第2話

「これって…どう云う事?」


 つい一時間前位までは会社での残業を終えて、終電に飛び乗って後は家に向かって一直線だったのに。寝過ごしたけど。


 どうしてこうなったかを思い返しても、我が身に起きた不可解…否、不可解と云う表現では、私の今の心境を現しきれない。


 うーん、そうだなあ…う~ん…


 自分の心情をどう言葉にしようか考えるのが呑気だったと思える程、空を揺るがす咆哮が轟く。


 その場に存在する物質の根幹を揺るがすような凄まじい咆哮。

 最早、兵器のようなそれは私が知っているサイズの生物が発した物ではないと確信できた。


 巨大な生物…恐竜?…いやいや、それはないって!


「…あ、これ、夢の続きか!

 私、まだ寝てるんだ、そうか、そうだよね!」


 駅員は夢じゃないとか言ってたけど、こんな現実がある訳ない。

 そうと分かれば、こんな不安しかない夢は嫌だ。


 早く起きなきゃと意気込んでみたものの、どうしたら目が覚めるのかと思い始めた矢先、私の視線は妙なものに釘付けになった。


 地面がぼこりと盛り上がった。

 一つを皮切りに、幾つも。


 その盛り上りは、私の立つ場所から三、四メートルの距離があったけど、もぐらにしてはデカイ盛り上がりであることが分かる。


「…なんか、ヤバくない?」


 肩卦けの鞄を身に引き込みながら、後退る。

 細やか過ぎる警戒体勢を取りつつ、状況を整理した。


 ここは身を隠す場所さえ身近にはない荒野で、地中から這い出ようとしている何かからは走って逃げるしかない。


 この荒野をヒールで走って逃げる。

 …コケる気しかしない。


 残念な気持ちで一杯になりながら、あちこちの地中を掘り上げる何かを注視していると、ノーマークの近場から掘り上げる音がした。


 一メートル程の距離で、真っ青な鱗に覆われた腕が顕になる。

 固い地中を掘り進めた頑強な爪を携えた手が地面に押し付けられると、地表は薄氷のように簡単に砕けた。


「うそでしょ?力強過ぎっ!」


 私は突っ込みを入れつつ、ついに走り出した。

 が、案の定大事なスタートからつまづく。

 いや、だって怖い!

 普段は眠っている筋力を叩き起こしてなんとか転倒を阻止し、走り出した。

 夢中で走った。何なら必死で。

 振り返る余裕はなかったけど、振り返る必要はない。


 何故なら、走る私の背後で別の足音がするから。


 なんなの、アレ?

 蜥蜴?蜥蜴ってあんなに腕長いの?

 ヤバいよおおぉー!


 重量感はあるけど軽快な足音を背後に聞いて、パニックになる。

 恐怖と混乱で涙が溢れてしまった。


 泣けば、どこか現実味のないこの訳の分からない状況を受け入れてしまう事になると思って、泣くまいとしていたのに。


「それで逃げているつもりか?笑わせる」


 からかう響きを隠しもしない声にぞっとする間もなくお腹に圧迫感を感じ、地面から両足が離れる。


 荷物のように私は小脇に抱えられていた。

 そして、抱えあげられて対面するのは二足歩行の蜥蜴。


 息を切らしていても悲鳴をあげずにはいられない。


「手に入れたぞ、龍珠りゅうしゅだ!」

「やだ、放して!触らないでっ」

「こら、暴れるな」


 必死に身を捩て逃げようしたら、骨が軋む程の力で腕を掴まれ、その爪がまるで紙に穴をあけるように容易く皮膚に穴をあけた。


「ああっ!痛い…っ!止めて骨が…折れちゃう!」

「なんだと?この程度で骨が折れる筈がないだろう?俺は腕を掴んでいるだけだぞ?」

「ミシミシいってるから!マジ…だからっ」


 腕から暖かい血が伝うのを感じながら、何でこんな目に遭わなくてはならないのかと思うとまた泣けて来た。


「龍珠が脆いとは聞いてたが、これ程とは思わなかった。これでは直ぐに俺を受け入れるのは無理か。

 連れ帰ったら早々に慣らさなくてはな」


 蜥蜴の聞き捨てならない言葉に、私は目を見張った。


 受け入れるって?馴らすって?連れて帰るって?


 到底受け入れられない蜥蜴の言った言葉の意味が理解出来ると、自分の末路さえも見えてきてしまう。

 すると、自然と首が横に振られる。


「いや…いやです。私は帰るの、家に帰して」

「安心しろ、俺の隣がこれからお前の家になる。お前はこれから俺と番うんだからな」


「…っ、やだってば、放して、放してよぉ!…きゃあぁっ」


 喚き散らす私の腕に爪をたて、流れた血をねっとりと舐め上げられる。


「龍珠は在るだけで俺達を惹き付けると聞いたが、表情が少し変わるだけでもそそられるな。これは長い蜜月になりそうだ」


 気を良くされただけの抵抗は虚しく、蜥蜴は私をトロフィーかのように抱えて歩きだした。


「放して!逃がしてよおっ」


 ぼろぼろと泣きながら蜥蜴の頭に爪を立てて引っ掻いたり、叩いたりしても、全て自分がダメージを負ってしまう。


「…おい」


 低い声が掛かる。

 その人は突然、そこにいた。

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