第4話 リュシュエンヌの想い②
「リュシュエンヌ・トルディ様!」
放課後、迎えの馬車に乗ろうとした時にリトルティ・ナルデア様に呼び止められ、驚きました。
リトルティ様は、オスカー様のご友人と言われているダニエル・ナルデア子爵令息のご令妹。よくオスカー様と一緒にいられるところを何度もお見掛けしたことがあります。
ダニエル様とリトルティ様はともに、ハニーブロンドの髪にライトグリーンの瞳を持つ美しいご兄妹。
オスカー様と並ばれても遜色ない輝きを放っております。
そして、リトルティ様はオスカー様の恋人と噂されているお方…。
そんなお方がなぜ私わたくしを…?
「話があるから来て下さる?」
有無も言わせぬその圧力に、私は黙ってついて行くしかありませんでした。
…一応、私の方がひとつ上なのですが…
そしてリトルティ様は、ほとんど人が来ない北側の校舎裏に移動し、振り向きざまに語気を強めて話し始めました。
「あなた、勘違いしないでよね! オスカーはいつもひとりぼっちでいるあなたに同情しているだけよっ 少し優しくされたからってうぬぼれない方がいいわっ オスカーが一番大切に思っているのはこの私なんだから!」
「…」
突然の言葉に何をどう返せば良いか分からず、私は戸惑うばかりでした。
「最近、オスカーが迎えに来てくれなくなったと思ったら、こんなところで土いじりをしていたなんてね」
「あの…私が一人で花壇の手入れをしているのをいつも手伝って下さって…」
「そう! あんたがぼっちだから、助けてあげただけなのよ! それを勘違いしてオスカーに近づこうとしないで! それにオスカーも言ってたわ。ちょっと親切にしたら調子に乗って、馴れ馴れしい女で困っているって! 無表情だから不気味だって!」
“あんた”…リトルティ様、だんだんお言葉が。
それに…
『なれなれしい女』
『表情が不気味』
「嘘です」
「…っ! う、嘘じゃないわよ!」
「オスカー様はそのように他人ひとを傷つけるような事を仰る方ではありません」
私はリトルティ様の目を見て、彼女の言葉を否定しました。
「あ…あんたにオスカーの何が分かるのよ! 私の方が彼と過ごした時間は長いんだから! とにかくもう彼に近づかないで!」
そう仰ると、リトルティ様は走り去ってしまいました。
…堪らず、言い返してしまいました。
まだドキドキしています。
『あんたにオスカーの何が分かるのよ!』
本当にそうです。言い返しはしましたが、オスカー様と過ごした時は一週間にも満たない私が、オスカー様の何を知っていると言うのでしょう。
本当は、ご迷惑に思っていたのかもしれません。
ご不快に思っていたのかもしれません。
一人残された私は、リトルティ様の言葉を思い返していました。
『あなた、勘違いしないでよね! オスカーはいつもひとりぼっちでいるあなたに同情しているだけよ!』
オスカー様はお優しい方です。
一人で作業していた私を、見て見ぬふりができなかったのでしょう。
わかっています。
だから勘違いなんて…しておりません……本当に?
額に汗をし、顔に土をつけながら作業をされるオスカー様
笑う時は大きなお口を開けて笑うオスカー様
時々、私にミミズを投げていたずらをするオスカー様
【白銀の薔薇貴公子】では見せない表情を見せて下さる事に、優越感を抱いた事はなかった?
『オスカーが一番大切に思っているのはこの私なんだから!』
『あんたなんかより私の方が彼と過ごした時間はずっと長いんだから!』
…お二人がカフェで過ごされているお姿を見た事があります。
リトルティ様がオスカー様の腕に、自然に手を回しているお姿を何度も見た事があります。
勘違いなんて…するはずがありません…っ
「っ!」
手に小さな痛みを感じ見てみると、いつの間にか強く握り締めていたようです。
掌にくっきりと爪の跡が付いていました。
「トルディ嬢。まだいて良かったわ」
その時、サジェス
私が花壇の管理許可を得た
「は、はい。何かございましたか?」
掌の爪痕を隠すように、身体の前で手を重ねました。
「実はね、貴方がお世話をして下さっている花壇一帯にパーゴラを作る事になったの」
「え?」
「突然で大変申し訳ないのだけど、工事が明日の朝から始まるのよ」
「で、では…花壇は…」
「本当にごめんなさい。取り壊す事が決定したの。もっと早くにお伝えするべきだったのだけど、工事業者の都合で急に決まって…」
「わ…かりました」
急いで花壇を見に行くと、花壇を含む一帯にはすでに足場が組まれ、白布で囲まれていました。
ここはもうなくなるのですね。オスカー様と過ごした場所は…
オスカー様と過ごした時間が、まるで幻だったかのように消えていくようでした。
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