12話
カタカタと風に揺れるブラインドの音で叶向は目を覚ました。
心地のいい風が頬を撫でる。しばらくぼうっと天井を見つめて意識の覚醒を待つ。
ぼんやりとしていた意識が少しずつ鮮明になっていくと、隣で眠る秀の横顔が目に入る。気持ちよさそうにすやすやと寝息を立てるその横顔に、気付かれないようにそっと頬にキスをしてみる。
「ん〜」
叶向の髪の毛が顔にあたり、むず痒そうな顔を浮かべて秀は寝返りをうつ。
満足げな表情を浮かべると、叶向は枕元に置いていたスマホの画面で時間を確認する。
6月12日(土) 8時37分
隣で眠る秀を起こさないよう、ゆっくりとベッドから抜け出すとキッチンへと向かう。
慣れた手つきで直食を作り始めると、完成間近になりあることに気がつきバツの悪い顔をする。
* * *
「おはようございます、秀さん」
ぼんやりとした視界が少しずつ明るくなっていくと、自身を見つめる叶向の姿が徐々に鮮明になっていく。
「ん……おはよ」
寝ぼけまなこで返事をすると、途端に明るくなった視界に目を細める。手探りで枕元に置いたスマホを見つけるとロック画面を確認する。
9時12分
「朝ごはん作ったんですけど、寝起きですぐに食べれますか?」
「ん? うん、くえる」
大きく伸びをすると、秀は立ち上がってキッチンへと向かう。
「ありがとな、準備手伝うわ」
「そんな、俺がしたくてしてる事なんで。秀さんは座って待っててください」
「……わかった」
叶向によって並べられていく朝食に、秀は少しの違和感を覚える。
「お待たせしました」
「おう、なんか……」
「……わかってます、自分でもちょっとどうかと思いました」
並べられた朝食は一人分の食器に二人分の量がよそわれているという、なんともアンバランスな食卓だった。箸は一膳しかないのか、叶向の前にはフォークが置かれていた。
メニューはシンプルで白米に目玉焼き、ソーセージ、ミニトマト、味噌汁というラインナップだが、どれも一人分の器にぎっしりと盛り付けがされていた。
「必要最低限にも程があったなと……少し反省してます」
「まあ……いいんじゃねえの」
「今度秀さんようにもう一セット用意しておきますね」
「おう」
またもや想定外の肯定的な秀の返答に叶向は顔を輝かせる。
「なんだか、なし崩しに半同棲を始める前のカップルみたいな会話ですね!」
「そーだな、いただきます」
とくにツッコミを入れる訳でもなく、秀は朝食を口に運ぶ。
「もー、なんとか言ってくださいよー」
不貞腐れた表情を浮かべながら、叶向も朝食を食べ始める。
「朝から元気だな」
「それは、秀さんが居るからですよ。俺の家で朝を迎えて、俺の作った朝食を頬張る秀さん……こんなに充実した朝は人生で初めてです」
「……よかったな」
「今後もお泊まりしてってくれますか?」
「んー……」
「な、なにもしませんから……‼︎」
「気が向いたらな」
「わーい」
六月中旬の涼しい風にあたりながら、二人は昨夜買ったアイスを頬張る。
「先に不動産ですかね?」
「そーだな」
「その後はデート! ですね」
「だな」
「すっごい楽しみです」
「よかったな、どこ行きたい?」
「え、俺が選んでもいいんですか??」
「うん」
「……少し時間をください。完璧なプランを立てますので!」
そう言うと叶向はスマホを取り出し、何やら忙しなく操作を始める。
「秀さんは食べたいものとかありますか?」
「ん〜、甘いもん食いたい」
「かわっ……わかりました。俺に任せてください!」
「じゃあ俺は先に準備してるわ」
そう言うとすくっと立ち上がる。
「ちょ、待ってください! 出かける前の準備は一緒にしたいです!」
「いや、別に準備も何も着替えるだけだし」
「着替えはいいですけど、秀さんのヘアセットは俺がしたいです‼︎」
「お、おう。分かった」
「あ、もうちょっとだけ萌え袖の秀さんも堪能してたいので、やっぱり俺の隣にまだいてください」
「……」
「ほら、いく場所とか聞きたいこともありますし、ね?」
「そーだな」
それもそうかと納得した秀は、座り直すと叶向のスマホ画面を覗き込む。
「ここら辺いくところあるのか?」
「……割となんでもありますよ」
「ふーん。あ、ここうまそうだな」
「……蕎麦お好きなんですか?」
「うん、好き」
「……水族館とかありますけど、定番すぎますかね?」
「いんじゃねーの、久しぶりに行きてーかも。こことかいーじゃん。ペンギンいるってよ」
「……ペンギン好きなんですか?」
「うん」
「……可愛いですもんね」
「だな。ここの水族館メロンパンアイス食えるってよ」
「……あの、秀さん?」
「ん?」
スマホから叶向へ視線を移す。
「どした?」
「ち、近すぎませんか……」
口元を手で隠し、叶向は顔を真っ赤にして目を伏せる。叶向の意外な反応にポカンとしたまま、秀はその表情を凝視する。
「あの……そんなに見つめないでくださいよ」
「いや、なんか珍しいと思って——」
不意に柔らかな感触が唇に触れる。
「……おい」
「秀さんが悪いんですよ。俺ずっと我慢してるのに、無邪気に俺の懐に飛び込んでくるから」
「何をわけのわからない——」
勢いよく抱きつく叶向を受け止める。
「……っぶねぇな」
「秀さんの心臓、トクトクいってる。俺の心臓すごいうるさいのに……秀さんの心臓はゆっくりトクトクいってる」
グリグリと顔を擦り付ける叶向をよそに、秀はスマホのロックを解除すると目的の不動産までの道のりを検索する。
10時05分
「よろっと支度するか」
相変わらず自身の胸に顔を埋めたままの叶向に問いかける。
「……」
「聞いてんのかー」
「もうちょっとこのままでお願いします」
「はぁ、重いんだけど……」
「俺のこと意識してドキドキしてください」
「ドキドキって……」
「こんなに密着してるんですよ!」
ガバッと勢いよく叶向は顔を上げる。
「それなのに平気な顔してスマホいじってるし!」
「男同士なんだからこんなもんだろ……この体制は若干近いけど」
「若干って……! 普段どんな距離感なんですか‼︎」
「え……? 肩組んだりとかすんじゃん」
「わ、わぁ〜……距離感近い系男子だぁ。そーやって公衆の面前で男同士の友情とか言っていちゃついてる人だぁ。俺みたいな人種にやらしい目で見られてるなんて知りもしないで、平気でベタベタ密着してる系男子だぁ」
「ふはは、なんだよその喋り方」
「……笑顔かわいい。でもダメです! 俺以外の男子と距離近いの反対です」
「アホか」
「本当にダメですからね、俺嫉妬深いですよ」
「ぽいよな、なんか」
「んもー、ちょっとは意識してくださいよ!」
再び自身の胸に顔を埋める叶向の頭をくしゃっと撫でると、スマホの画面に視線を戻す。
「そーやって……俺のこと
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