9話

一瞬で今までの叶向のが秀の頭の中を横切る。自分の目の前で彼が死んでいくのを何度も見てきた。救えずに歯痒い思いをするのはもう懲り懲りだった。

 素早く手を伸ばすと叶向の腕を掴み、自らに引き寄せる。その拍子に自身も前に倒れかけるが、両足に力を入れなんとか耐える。

 しっかりと左手で叶向の頭を守るように抱き寄せる。


「っぶね〜……きぃつけろよ、マジで」

「……ご、ごめんなさい」

「はぁ、まじで焦ったわ」


 叶向から身体を離すと、心配そうに秀は様子を伺う。


「怪我してない? よな?」

「えっと……大丈夫、です」

「ならよかったって、お前なぁ……」


 秀は太ももに当たる硬くなった叶向のモノを視界に入れると呆れた視線を送る。


「ご、ごめんなさい! 秀さんがいきなり抱きついてくるから……思い出しちゃって……」

「抱きつくって、誤解を招くような言い方はやめろ!」


 叶向を引き離すと、浴室の隅っこに立たせる。不思議そうに支持されるまま、ちょこんと隅っこで待機する叶向。


「俺がシャワー浴びるまでそこを動くなよ」

「そ、それは……」

「ん?」

「シャワーを浴びる秀さんを視姦しかんしててもいいってことですか……?」


 ゴクリと生唾を飲み込み、熱い視線を送る叶向に秀は寒気を覚える。


「バカ野郎が……まぁ、いいわ。大人しく順番待ちしてろ」


 手早く身体を洗うと、秀は浴室のドアに手をかける。


「ちょっと、どこ行っちゃうんですか!?」


 ドアにかけられた秀の手を掴んで、叶向がドアの前に立ちはだかる。


「どこって……ベッドに戻るんだけど」

「えっ、俺がシャワーまだなのに……?」

「は?」

「俺が上がるまで一緒にいてくださいよー」

「お前は…………なんか、残念だな」


 ぽんぽんと叶向の頭を撫でると、秀は浴室のドアを閉める。


「ど……どういうご褒美ですか‼︎‼︎」

「うるせー黙って入れ」

 


 ベッドに横たわると通知のないスマホの画面を覗き込む。

 

  6月11日(金) 1時58分

「やべぇ、明日起きれっかな……」


 スマホを充電器に刺すと、コンタクトレンズを外して横になる。途端に襲ってくる睡魔に抗うことなく、秀はその意識を手放した。

 


     *  *  *

     


  6月11日(金) 6時10分   

 甲高いアラームの音で秀は重たい瞼を無理やり開く。

 スマホを手探りで探すと、やかましくなり続けるアラームを止める。視線の先に叶向の寝顔が入り込み、秀は勢いよく起き上がる。


「……やっちまった」


 頭を抱えて数秒考え込んだが、考えても今は仕方がないと開き直って乱暴に叶向をゆすって起こす。


「おい、起きろ。さっさと準備すんぞ」

「ん〜、秀さん?」


 半目で今にも寝そうな叶向の身体をいっそう強く揺する。


「いつまで寝ぼけてんだ、学校遅れっぞ」


 立ち上がると身支度を整え始める秀に対して、朝が弱いのか叶向はうつらうつらしながら着替えを始めた。

 



「学校までのナビよろしくな」


 ホテルを後にした二人は、秀の愛車に乗り込み駐車場を後にする。


「……ありがとうございます、送ってもらっちゃって」

「いまさら気にすんな」


 途中で寄ったコンビニで買ったあんパンを頬張りながら、秀は叶向のナビに従い車を走らせる。


「……」「……」

「さっきからどーした? トイレか?」


 先ほどからもじもじと口数の少ない叶向に、秀は不思議そうに問いかける。


「ち、違います……その、あのですね」


 改まって秀に向き直ると、気まずそうに続ける。


「今日の放課後なんですけど……えっと、その……」

「あぁ、迎えいくわ」

「えっ⁉︎ え?」

「俺ん家にGPS取り行った後で行くから、ちょっと遅くなるわ」

「あ、そーですね。GPSなんてありましたね……」

「それもって、お前乗せて、警察な」

「あ、はい」

「……放課後予定あった?」


 一方的に予定を振ってしまったことに気づいた秀は、慌てて放課後の予定を尋ねる。


「いえ、特にないので大丈夫です」

「そか。俺の連絡先教えるから、仕事終わったら連絡するな」

「いいんですか? 連絡先交換しちゃって!!」

「お、おう……」


 急にはしゃぎ出す叶向に引きつつも、秀は連絡先を口頭で伝える。


「俺の連絡先もお伝えしますね」


 そう言うと、バッグの中から付箋とペンを取り出すと、スラスラと番号を書いていく。


「ここに貼っておきますね」


 CDの取り出し口近くに付箋をぺたりと貼り付けると、いつもの調子に戻ったのかいちごジャムの塗られたパンを頬張る。


「仕事終わってから家寄るから、19時半ぐらいになるわ」

「分かりました」

「なんかあってもあれだから、学校近くの大型モールで待ってろ」

「はーい」



     *  *  * 

     


 叶向を高校近くまで送り届けた秀は、車のデジタル時計で時間を確認する。

 

  8時03分

 叶向の通う高校から秀のアパートまでは車で5分もしない距離にあった。仕事帰りに証拠品となるGPSを取りに行ってもよかったのだが、時間もあったため秀は先に家に寄ることにした。

 

 自宅の駐車場に着くと、辺りをキョロキョロと警戒する。こんな朝早くに、二人の男がいるわけがないと思っていても、自然と警戒をしてしまう。

 ドアノブを回し、部屋の中に滑り込むと鍵とチェーンをかける。

 洗濯機の中に入れっぱなしにしていた小さな機械を忌々しく掴むと、作業服の胸ポケットにしまう。


「仕事行くかぁ……」


 寝不足の身体に喝を入れると、しっかりと鍵を掛けアパートを後にする。

 


  8時28分

「おはようございます」


 タイムカードをきると工場へと向かう。工程表を確認して作業へと取り掛かる。

 突然胸ポケットから振動を感じて作業の手を止める。取り出したスマホの画面を確認する。


『送ってくれてありがとうございます。お仕事頑張ってください』


 登録した叶向の電話番号からSMSでメッセージが送られていた。

 珍しく通知を知らせたスマホの画面をまじまじと見つめると、メッセージ画面を開く。


『おう、頑張る』


 当たり障りのない文章で返事を打つと、満足げにスマホを胸ポケットにしまい作業を再開する。

 


  18時40分

「お疲れさまでしたー」


 タイムカードをきると愛車の待つ駐車場へと向かう。

 鍵を回し、ドアを開けるとドカっとシートに身体を沈める。寝不足からいつもより疲れが溜まった体はひどい眠気に襲われる。

 パンツのポケットから振動を感じてスマホを取り出すと、叶向からの通知が入っていた。


『お仕事お疲れさまです。2階のフードコートにいるので、近くに来たらメッセージください! 駐車場まで行きますね!』


『わかった』


 返信ボタンを押すとエンジンをかける。ポケットからGPS機器を取り出すと、なくさないようにドリンクホルダーの中に入れ車を走らせる。


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