第2話 クラスの陽キャ頂点


 陽キャの頂点、有谷隆樹。

 彼から怪しい儀式により、彼が大岩に潰される映像が送られたその翌日。

 彼は、教室の中心で他の陽キャたちといつも通り、楽しそうな雑談をしていた。

 人の気も知らずに。

 結局、あの映像を見た後、俺は彼の叫び声と呻き声と肉が断絶する音と、血が噴き出す音が耳から離れないせいで、延々とヒーリング音を流しながらやっと気絶するように眠りについたというのに。

 朝だって、父に「顔色が悪い。憑りつかれてないのに」と心配しているのかしていないのか怪しいことを言われながら、朝食をいただいたくらいだ。

 それなのに、悲鳴をあげていた当の本人は、死んでもいない上に陽気に今日も陽キャをしている。腹立たしいことこの上ない。

「夏休みってどこか行くの?」

 彼だけではない。

 高校二年生の夏休み前の教室なんて、どこもかしこも陽気な雰囲気だ。クーラーにより、冷やされた教室の空気が開け放たれた窓から外へと持って行かれる風に黒い毛先が揺れる。

「真博くん」

 昔はクーラーがきいた寒い部屋で炬燵を引っ張り出して、アイスをかじるなんて馬鹿なことをして、当時まだ元気だった祖父に拳骨をくらった。

 今ではそんな馬鹿を起こすような気力も俺にはない。

 社交性もなければ、やる気も、気力もない。人に無条件にいい印象を与える見た目とも言えない適当にうなじを隠す程度の黒髪とどこにでもいそうな平凡な顔に外で遊ぶことがあまりなく白いままの肌。そんな状態だから、適当にそれなりに平凡に物事をこなしているように見せるために精一杯だ。

「ま・さ・ひ・ろ・くん」

「え?」

 まさか、俺が誰かに呼ばれているのか?

 最初は幻聴だと思ってスルーしていたが、開いた窓から見える絵の具でも描けない空の淡い青色から視線を教室の中に戻すと、俺の机の前に、陽キャの頂点、有谷が立っていた。

 少し明るい茶色の髪、整った目と鼻と口、聞き取りやすい声。俺ほど色白ではないが、他の陽キャたちと休日に野外活動をしているにも関わらず、日焼け止めでも塗っているのか、焼けていない肌。

「お、俺のこと、呼んだ?」

「呼んだ呼んだ」

 満面の笑みで頷く。どうやら、最初、無視したみたいになってしまったことに関しては怒っていないらしい。俺は思わず、視線を斜め下に逸らす。相手が陽キャだろうが、なんだろうが、顔を直視しながら話すのは苦手だ。

 いや、そもそも、どうしてこいつはいきなり俺に話しかけてきたんだ。どう考えても、さっきまで教室の中心で夏休みの予定について、他のクラスメイト達と話をしていたじゃないか。

 俺は有谷みたいに夏休みの予定を聞いてくる友人を持っていないし、有谷みたいに夏休みの予定に誘ってくれるような友人を持っていない。有谷だって、夏休みの予定を他の連中と話していればいいのに。

「……あ」

「ん?」

 ふと、昨日有谷から送られてきた動画を思い出す。

 動画の中で有谷は「友人の頼みでとある村に来てる」と言っていた。そして、日付は八月八日。つまり、彼は友人に誘われて、夏休みにあの儀式を行うことになったのだ。

 有谷は生きている。

 あの映像はフェイク動画ではない。

 以上のことから、あの映像は未来の有谷が俺に送ってきたものだと言える。

 それに、俺のスマホには本当に未来からの連絡が届く。他の人には見えないので、信じてもらえた試しはないが――。横目で有谷を伺ってから、俺は小さく首を横に振った。

「なんでもない……それより、どうして、俺に?」

「ああ、真博くんの家って今年は何日にお祭りをするのか聞きたくてさ」

「あぁ……そういうことね」

 俺はいつだったか、とスマホを取り出して、スケジュール帳を開いた。悲しいことに俺個人のスケジュール帳は真っ白だ。

 スケジュール帳に書いてあるのは宿題の期限や文化祭の準備の予定、ついでに家の手伝いの予定。友人と出かける予定なんてものは俺のスケジュール帳には書かれていない。

 有谷が俺の手元のスマホを上から覗き込んでくる。近い。俺のスケジュールなんて、見ても面白いものはなにもないぞ。

 普段、陰キャの俺には祭りなんてイベントは関係ないはずだが、それでも陽キャの頂点の有谷が俺に祭りの予定を聞くのは、俺が神社の神主の息子だからだ。

「今年は七月三十一日に祭りだ」

 祭りでは、境内に屋台が並び、有志の人間が獅子舞を被って、境内を練り歩いたり、有志の若い女性が巫女として舞台で踊ったりする。あとは近所の子供会の子供たちが神輿を担いでくる程度。まぁこの地域ではそれなりに大きなものだが、他の地域の人間がわざわざ来る程のものではなく、ただ地域の者が楽しむだけのものだ。

 だから、市が大々的にやっている祭りにみんなで行こうと誘うのとは訳が違う。小学生の頃までなら、誘っても許される規模だが、高校生となった今、わざわざ知り合いを誘って行くようなお祭りではない。

「七月三十一日か。分かった、ありがと!」

 有谷はスマホを取り出して、俺と同じようにスケジュール帳を開いた。わざわざ七月三十一日のところに「お祭り」と入力している。

 もしかして、来るんだろうか。

 夏休みといえば、陽キャの頂点の有谷は引っ張りだこだろうに。しかも、他の市のわりと大きな祭りもやっているその日に、わざわざ規模の小さい、うちの祭りに?

「真博くんは祭りには参加する?」

「……俺は、いつも通り、家の手伝いがあるから」

 父親が神主ということもあり、俺は祭りに向けて色々と忙しい。毎年、有志を集めた巫女さん周りの雑務も俺がすることになっているし、お祭りに乗じて売るお守りや絵馬の管理の手伝いなども俺がする。

 どうしても、人と関わりたくないから俺は裏でせっせと今年も忙しなく動くことになっている。準備やらなんやらとあるので、祭りの前もそれなりに忙しい。

「そっか。じゃあ、祭りは一緒に回れないなぁ」

「……はい?」

 こいつ、俺と一緒に祭りを回るつもりだったのか?

 え? どうして、俺と?

「教えてくれてありがとうな! それじゃ!」

 有谷はにっと笑うと、俺の前から消え、いつものクラスの中心へと戻っていった。周りからすれば、陰キャの俺と陽キャの頂点の有谷が話しているのは異質だっただろう。

 これ以上、教室内で孤立したくないからやめてほしい。

 ため息を吐きつつ、教室の中心でクラスメイトと楽しくしゃべっている有谷を一瞥する。クラスメイト達に囲まれて「なんの話をしてたんだ?」と聞かれた有谷は、笑顔のまま「俺の地元の夏祭りがいつか聞いてたんだ」と俺と彼が同じ地元出身であることを隠そうともせずに周りに話し出す。

 周りのクラスメイト達は、大きな祭りに行きたかったようだが、有谷があまりにも屈託のない笑顔で地元の祭りに行くんだと話しているため「じゃあ、こっちの祭りの様子、写真で撮って送るわ」「隆樹も送れよ~」と有谷の肩を小突いていた。一緒に祭りに行かなくても許されるのは有谷の人徳故だろう。

 あんなに元気そうにしていても、八月八日には死ぬ。

 俺はクラスメイト達から目を背けて席を立った。

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