【惨夜】『真円貌の怪』其ノ壹


〜風来坊・軛駝梅苑くびきだばいえんの語り〜



     一


「或る日の夕間暮れのこと」——とは限らねェのが、言ってみれば昨今の風潮とでも申しやしょうか。

 ぬらり翁のお言葉に当てつける気はねェのでごぜェやすが、とかく今時代の怪異、妖怪変化、幽霊なんてェのは「時も場所も選ばない」なんてな傾向が多いようにあっしなんかには思えるんでやす。

 ともあれ時代は変わり「時間にも場所にも縛られなくなった」やっこさん達ではありやすが、一つ平安の大昔から変わらずなものがございやすな。

 それは一言で申せば“女怪にょかい”。つまるところは「女人にょにん化生けしょう」てなもんで。

 化生と申しやしても「白粉に紅のアレ」とはもちろん違いやす。「人を化かす」って意味じゃ全くおんなしもんでありやすが、こういった言葉が過ぎると女の方には怒られちまいやすのでこれくらいにしておきやして。

 ぬらり翁の「池の怪」の御噺。若いお嬢さんの「沼の怪」の御噺。偶然ではありやしょうが「二題続けて“女怪”の御噺」になったのは何もそう珍しいこととは思いやせん。

 なにせ『日本の四大怪談』として挙げられる機会の多い『四谷怪談』、『皿屋敷』、『牡丹灯籠』に『累ヶ淵』。この四題全てが「恐ろしい女の祟り噺」。つまりは“女怪”なんでごぜェやす。

 それだけ女怪には人を惹きつけ、同時に「おそれさせる」何かがあるんでしょうな。

 そこでお集まり頂いた皆様には大変申し訳ございやせんが、あっしがこれからお話しするのも、はたまた偶然にも“女怪”のことなんでございやす。

 三題続けての“女怪噺”。「芸がないねェ!またかい」と御思いになりやしょうが、どうかそれでも聞いておくんなせェ。


 それにしても女怪。女怪ってのは一体何なのでございやしょう?

 ぬらり翁もお好きであろう『岡本綺堂』大先生——あっしもこうして文庫を肌身離さず持ち歩くほど愛好してございやすが、綺堂先生も大層“女怪”がお好きのようで何作もお書きになっておりやす。

 参考までになるだけ中身に触れず例を挙げやすと、『青蛙堂鬼談』所収の『一本足の女』と申す題名からしてまぁ恐ろしい話がございやすな。

『青蛙堂』の続篇となる『近代異妖篇』からは『水鬼』に『停車場の少女』これも大変恐ろしゅうございやす。

 更に『異妖新篇』所収の『白髪鬼』。これは個人的にゃあ綺堂先生“随一”の怪異譚であると考えておりやす。なにしろ「因果関係のはっきりしねェ祟り」ほど怖ェもんも中々ありやせん。

 また『探偵夜話』からは『山の秘密』なんて推理譚寄りの傑作もございやす。題名通りに「“秘密”の御噺ではあるものの、肝心の中身がはっきりとは明示されない」作品でありやして。

 推理譚好きならモヤモヤしちまうような御噺じゃありやすが、あっしには「そういう向き」の作品のが魅力的に思えるのはどうしたことでやしょうな?


 綺堂先生の他にも女怪譚の“達人”と言やァ『田中貢太郎』先生を措いて他に居ないでやしょう。今の時代には忘れられがちな隠れた名作家でありやすが、あっしら「怪談愛好者」が一目も二目も置くそりゃあ素晴らしい先生なんでございやす。

 独特のぬめり気ある文体をお持ちでやして、純文学で言う内田百閒先生や安部公房先生を彷彿とさせる“夢幻的”な作風と申しやしょうか。ともかく貢太郎先生の描く“女”には妙な色気と妖しさが満載でございやす。

 あっし好みの作品で言うと『水郷異聞』に『水魔』。『牡蠣船』辺りの「水辺と女怪」といったテーマは、両者の相性が格別でございやすな。

『赤い花』、『草藪の中』、『雑木林の中』辺りの作品は「怪しい屋敷と妖しい女」のテーマと申しやしょうか。似たような構成の作品群ではございやすが、その繰り返しの主題で少しづつ味わいの違う作品になっておりますから、あっしにゃ言うことありやせん。

