放課後コンチェルト
ねむり凌
放課後コンチェルト
お昼休みの教室は人がまばらで人口密度は低い。僕はクラスメイトの
僕たちの会話が途切れた頃を見計らってかけられた声を聞くまでは、とても楽しい時間だった。
「なあ、
「ん、なに? 菅野くん」
「今日、放課後って暇だったりする?」
くるりと後ろを振り返ると、そこには席が近いことから何度かグループワークで一緒になった
その返答を聞いて、彼は一瞬驚いたような顔をした後、満面の笑みを浮かべた。
「よかったらカラオケ行かない?」
四月、受験に合格し念願の名門私立への入学を決めた僕は、新しく始まるであろう高校生活に心を踊らせていた。
念願の学ランに身を包み、この学校の生徒である証のバッジを付け、真新しいスクールバッグを手に校門をくぐる。高校の入学式ほど浮かれていた行事は今まで無かっただろう。興奮と緊張からか一般的に退屈に思える入学式も一瞬だった。
僕のクラス、一年B組は悪くないクラスだと思う。
まず、座席が前後の春日野くんと入学初日に仲良くなることが出来た。彼も僕と同じ外部進学で、同じ中学校だった生徒が誰もいないそうだ。
ひとまず一人孤独に学校生活を送ることにはならなそうで一安心した。
担任の鈴木せんせは人によって好き嫌いが分かれるようなタイプだったが、少なくとも僕は好きなタイプなので特に悩む必要は無いだろう。
つまり、僕は順調な出だしで高校一年生をスタートすることができたのだ。
だが、そんな僕の平穏は今崩れ去ろうとしている。
「春日野くんは?」
明らかに分かりやすく動揺してしまっただろうか、それを紛らわすかのように僕は春日野くんの方を見た。状況的にこの誘いを断ることは、せっかく誘ってきてくれた菅野くんに悪印象を与えることになる。しかしある程度話したことのある春日野くんと一緒ならまだ……。
「あー、僕も今朝誘われたんだけど、今日はあいにく放課後用事があって……」
「……そっか」
「それじゃ及川、放課後また」
「うん」
菅野くんは僕の動揺に気づかないまま、仲の良さそうに話をしていた元のグループに戻っていった。放課後遊びに行くのなら、そっちのグループで行けば良いのに、なんでわざわざ僕になんか声をかけたのだろうか。
この時の僕は、彼の行動の真意を知るはずもなく、ただ悶々とするだけだった。
***
放課後、学校からほど近いカラオケ店に僕たち二人で入店し、流れるままにお店の店員さんから指定された番号の部屋に入った。
中学の時に一度だけ来たことのあるカラオケ部屋は、今も変わらず窮屈で閉鎖的だ。
とりあえず、と二人してドリンクバーで飲み物を取る。部屋に戻るとすぐ何か曲を入れるのかと思いきや、意外にもしばらくの間沈黙が続いた。
僕がそれを不思議に思っていると、菅野くんの方から衝撃的な言葉が発された。
「オレ、初めてなんだよねカラオケ」
「えっ、そうなの? てっきり何度も行ってるのかと思ってた」
「そう見える?」
「うん」
勝手に判断していた僕も悪いが、内部進学で元サッカー部の菅野くんこそカラオケに行ってるべき存在だというのに、まさかだった。てっきり『君が代』でも入れてウケを取りに行くタイプだと思っていたのに。
そしてそれと同時に僕もピンチに陥った。これは僕が先に歌うのが流儀なのでは、という問題だ。
「あー、それじゃ僕が先に曲入れるから見てて」
「ありがとう。助かるよ」
一応のカラオケの先輩として僕はけじめをつける。やっぱり断れば良かっただろうか、なんて考える前に当たって砕けることを決めた。
入れる曲はせっかくなので僕の十八番。みな一度は聞いたことのある曲だから、気まずい雰囲気にはならないだろう。
そんな僕の様子をまじまじと、しかし悪い視線ではなく見つめる菅野くんは素直で、僕の中で彼の株が少し上がった。
カラオケ用音源の伴奏が流れ始める。メロディに身を任せ、僕はマイクを手に十八番を歌い始めた。
「……こんな感じ、だけど分かった?」
「えっ、あ、うん」
プツ、プツと歯切れ悪く話をする菅野くんに、僕は中学の頃を思い出し顔をしかめる。しかし、次の瞬間立ち上がった菅野くんが僕の手を掴んで意気揚々と話し始めると僕は何が起きたか頭が真っ白になってしまった。
「及川、歌上手すぎるでしょ!オレ、武道館にいる気分だったよ!」
「へっ?」
「いやー、オレの身近に歌ウマな人いないからさ、こんなに上手い人初めて見て興奮しちゃった。驚かせてごめん」
菅野くんは、まるでオタクが好きなことに関して話す時のように僕を絶賛した。その言葉を上手く受け取れずにいたが、その言葉に悪意が無いことは十分に伝わってきた。
「あ、いや大丈夫。でも……、変じゃなかった?」
「変? なにが? 歌がうまいことか?」
「僕の声、ちょっと癖あるし、それと歌うとキャラが変わるって言うか……」
中学の時に一度来たカラオケでは、僕の歌い方にあまりいい顔をされなかった。合唱部に入ってたことから、音程のズレはないはずなので、音痴を嫌われたわけでは無い。問題は歌い方だった。歌を歌うと人格が変わったように見えるその様が恐ろしかったのだと思う。それが原因で仲の良かった子とは疎遠になってしまった経験は僕にとって辛いものだった。その時から僕は自分の歌をコンプレックスに思っていた。
「かっこいいじゃん。オレはそういう風に歌いたいよ」
だから菅野くんのその言葉に、僕は救われた。
かっこいいと言ってくれた、それだけで心の中の淀みが取れてすっきりするのが分かった。
「ほんと?」
思わず声が裏返る。それでも変わらず「ほんとだよ」と言った菅野くんが一気に好きになる。
「それじゃあ、一番バッターをホームランで決めてくれた及川に続き、オレもホームラン目指しますか!」
タッチパネルを操作し、曲を入れた菅野くんはマイクをオンにして拡声された声で宣言した。その言葉に僕は思わずツッコミを入れてしまう。
「いや、そこはサッカーで例えないのかよ」
「サッカーももちろんだけど、野球は見る専なんだ」
「なんだよそれ」
やっぱり菅野くんが想像通り根っからのスポーツ少年で、そしてひょうきんでちょっと意味が分からなくて、それでして良い奴。その事実に少し前まで彼のことを、きっと張り詰めたような顔で見てしまっていた僕がおかしくておかしくて仕方がなかった。
ふふっと笑った僕に追い打ちをかけるよう、菅野くんは眉を下げて話した。
「笑うのは、オレが歌い終わってからにしてくれよな? 及川なら茶化さないでくれるだろうって思ったから誘ってるんだから」
放課後コンチェルト ねむり凌 @0nemu_kkym
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ネクスト掲載小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます