再夜
うよに
第1章 夜明け
(1) 朝焼け
1
「………」
「…………………………………………………………………」
「………」
「……………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………」
【………だけの……をつくろう】
………
……
…
気づいたら歩いていた。
一瞬普通に散歩しているだけかと思った。
でも、何かが違った。どことなく軽いような。
何気なく下を見る。
黒いもやもやしたものが見えた。
どうやらそれは僕を覆っているようだった。
改めて腕を見る。
やはり腕にもそれが纏わりついていた。試しに触ってみたけど何も感じなかった。
手は腕を掴んだ形になっているから物体には触っているのだろうがその感覚が全くなかった。
どうやら僕の身体全体はそのわけの分からないものに覆われているようだ。
それは黒いというよりかは淡い藍色のような色をしていた。
服も靴も覆われていて見えなかった。そもそも着ているのかさえ分からない。
状況が呑み込めないでいた。ぼっとする頭と視界で辺りをぐるっと見渡す。しかし、周りには誰も居なかった。
左下には大きな川がゆっくりと流れていてそれに沿う様に堤防が延々と続いていた。遠くには森らしきものと山々が見えていた。右を見ると竹藪がずらりと並んでいた。
この風景には全く見覚えがない。一体どこだというのだろう……。
耳を澄ますとどこか遠くでサイレンの音が鳴っていた。
左の方から強い光が射してきている。
今は太陽が東の低いところから昇ってきているから早朝だろうか。
混乱している頭の中を一旦整理してみる。
・僕は変なもやもやした黒い煙みたいなものに覆われている。
・感覚がない。
・ここがどこか分からない。しかし、人気がない田舎みたいな所にいる。
・今は周りから推測するに明け方。
・何をしていたんだっけ。僕は……。
あれ?
僕は………?
僕は……。
あれ、おかしいな。なんで……。なんで自分のことが思い出せないんだ?
僕は何をしていたんだっけ。というか、そもそも僕は……だれ?
名前なんていうんだっけ。僕って何だ。
何も思い出せない。だれなのか。どこに住んでいるのか。どうしてここにいるのか。何で身体はこうなっているのか。なんで、なんで……。
1回深く息を吸い大きく吐く。
ここで悩んでいても仕方がない。多分僕は所謂記憶喪失っていう状態だ。それにこのもやもやも幻覚だ。それなら人を探そう。そうして病院へ行こう。
そう決心し、足を前に出して歩き出そうとした時――
【……だよ…や……………く…ね】
と一瞬聞こえた……気がした。だが、小さすぎて鳥のさえずりか空耳かと思い深く気にも留めなかった。
微かに後ろ髪を引かれる思いがした。が、足を前に出す。
相変わらず歩いているという感覚は全くなかった。ただ足を前に出すという機械的な行動を繰り返していた。
病院に行けば分かることだとどこか安堵しながらおもむろに歩いた。
そして20分ぐらいして、駅前みたいな所に着いた。人もちらほら見えていた。まだ早いからな、と少し興奮気味に走り出す。
「あのー! すいません!」
目の前のスーツ姿の人は僕の声が聞こえていないようだった。
当たり前だ。声を出すのが久しぶりみたいで掠れてしまっていたから。
もう一度大声で呼びかける。でも振り向かない。
近くに寄って肩を叩いてみることにした。手を前に出し叩いた……と思った。
しかし、手は肩を触れずに宙に弧を描いただけだった。
おかしい。もう一回叩いてみた。
しかし結果は同じだった。それどころか手が前の人の身体をすり抜けていったのだ。
何回やっても同じだった。
幻覚かと思った。
でも大声で呼んでも振り返ることはなかった。
そういうおかしな人かと思い一旦通勤時間まで待った。
そうしてあらゆる人に行ったが駄目だった。いくら大声を出そうが気づく人は誰もいなかった。
それよりも信じられないのが行く人みんなが僕をすり抜けていく。まるで映画のように。
すり抜けられる時も何も感じない。
僕は存在しないとでもいうかのようにみんな通り抜けていく。
意味が分からなかった。現実ではありえない。
気味が悪くなり人気がない所に移動した。
どういうことだ? 何で僕の身体はすり抜けられたんだ? 何で声も届かないんだ?
試しに石を蹴ろうとしたが無駄だった。通り抜けて石さえ蹴れない。建物も同じだった。
混乱している頭からある言葉が浮かんできた。
――幽霊
まさか、ね……。
でも、黒いもやもやに覆われて誰にも気づかれずにすり抜けられる。そんな状態を幽霊だと思うと筋が通ってくる。それに死んだのかは分からないが幽霊は妥当だと思い、なぜかしっくりきて、納得できた。そんな自分が怖かった。
それと同時に人に気づいてもらえない孤独感が襲ってきた。一生このままだったら……。ずっと一人だったら……。などの不安も襲う。
恐くなった。ただひたすら怖かった。
人混みの中に行っても悲しくなるだけだとあてもなく放浪する――
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