 そこに有名作たる『蟇の血』を入れたらどうかと好事家の方なら仰るかもしれやせんが、あっしはあまり「怪異の正体が知れるモノ」は好きではねェので。

 無論のこと『蟇の血』自体は貢太郎先生の代表作と申して良い作品ではございやす。ただそれより素晴らしい作品が他にも仰山ごぜェます、と言いてェので。

 いや失礼、脱線なんざしておりやせんよ。これがあっしのスタイルで。まずは枕噺から始めやせんと噺の“背景”てのがどうにも掴みにくいように思いやしてね。

 貢太郎先生のお話を続けやすとやはり『妖影』あるいは『花の咲く比』が白眉となりやしょうか。どちらにも「得体の知れねェ、けれど美しい女」が出て来やす。

 やはり“女怪”てなァ「時に空恐ろしく、時に美しく在る」てのが魅力なんでありやしょうか?

 まあ実際そんなお気楽なことを考えていられたのもあっしが「本物の“女怪”に行き遭う前迄」のことでございやしたが。


     二


 さてどこからお話ししたら良いものやら。あっしがその噂を初めて聞いたのは同好の士、「猟奇と猟怪を兼ねる因果な商売」と申しましょうか。学生の頃の先輩に今や時代外れと言っても宜しいオカルト誌の編集者がいましてね。

 山岡哲太郎てな御仁ですが、その「哲先輩」から妙な依頼を受けたわけで。


 ところは新宿場末のしけた安酒屋でございやす。

「梅ちゃんよぉ。最近どうよ?景気の方」と件の哲先輩が口火を切りやして。

「いやまァなんとも表現し辛いですな。そも景気良かったなんてためしがあっしにはねェもんで」

「そいでもよぉ、たまに書いてくれるあんたの記事は評判良かったりするのよ。別に下手な世辞じゃねェよ。こちとらだって筋の入った『猟奇もん』なんだ。ちゃんと『実のあるもんと実のないもん』の区別くらい付く」

「そらおたくの雑誌で評判が良かろうが悪かろうが、ゼニになるならそれほど良いこともありませんわね」

「こんなこと言ったらあんたには笑われちまうだろうがさ。『ちゃんと書けるやつって』のは極々少数派なわけ。特に私らみたいな『隙間産業』業界じゃあな。けど隙間といってもその隙間を埋める連中がいなければ困る人だって大勢出てくるわけだ」

「ほう、するってェと哲先輩はあっしのことを『隙間埋めの名人』程度には評価して下さると?」

「そらそうだぜ?言っちゃなんだがね、この業界先細りは先細りだが、その先端が『ゼロになる』ってこともないわけ。だって考えてみいよ。あんたにゃ釈迦に説法だが、恐怖ってもんはそれこそ人間の“本能”に根差してるわけだ。三大欲なんて言われる『食う寝るつがう』だがね、おいおいそこにゃあ『おそれる』だって加えなきゃならんだろと、いつも私は思ってんだ。人間はさ、何かを『おそれたい』って欲を持った生き物だからね」

「そらま、御尤もで。“おそれ”を刺激的な娯楽として扱ってるんじゃねェのか?と指摘されりゃ『その通りでごぜェやす』としか、あっしらには返す言葉がねェでやしょうな」

「そうよ。ギャンブルでカネをる馬鹿の気持ちはよくわからんけどさ。それがまぁギリギリの“恐怖感”を追い求めてるってのなら、私らも近いベクトルに居んのかなぁなんて」

「いや、いちいち御尤もで。けどもまぁ先輩が『ちょっくら飯くらい奢る』なんてあっしを呼び出しといて、語りたいのはそんな学生みてェな『哲学談義』とは違うんでやしょ?」

「酷ェなぁ、哲学ってな良いもんだぞ。かの妖怪博士『井上円了』先生がおらなんだら、私らの業界だって存在しなかったかも知れん」

「いやそこは『柳田國男』大先生さえいらっしゃれば存在したでしょうよ。まぁあっしは先輩の枕噺を気に入っておりやすからそれはそれとして——そろそろ本題の方に入ってくだせェ」


