第5話 リュシュエンヌの想い③

「目が覚めてしまったわ…」


 カーテンの隙間からやわらかい朝日が差し込んでいた。

 早起きして花壇の手入れをする必要はもうなくなったのに、いつもの時間に目が

覚めてしまいました。


 私はベッドから起き、カーテンを開けて空の様子を見た。

「オスカー様、花壇にいらしているかしら…」


 今日から花壇は取り壊され、パーゴラが建設されます。

 その事をオスカー様にお伝えするか迷った挙句、結局お伝えできなかった。


 リトルティ様との事があり、よけいに躊躇してしまったから。


 それに、もともと約束をして花壇でお会いしていた訳ではない。

 一度手伝ったから、何となく続けてきてしまったのかもしれない。


 どのみちオスカー様と過ごしたのはたったの4日ですもの。


 もし早くいらしても、花壇が取り壊された状況を見ればお判りになるでしょうし。

 いえ、それならば前もってお教えした方が、無駄な早起きをさせなくて済んだのでは!?

 そんな事をいろいろ考えながら、私は部屋の中をうろうろしていた。


「ご不快に思っていらっしゃるかしら…」と独り言ちる私。

 どの道、もう個人的にお会いする事はないものね。


 私はカーテンを閉め、ベッドの中に戻り、もう一度眠る努力をした。



 ◇◇◇◇



 花壇が取り壊された日から暫く経ったけれど、変わった事は登校時間が通常に戻ったというくらい。

 もちろんオスカー様とお会いする事はなくなりました。


『どうしていらっしゃるかしら…』

 ハッと気が付き、軽く首を振る。


【白銀の薔薇貴公子】と思っていた時はそのような事を考えたりもしなかったのに、少しお話ができたくらいで…。


 リトルティ様に言われた言葉が頭を過りよぎます。


 『あなた、勘違いしないでよね! オスカーはいつもひとりぼっちでいるあなたに同情しているだけよっ 少し優しくされたからってうぬぼれない方がいいわっ』


 分かっています。

 けれどぽっかり空いてしまったこの胸の空洞は、どうすれば埋める事ができるのでしょう。


 遠くで聞こえる工事の音を耳にしながら、私はため息をつく事しかできませんでした。



 家に帰ると珍しい事が起きていました。

 お父様がお帰りになっていたのです。半年ぶりかしら…。

 普段は愛妾と異母弟がいる別宅で過ごしていらっしゃる。


「旦那様が執務室でお待ちでございます」と執事から言われて、急いで向かった。


 ドアをノックする前に小さく深呼吸。

 正直、お父様とお会いする時は、初対面の方とお会いするよりも緊張します。


 コンコン


「入りなさい」

 久しぶりに聞いたお父様の声。


「失礼致します」


 部屋に入るとお辞儀をし、お父様の方を見た。

 何だが変な気分です。こんなお顔だったかしら。


「お前の婚約が決まった」


「…っ!」


 久しぶりにあった娘に対して近況を聞くでもなく、いきなり本題から始まった。

 しかもそれが私の婚約!?


 驚いたけれど、私は今年で18になったし、学院の卒業を控えている。そろそろ話が出てもおかしくはなかった。ましてや結婚は親が決める事であり、私に是非もない。


しかしお相手は、私が【鉄仮面の伯爵令嬢】と呼ばれている事をご存じなのでしょうか。


「…承知致しました」


「相手はおまえと同じ学院に通っている、ノルマンディ伯爵のご令息オスカー殿だ」


「……………………今…何と…」


「ん? だからオスカー・ノルマンディ伯爵令…」


「「「!!!!!!何ですって!!!!!!」」」


 私はお父様の言葉に被せるように声を張り上げた。


「…リュ、リュシュ…エンヌ…?」


 お父様の目が見開いています。そうでしょうとも。この18年間お父様との会話は「はい」「いいえ」もしくはお父様に問われた事に対して返答するのみ。今のようにお父様に聞き返したり、ましてやこんなに声を上げた事は生まれて初めて。


 ああ…今はそんな事どうでもいいです。オスカー様が婚約者…私の婚約者…???

 両手で顔を抑え、小刻みに震える私。


「お、おまえ…大丈夫か…?」


 さすがの父も動揺が隠せません。


 震えながら、私がぶつぶつ言葉を発し始めたのを目の当たりにすれば。さらにその間ずっと真顔。我ながら恐ろしい光景だと思います。


「オ…オスカー様が婚約者…婚約者…婚約…私の…私のこん…」


 その後の事は覚えておりません。私…卒倒したようです。



 ◇◇◇◇

 


 気が付くと自分の部屋のベッドの上にいました。

 サイドボードには水差しと手紙が置かれております。


 『近日、ノルマンディ家との顔合わせをする。その時は今日のようなみっともない姿を決して晒すのではない!』


 父からでした。


 私はゆるりと身体を起こし、もう一度お父様の言葉を思い出しました。


 『相手はノルマンディ伯爵のご令息オスカー殿だ』


 本当に…オスカー様が私の…。

 ふと、リトルティ様のお顔が浮かびました。


 ……ではリトルティ様は? 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る