3-3

「ああ、化け猫の子でしょう」


 トントン、と軽快に鳴る包丁の音を途切らせもせず、由希斗はあっさりと言った。雑談がてら、ダイニングテーブルで宿題を片づけていた小春は、手を止めて由希斗を振り仰ぐ。


「化け猫……」

「まだ若いよ。三十年か、そこら」


 歳まで見透かすとは、さすが神さまだけはある。


 目を伏せて手もとを見ている由希斗の姿をカウンター越しに眺めながら、神さまがキッチンに立ってきゅうりを切っているなんて、街の人が知ったらのけぞるだろうな、と、見慣れてしまった今でも思う。


 昔は、料理や掃除、その他の家事も、すべて小春がひとりでやっていた。由希斗が菫と紫苑を従えるようになってからは、彼らもよく働いてくれる。それに不満を抱いたことはなかったのに、二十年ほど前だったか、由希斗が突然自分もやると言い出したのだ。


 小春もはじめは断った。数百年も一緒にいれば、畏れ多い気持ちも薄れるとはいえ、小春にとって、由希斗が仕える神であることに変わりはない。身の回りの世話をするのは自分の役目だという小春の意識を、由希斗は懇願のすえ押し切った。


 というより、小春の隙をついてひとりで包丁を握った彼が怪我をしたので、小春は折れるしかなかった。彼の無事に勝るものはない。


 由希斗の体は普通の人間とは違うが、実体として存在するので、物理的に損なわれることもある。彼の霊力で生かされている小春は、由希斗が怪我をしたらすぐに気づく。


 霊力がほどけるように流れ出てゆく感覚は、ごくわずかでも、小春をぞっとさせるものだった。


「ユキ、いつから知っていたの?」

「はじめから。入学式で見かけたとき」


 事も無げに言うので、小春は拍子抜けしてしまった。思わずため息をつくと、由希斗が顔を上げる。包丁の音が止まり、彼は狼狽えたように目を見開いた。


「ごめん、小春。えっと、伝えるべきだった……よね。別に問題はないから、見過ごしてしまって……」

「あなたが問題ないと判断したなら、別にいいのよ」

「でも」

「彼女は、特に害もないのでしょう?」

「それは、そうだけど……」


 しょんぼりと肩を落とす由希斗に、小春は、もうひとつのため息を飲み込んだ。


「ユキは神さまで、ここはあなたの街なのだから、ユキにとって問題がないなら、それでいいの」

「でも……でも、小春は、僕の……」


 小春が優しく微笑みかけたのに、由希斗は悲しい顔をして、口の中で何かを小さく呟いたあと、唇をきゅっと引き結ぶ。


 言いたいことがあるなら、言っていい。したいことがあればしていいし、行きたいところがあるなら行けばいい。本当は、由希斗はそうできるはずなのに、いつも小春の顔色をうかがい、何かに耐えようとする。


 小春のせいで、彼は苦しむ。そう思うと胸の奥が痛くて、さりげなくそこを庇うように、右手で左の肘を握りしめた。そして、その仕草を辿る由希斗の視線を遮るように言う。


「じゃあ、佐々良ちゃんは、わたしとユキのことにも気づいているのかしら」

「……それは、どうかな」


 由希斗の目が小春から離れ、ふたたび、トントン、と包丁の音が鳴りはじめる。それは、先ほどよりも少しだけ静かで、ゆっくりだった。


「小春や僕が普通の人間じゃないってことはわかっているかもしれないけれど、僕たちの関係は、彼女程度の子に、見てわかるものではないと思う」

「ふうん。でも、市長さんは、家族三人で引っ越してきたって調べてきたのよね。彼は化かされたってことね」

「普通の人間より霊力はあるよ。ただ、菫や紫苑と比べてもずっと少ないし、僕や小春が街で過ごすための目くらましの術を、はねのけるほどではないかな」


 春祭りの神さまと舞姫役が毎年同じであることに街の住人たちが気づかないのは、由希斗がそれとなく誤魔化しの術を使っているからだ。街を守る結界に組み込まれた弱い術であり、それなりの霊力があるものには、由希斗の正体を見抜かれることもある。


