頃、私達は五回目の休憩に入った。
走り続けるジエさんの休憩と云うより、私の為にこんなにマメに休憩を採って頂いている。すみません。
背負って貰っているだけなのに何でこうも疲れるのか?
それはね、走る場所が平地だけとは限らない大冒険だったからだよ。
何の予告もなくフリーフォールを食らい、命綱なしで私と云う荷物を背負って、つまり両手が使えない状態で絶壁を飛び登り、たまに襲ってくる生物を足蹴にして私達はここに至る。
果たして私がこの世界で生きることを前向きに検討する日は来るんでしょうか?そんな日なんておとずれる気がしないわ。
「そろそろ野営の支度をしなきゃね。
リン、今日はお湯を使わせてあげるからね」
ネガティブ思考と疲労感で口数が極度に少なくなった私は、頷いて意思を示した。
ああ、でもこれだけは伝えなくちゃ。
「ジエさん…昨日も、野営とか服とか色々と準備して下さってありがとうございます」
「…そんなこの世の終わりみたいな顔してお礼を言われたのは初めてよ」
心底、引いてるジエさんに、私はフッと刹那的な笑みを浮かべた。
「まあ、昨日は第五師団長のナタクが撤退ついでに指揮したから、言ったら野営の底辺よ、あんなの。
見てないけどどんなに酷かったか私には分かるわ。
何故ならガサツと書いてナタクと読む様な奴のやったことだもの。
不自由させて悪かったわね、リン」
そう言って、腰ベルトに付帯してるポーチから小さな細長い笛を取り出して吹いた。
「音がしない?」
「私の部下にだけ聞こえるように吹いたのよ。この笛は基本的に音はしないの」
そんな便利な笛があるのかと、興味深く笛を見詰める私にジエさんは、にっこりと美しい笑顔を向けた。
「リン、昨日のことは忘れるのよ。今夜、私が野営の真髄を見せてあげるわ!」
「…はい、ヨロシクオネガイシマス」
もう、移動が終わるなら何でもいいと心底より思う気持ちが溢れてしまったが故に、全く心無い言葉となってしまったが、幸いジエさんのテンションに水を差す事はなかった。
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