御伽話はいらない

春色の雪解け。

第1話 蛇髪と盲目

 遠い昔の話。

 とある森の中に一人、メデューサの少女が住んでいた。

 心優しい彼女は自らの力を恐れ、深い深い森の奥で、一人寂しく暮らしている。


 迷い込んだ鳥の前で微笑み、ベールを使って瞳を覆う。

 無機物に囲まれ、本を読む。

 そんな日々を過ごしていた彼女の前に、ある日。

 突然の出会いが訪れた。


「すみません、少しいいでしょうか。」

 澄んだ声。

 軽やかな足音。

 彼女が恐る恐るベール越しに見上げた先にあったのは、目を覆った少年の姿だった。


「え、あの…?」

 逃げないのだろうか。

 焦りながら彼への言葉を探している彼女に、彼はふわりと優しく微笑む。

「驚かせてしまい申し訳ありません。実は訳あって、過ごす場所を探しているのです。」

 彼の纏う悲しげな雰囲気に飲み込まれ、彼女はその手のひらを握った。

 それは暖かい、人肌の温度がした。


 それから彼女は、彼と二人で生活を始めた。

 川で水を汲み、森で食糧を集め、二人で穏やかに過ごす日々。

 彼女は幸せだった。

 けれどある日、二人の生活は脅かされる。 


 ある日のこと。

 人間の気配を感じた少年は、怯えたような姿を見せた。

 気になって問いただした彼女に、彼は悲しげにふわりと笑う。

「実はね…僕、村の人に追い出されたんです。」

 話しながら、彼は目元を覆う布を外していく。

 隠されていたその瞳は、潰れていた。

「えっ…。」

 固まってしまう彼女に、怖がらせてすみません、と彼はまた悲しそうに笑う。

「僕の瞳、村の人と色が違ったんです。それで忌み子だなんだと罵られて、ある日目を潰されました。きっと命を奪われなかっただけマシだと思えばいいのでしょうね。」

 ゆっくりと過去の話をしていた彼の頬に、彼女はその手を伸ばして触れた。

「私…私もね、実はメデューサなの。誰も傷つけたくなくて目を隠して、仲間からは見捨てられてしまった。」

 一緒だね、と微笑んだ彼女のさきで、彼もまた柔らかに微笑んで。

「僕は、あなたに出会えて幸せですね。」

 交わらない瞳を合わせて、二人は幸せそうに笑った。


「御伽話なんていらないから、あなたとずっと一緒にいたい。」


 これは二人の、幸せなお話。

 二人だけの、秘密の話。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

御伽話はいらない 春色の雪解け。 @Haruiro143

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る