 ごく稀なことであって、小春たちは数十年に一度くらいしか、そのような存在とは出会わない。


「それにしても、どうしてわざわざこの街に来たのかしら」


 小春は、垢抜けた佐々良の顔を思い浮かべながら首をひねった。この街は間違いなく良いところだが、それは由希斗の加護があるからで、そのぶんだけ由希斗の支配力も強い。化け猫なら他者の霊力を感知できただろうに、それを受け入れても、由希斗の加護が魅力的だったのだろうか。


「小春は、ここより、ほかの土地がいいと思うの?」


 由希斗は、また手を止めて小春をじっと見た。何気ない口ぶりを装っているが、桃色の瞳には張りつめた気配がうかぶ。


「いいえ。わたしにはここが良いわ」


 由希斗の変化を見逃さないよう、彼を見つめ返しながら、小春は慎重に答える。口にしたものが彼の望む答えでなかった場合の、次のひと言も、頭に用意していた。


「……でも、ほかの子には、そうとは限らないでしょう」


 小春の否定で、由希斗の表情から緊張が取れたのを見て、そう付け足した。


「……そうだね」


 ふたたび夕食の準備に戻った由希斗は、自分が今、頬を緩めたことに気づいただろうか。


 小春がいることで苦しそうな顔をするのに、小春が離れる気配をほんのわずかでも滲ませただけで、彼は身を強ばらせる。アンバランスな執着だ。

 だからこの場所で――由希斗のもとで死を迎えることが、もっとも正しい答えなのだろうと、小春は考えている。


 だがそれは、由希斗に生かされている小春自身では成し得ない。小春が一方的に破棄できる契約ではなかった。


「何かの事情があって、元居た土地を離れたんだろうね。ここの居心地がいいならずっといるだろうし、気に入らないならほかに行くよ」


 由希斗はさらりと言うが、この街での居心地の良さには、彼の好き嫌いの感情が影響する。彼は積極的に他人に興味を持たないけれど、それでも街の住人たちとともに過ごしているからには、誰かを特別に気に入ったり、または嫌ったりすることが、ときどきある。


「僕としては、できれば、この街を好きでいてくれたらいいな」


 そう言うわりには、由希斗自身は佐々良にさほど興味があるようでもない、軽い口調だった。


「どうして?」

「化け猫は、人間よりは長く生きるから。小春の友だちとして、長くそばにいてくれる」

「わたしのためではなく、佐々良ちゃんの居たい場所に、居るべきよ」

「うん。だから、この街が彼女にとって居心地がいいなら、居たい場所になるでしょう?」

「……」


 小春は、由希斗にダメだと言いたくて、けれど、否定する理由を見つけられなかった。


 由希斗が気に入ってほしいと望むなら、佐々良はこの街で、運が良かったり、親切な人と行き合ったり、何かと良いことに恵まれるだろう。逆に、悪い目にはそう遭わない。

 それは決して誰かが何かを強制されて得られる結果ではなく、すべてがごく自然ななりゆきのままに起こる。


 それを居心地がいいと感じるのも、佐々良の自由な感情だ。

 その何を悪いと言えるだろう。

 ここは、そういう街なのだ。


「僕は、僕がそうしてほしいと望めば、いろんなことが叶うのを知ってる。それでも、好きになるかどうかは、あの子次第だよ」


 由希斗は小春の気持ちを汲んだように、静かに言った。

 佐々良がこの街に来なければ、もしくは小春とかかわらなければ、存在したかもしれない別の幸福は、もう訪れない。代わりに、由希斗の機嫌を損ねないかぎり、この街での幸いが約束されている。


