【間話】雉子(キギス)

 私はキギス。

 雉の子と書いてキギス。

 お寺のご住職様に頂いた名前を私は気に入ってます。


 おっとうは普段田んぼの稲の世話をしているけど、何年か一度はお頭様に付いて戦へ赴くので家は大変です。だからおっかあはいつも忙しくて、家事に畑仕事に幼い兄弟の世話にと身を粉にして働いています。

 私の兄弟は男3人に女4人。私は上から4番目、下から4番目。つまり真ん中です。もっとも赤子のうちに死んでしまった兄弟を入れると上から6番目くらいだと、おっかあは言ってましたが。


 器量良しの1番上の姉さはお頭様のご次男に見初められ、5年前に嫁ぎました。その縁もあってウチにはお頭様からの頼み事が多く、下の兄さと兄さの嫁さはしょっちゅう駆り出されます。おかげで家の仕事は私が手伝う事が多くなり、ここ最近は同じ年頃の子と遊ぶ機会があまりありませんでした。だけども私も嫁にいく年頃になるまでとあと2、3年。花嫁修業のつもりで一生懸命家事を手伝っています。


 そんなある日、おっとうに呼ばれて、何か叱れるんじゃないかとビクビクしていると、

「キギス、モモタロウ様の世話係になんな」

 と言われました。突然にです。


 モモタロウ様って、あのモモタロウ様ですよね?

 背がお高くて、村1番の美丈夫なのにとてもお優しい、と評判のあのモモタロウ様ですよね?

 お頭様の覚えも良く次代のご参謀を担われるであろう有能な御方だ、と下の兄さも言ってました。

 村の若い娘らはモモタロウ様とお知り合いになりたくて、可愛らしい犬と一緒に散歩するモモタロウ様のお姿をいつも遠くから眺めています。

 ただモモタロウ様は神仙の國からお越しになられた尊い御方という噂で、お近付きになるには余りにも恐れ多い御方だと友達から聞きました。


 そんな恐れ多いモモタロウ様の世話係に私が?

 嬉しい気持ちと、とんでもない事になった混乱とで、頭が茹だってしまいそう。


 ◇◇◇◇◇


 今日は出立の日、モモタロウ様との初のご挨拶。

 たぶん今が生まれて一番緊張していると思う。


「短い間だと思うがよろしく頼むな。

 オレはモモタロウ。

 お前達の名前は?」


「俺っちはマサルだ」


 横には幼なじみのマサルがいます。

 緊張感が全然無いマサルを見ると無性に腹立たしく感じました。

 私なんて緊張で顔も上げられませんのに。


「わ、…」

 きゃー、私どもった。

 いけない、いけない。

 落ち着くのよ、キギス。


「わたしはキギスです」

 声を絞り出して何とか自分の名前を言えました。


 気持ち的に大仕事を終えて、緊張が少し解けて伏せていた目を上げると……

 目の前のモモタロウ様はやはり素敵な御方です。

 でも何というか……


「俺達の仕事は戦う事ではなく、いわば密偵みたいなものだ。

 オレが奇異な身なりで目立つ分、お前達には陰で動いてもらうつもりだ。

 宜しく頼むよ」


 ああ、そうゆう事なのですね。

 身なりが派手で桃好きな目立ちたがり屋に見えたので、私はすっかりモモタロウ様の事を……

 なんと言うか、そっち系の感性のお持ちの御方だと勘違いしてしまいました。

 テヘ(ノ≧ڡ≦)☆


 でもこの先、第一印象そのままに、人とはちょっと違う感性の持ち主であるモモタロウ様が、自分達をぶんぶんぶんぶんと振り回す事になるとは……

 この時は知る由もありませんでした。



 ※この話の世界感では、室町時代の一般的な風習として男性が数えで15歳、女性が数えで13歳で成人し、女性の適齢期が16歳~18歳と想定しています。

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