(15) 思い込み
***
「――#########」
…………。
………。
……。
…。
んでだよ。
なんでだよ!
なんでまだ死んでねえんだよ!
くそ!
悪態をつく――が、そこである違和感に気づく。
身体が動かせない。目も開けられない。口も動かせない。鼻も効かない。何も感じない。
ただ――わけの分からない何かが聞こえるだけだ。
つまり、聴覚と思考しか僕には残っていない、ということになる。
これが、所謂「死後の世界」なんて揶揄されるやつだろうか。
分からない。何も分からない。
「――#########」
ああ! うるさいな!
自分でも荒んでいるのが分かるが、耳を潰されるような感覚に陥っているのだから仕方ないだろ。
自分の身に何が起こってるのか整理できないのもあるのだろう。
少し深呼吸――と言いたいが口が開かないから、したつもりで自分を落ち着かせる。
ひとまず、だ。
ここは死後の世界ということにしておこう。
そうしたら色々めんどくさいことを考えなくて済む。それに、今僕は死んだのだ。こんな違和感しかない状況は「死んだ」からだ。
そうなると、次。
このずっと鳴り響いている「何か」はなんなのか、だ。
比較的至近距離で何かの言語のような理解できない音が鳴っている。いくら耳を澄ましても曖昧にしか聴き取れない。仮にこの音を人の声だとしても、物凄く図太い低い声にも聞こえるし、糸のように繊細な高い声にも聞こえてしまう。
いや……?
死後の世界なら閻魔大王とか、そういう奴だってことも――
フッ。
馬鹿か、僕は。
そんなのいるわけ……いや、僕が幽霊っていう時点でなんでもありなんじゃ……。
……だとしたら、人間として精神が崩壊しても狂っても永遠に痛ぶってほしいもんだ。
それが僕には丁度――
「――#####南無阿###」
!
今、「なむあ」って聴こえた?
なむあ? なむあってなんだ? いや、そもそも日本語? 死後の世界の言語が日本語? そんなのあるわけないだろ。日本語だと聞き間違えただけか?
もう一回耳を研ぎ澄ませる。
「――#########」
……。
「――#########陀仏###」
だぶつ?
「だぶつ」って……確かに……。
「なむあ」と「だぶつ」……。
「南無阿弥陀仏」?
いや……。でもそれしか繋がらないし。それにちゃんと日本語だったし。
でもなんで「南無阿弥陀仏」……。
極楽浄土?
なんで今更? 幽霊だぞ?
それに南無阿弥陀仏なんて、言ったこと……多分ない……と思うし。
それに極楽浄土に行くために唱えるのに行ってから聴くなんて。
縁もゆかりも……
ない……?
いや、待てよ?
幽霊で南無阿弥陀仏。幽霊とお経。
……。
「除霊」?
いやいや。
除霊って「南無阿弥陀仏」とか唱えるのか? 分からない。分からないけど。
除霊だとしたら、この状況が上手く説明できる。除霊されているとしたら聴覚以外の五感が失われて身体が動かなくても不思議じゃない。それに至近距離で鳴っている音もお経と言われれば「南無阿弥陀仏」と聞こえるのも所々日本語なのに意味が分からないのも耳が潰されそうな感覚も全てに納得がいく。
でも、なんで?
死ぬと思って気づいたら除霊なんかされてるんだ?
気を失う寸前のあの音がそうなのか?
でもなんで……今更除霊なんて。っていうか、僕、除霊されるようなこと……。
――雫?
いや、そんなわけ……ない……。
ない……。
い、嫌だ。信じたくない。信じたくないのに。なのに。なのに雫のあの最後の言葉が、鋭利な刃物に変わって僕を抉ってくる。
――雫がそんなことするわけないだろ。
そう塗り替えようとする。が、払拭なんてできるはずがなかった。
駄目だ。
そ、そうだ。
そうだよ。
あ、あいつだ。
あのいつぞやの僕が叫んだ時に睨んできた女性。
あいつなんだ。
うん。きっと。いや、絶対。
多分霊感が強いとかで。僕が叫んだから変な邪悪な気的なものが漂って、それが悪霊とかなんかと勘違いされたんだ。
いや、勘違い、じゃないか。
悪霊だもんな。
……だから雫じゃない。
「――##」
混乱し過ぎていた頭を一回休める。
待てよ。今僕が除霊中だとしたら、ここは死後の世界ではない? としたら現世か。
そうか。
僕、もう一回――今回は本当に――死ねるんだ。
そう思うと、なんだか思考がおぼつかなくなってきたような……。
それに、さっきからお経が遠のいていくのを感じる。
はは。
忙しないな。でも、今度はちゃんと除霊されて死ねるのか。てかよく考えたら幽霊だったら除霊されないと死ねないじゃん。
ばかかよ。
ああ、段々と考えられなくなる……。
「――#」
もうすぐお経が終わる。
「……」
ああ。
死ぬっていうのは……意外と……あっけない……なぁ……
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