「小春には、あの子は必要ない?」

「……いいえ。おかげで学校生活も楽しいわ」


 小春が否定すると、由希斗の表情が和らぎ、口もとがほころぶ。小春はそれで初めて、由希斗が小春の友人関係を案じているらしいことに気がついた。


 時々、人に紛れて学生生活を送り、用が済めば周囲の記憶を操作して人間関係を清算する。小春には特に思うところもなかったが、由希斗はどうやら違ったらしい。

 かつてはただの人間であった小春よりも、もとから神として異なる存在である由希斗のほうが、かえって気になるものなのかもしれない。


「でも、今までだって、わたしは不満があったわけではないのよ。それにファントムペインの件が片づいたら、ほかの子たちと同じように、記憶を消してしまうのではないの?」

「そうしてほしい?」

「わたしがどう、ではなくて……」

「仲がよかった狐の子が消えちゃって、しばらく経つでしょう。小春、寂しいんじゃないかと思ったんだけど」

「え……、それは……寂しいけれど、佐々良ちゃんを代わりになんて」


 小春は緩く首を横に振った。

 由希斗の言う化け狐とは百年以上の付き合いで、数年前、彼女がついに寿命を迎えて消えてから、確かに寂しさを感じていた。だが、身代わりを求めてはいない。


「たった二ヶ月くらいの付き合いしかないの。長く気が合うかどうかわからないし、今から決めてしまうことではないわ」

「そっか」


 由希斗は残念そうにすることもなく、あっさり退いた。


「……わたしはともかく、ユキは、誰か仲良くなれそうな子は、いないの?」

「僕には小春だけだよ」


 ふたりきりの家の中に、由希斗の声は、染みるように響いた。彼はカウンターの向こうで、手もとに目を落としたままだ。小春の視線から逃げているようにも見えた。


「……」


 小春は、今の自分がどんな顔を由希斗へと向けているか、よくわからなかった。胸のなかで、由希斗に打ち解ける相手がいないことへの不安と、彼に求められていることへの喜びが、渦のように絡まり、溶けあって、自分の一部になってゆくのがわかる。


 そうやって成り立つ小春の心は、ひとつの問いを返してきた。


 いつまでこうしているの? 自分がいることで、ユキが苦しんでいるのは確かなのに。


「……そういえば、室井くん、帰ってきているそうよ」


 言葉にできなかった問いを飲み込み、別の話題を口にする。


「へえ」


 由希斗は低く、冷淡な相づちを打った。美しい面差しを歪めはしなかったけれど、声音だけで、十分に嫌悪感が伝わってくる。


「まあ、家族はこの街にいることだし、帰省しようという気にくらい、なるのだろうね」


 抑揚のない口ぶりから、不承不承というのがよくわかった。


 基本的に、由希斗は街の住人の個々人に興味を持たない。その彼にとって、室井健太は、はっきり嫌悪を表す数少ない人間だ。

 だからといって由希斗が直接の手出しをしたわけではないけれど、室井は街を去った。由希斗に嫌われた瞬間から、この街の空気は、室井には居心地のいいものではなくなったのだろう。


 室井がなぜ帰ってきたかはわからないが、由希斗の様子からして、きっとまた出て行くことになる。


「小春は、気になるの」

「え?」


 由希斗があまりに低い声で唸るように言ったから、小春はうまく聞き取れなかった。由希斗は手を止め、顔を上げてもう一度言う。


「小春は、彼が気になるの?」


 そうだったらいやだなあ、と、その綺麗な顔に可愛いことが書いてある。


「いいえ。ただ、一応言っておこうと思っただけよ」

「ふうん」


 納得したのか、また作業に戻った由希斗の前髪の先をなんとはなしに眺める。平凡なキッチンの明かりの下でも、彼の白銀の髪は細やかにきらめく。繊細な輝きを、小春は、彼の心のようだ、と思った。


 街の人々が崇めつつ畏れるように、強い力を持つ神として堂々と構えていればいいものを、由希斗は少しばかり頼りない。


 小春には、その頼りなさが愛おしい。彼に甘えられると、自分が求められているかのように思ってしまう。


「室井くんのこと、まだ気にしているの?」

「小春は僕のお嫁さんなんだよ。それなのに……」


 小春と由希斗が室井健太と同じ教室で過ごしたのは、三年前のことだ。

 普通の人間より遥かに長い時間を生きている小春といえど、時間の感覚が極端に違うわけではない。三年も過ぎたら当時の感情も薄れているのに、由希斗はそのころと変わらず顔をしかめた。


「彼は知らなかったのよ」

「それでも……あんな、何かと小春に寄っていって、話しかけて、僕はずっと我慢してたのに」

「ユキが何もないふりをしてくれて、とても助かったわ。ありがとう」


 由希斗は眉を下げ、不満もありつつ、嬉しいような、何とも微妙な顔をした。

 当時、室井が小春に気があるというのは学校中に知れ渡っていたから、そこに目立つ由希斗が表立って参戦していたら、どれだけ面倒なことになったか知れない。


「彼は嫌いだけど、小春が困るのが、一番いやだから」

「……ごめんね、ユキ」

「いいの。そのほうがよかったのは僕もわかっているし、あのころも、今も、ここでは一緒にいてくれるもの」

「……」


 本当は、なにもかもあなたの思う通りにしてもいいのよ。


 そう、言ってしまいたい気持ちを抑える。いつも由希斗に気を遣わせて、思うままに振る舞うことを妨げているのは小春だろう、と、責める己の声が聞こえる。


「僕、我慢するのも、嫌いなだけじゃないよ。小春と一緒にいるために必要なことだから。その瞬間はちょっと嫌だけど、でも、我慢しなきゃいけないのは、小春がそばにいてくれるからこそだもの」

「わたしがいなかったら、我慢する必要もないのでしょうに」


 つい、小春の口から本音がこぼれた。その直後、指先にしびれのようなものが走り、由希斗が「痛っ」と小さく声を上げる。小春は指先から流れ出てゆく由希斗の霊力を感じ取り、慌ててカウンターを回り込んだ。

 調理台の前で、由希斗が左手の指を軽く押さえている。彼は小春を見て、力無く笑った。


「ちょっと失敗しちゃった」

「切ったの? 大丈夫? どのくらいの……」

「このくらいなら、すぐ治せるよ」


 由希斗が押さえていた手を離し、小春の前に左手を差し出す。小春は彼の手を取り、しびれを感じたひとさし指を中心によく調べたが、もう傷跡さえ残っていなかった。


 小さくため息をついて離そうとした小春の手を、由希斗が掴んで強めに握る。


「こんな傷なんかより、小春、僕はね、たとえもっと痛くても、小春がそばにいてくれるなら、いくらでも我慢できるよ。我慢したいんだよ。それが、自分だけじゃなくて、小春と一緒にいるということだから」

「頑張るのは嫌いなんじゃなかったの?」

「あんまり得意じゃない。だけど小春に一緒にいてもらうためなら、頑張れる」


 死ぬつもりだった小春を、その強大な力でもって生かした神さまらしくない、殊勝なもの言いだった。まるで小春に選ぶ自由があるかのような言い方だが、実際には由希斗の一存である。それを忘れているのか、気にかけていないのか、今、小春の手を握りしめながら見つめてくる由希斗からは、健気なほどの必死さが伝わってきた。


「ユキが痛い思いをするのは嫌よ」

「こんな怪我で小春に優しくしてもらえるんだから、僕は好きかも」

「馬鹿なことを言わないの」


 窘められたというのに、由希斗はほんのり嬉しそうに口もとを緩めた。


「長いことこうして暮らして、わたしもずいぶん慣れてしまったけれど……。それでもわたしはあなたの巫女で、あなたはわたしの大事な神さまなの。わたしのためにあなたが我慢するなんて、おかしいわ」

「小春は、僕のお嫁さんだよ。おかしくない」

「そういうことじゃなくて」

「そういうことなの」


 柔らかい声音はそのままだが、異論を受け付けない口ぶりだった。


「……わかったわ」


 本当に納得できたわけではなく、気圧されてただうなずいただけ。由希斗はそれに気づいたかどうか、小春の手を一度強い力で握って、それからゆっくりと解放した。


「いっときも忘れないで」


 切なく目を細めてそう念を押す由希斗の、小春を大切に思ってくれる心を、疑ってはいない。


 小春を『僕のお嫁さん』と呼ぶ声の甘さ。それは特別な響きで、小春の心を揺らす。


 でも、彼が小春にそれらしい欲求を向けてきたことは一度もないのだ。



『小春は、あの子によく似てる』



 ずっと昔、小春がまだただの人間の子どもだったころ、由希斗はそう言って笑った。


 あの子というのは、この街で『始まりの舞姫』と呼ばれる少女だ。この地で舞って由希斗に見初められた、彼の本当の花嫁。


 彼女が由希斗のそばに居ない理由を、小春が尋ねたことはない。由希斗にとって幸福ではないと想像がつくものを、どうして問いかけられるだろう。


 身代わりというほど単純な想いではないことくらい、由希斗から向けられるまなざしを受け止めていればわかる。けれど、欲を含まない声音で繰り返し『僕のお嫁さん』と呼ばれるのなら、いっそ身代わりにしてくれてよかったのに、と思う。


「小春?」

「なんでもないわ」


 黙ってしまった小春を心配そうに呼ぶ由希斗の表情には、小春を案じる気持ちと、彼自身の不安とが表れていた。


「ユキも、傷を治すくらいのコントロールはできるようになったのね、と思っただけ」


 小春が笑ってみせると、由希斗ははっと目をみはって、それから苦しげに眉を顰め、唇を引き結ぶ。小春は、由希斗の変化に気づかなかったふりをして、ダイニングに戻った。椅子に座り、宿題の続きに取りかかれば、キッチンからも、また包丁の音が聞こえてくる。


 今日の献立は、冷しゃぶサラダ。由希斗は野菜たっぷりが好きだから、レタスのほかに、きゅうり、玉ねぎ、ブロッコリー、とうもろこし、トマトと、賑やかなひと皿になる予定だ。


 何回も高校生をやったおかげで、すっかり解けるようになった数学の問題にさらさらと解答を書き込みながら、小春の頭には、数式ではなく由希斗の苦しい顔ばかりが浮かんでいた。調理台に転がっていた野菜の鮮やかさを思い浮かべてみても、由希斗の表情をかき消すことはできない。


 本当は、きっと、由希斗に小春は必要ないのだ。


 それなのに小春を生かしたあやまちを何百年も背負い続けて苦しむ彼を、どうやったら救えるのだろうか。


「……おばかよね、ユキって」

「なんで!? 僕、何かしちゃったの?」


 小さなつぶやきだったのに、キッチンの由希斗が焦って問い返してきた。それで、彼がずっと小春を気にかけていたことに気づく。

 呆れと愛しさが、苦笑いになってこぼれた。


「わたしを見てばかりいると、また怪我するわよ」

「見てな……いや、ちゃんと野菜も見てるよ」

「野菜だけ見てなさいな」


 小春が肩をすくめると、由希斗はちょっと気まずそうに視線を横に逸らしたあと、おとなしく手元に集中しはじめた。


 終わらせた問題集を閉じ、その上に頬杖をついて、彼を眺める。


 優しい神さま。


 巫女でも神嫁でも眷属でも、呼び名は何であれ、それは彼に仕え、助けとなるもののはずだ。なのに、由希斗は小春に対してあべこべに振る舞っている。


(ユキが、賢い神さまだったら……)


 神さまらしくなくキッチンに立つ由希斗を見ていると、頬が緩んだ。

 もし彼がおばかさんではなかったら、小春は彼をこんなに愛しく思わなかったろう。


 その前に、もうこの世にいなかっただろうけれど。

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