「え〜、梅ちゃんとサシで飲むなんて久々なんだから、もっと先輩の無駄話に付き合って頂戴よ」

「そら『あがた真女児まなご』みてェな美女の睦言むつごとならいくらでも聞けやすがね。あっしの目の前に居るのは『多襄丸たじょうまる』のようにむさいオジキときておりやすからな」

「三船な。世界のミフネならむさ苦しくても気分良いわ。流石梅ちゃん、舌先三寸で世を渡る男だ」

「褒めてねェでやしょう。いやね、あっしは先輩と漫談するためにわざわざ新宿くんだりまで来たわけじゃあねェんで」

「なに新宿苦手?似合うのに。まぁ単刀直入に言うとだ、坂もっちゃんが珍しく原稿落としてね」

「坂もっちゃんてのは誰でやしょうね?」

「知らない?うちらの業界じゃ希少な生真面目一本で知られる坂もっちゃんだよ。ほら、新人賞か何か取った」

「もしかして純文学崩れの坂本辰真さかもとたつま氏のことでありやすかね?あの方ァおたくの雑誌に投稿してらしたんで?」

「トゲのある表現だなァ。私らの大学の出世頭よ?まぁほら、今時『純文一本筋』って言っても中々食わせて貰えないじゃない?だから彼の変わり身の早さは先見の明と言うかだな——」

「純文からオカルトへの変わり身と言いやすと『墓穴からの墓穴への移動』としかあっしには思えませんが。それと彼は先ほど先輩が仰った『実のあるもん』が書けるお人なんで?」

「そうだなぁ、これもお世辞じゃないけど梅ちゃんほどの『猟奇&猟怪愛』は確かに感じないよね。けどね、それはそれとしてやっぱ『基礎文章力』って言うのかな?やっぱこいつ色々読んでんなァとか、逆に何も読んでねェなぁみたいのはわかるじゃない?純文やってた人ってやっぱその基礎力があるからね。オカルト愛に関してはさ、そりゃ私ら先輩がバシバシ鍛えていきゃ良い問題で」

「とまぁその純文上がりでオカルトライターの、生真面目な彼が原稿を落としちまったと」

「ただの原稿じゃないんだよ。ちょっとしたガチンコの都市伝説リポートでね」

「都市伝説ってなぁ『本所七不思議』みてェなんもんですかね?」

「もうちょっと後の時代で『トイレの花子』とか『口裂け女』みたいなもんかなァ?」

「けどもう『口裂け女』だって古典でやしょう?あっしの子供の頃にゃ既に幽霊妖怪の類でなく、『実在する変質者』みてェな扱いでしたよ」

「その辺はもうね。ちょっと強引なんだけどジャパネスクな古典怪談も、ニッチな都市伝説も、グレイゾーンな宇宙人目撃情報さえ『ホラーかオカルト』の一言で括れちゃうからさ」


「もうちょい具体的に情報貰えますかね?あっしが坂本氏の穴埋めに使われるってのは何となくわかりやすが」

「うん、だからさ。今言った『口裂け女』に近いっちゃ近いのよ。梅ちゃん言う処の『実在してるっぽい何者か』なのかな」

「よくわからないんでやすが、その『口裂け女に近い存在』に坂本氏が取材していて消息を絶った、みたいなもんでやすか?」

「鋭いなァ!流石梅ちゃん。私が皆まで言う必要ないじゃん。まぁ行方不明とかにはなってないんだけどさ。ちょっと『怯えちゃってて』ね」

「もしかして哲先輩。あっしが『引き受ける』と応答しない限り『情報を出し渋る』てことじゃねェでしょうね。そんなら流石のあっしも気分悪いですぜ」

「梅ちゃんに対して情報出し渋るなんてあるわけないじゃん。けどさ、私もどう説明付けたら良いかってのが解んないのよ。なんだろこれ?って感じで」

「いや、そこをなんとかお願いしやすよ。哲先輩の豊富な語彙力で説明できないなんてあり得ないでやしょ?」

「つってもなァ。ともかく『変な女』らしいんだ。幽霊じゃなくて肉体はあるっぽい。んでそいつがやらかすことがさァ、なんてんだろうなァ。『地味だけどちょっとおぞましい』って感じなんだ。予言なのかな?それとも預言者か?『予言も預言も英語じゃ一緒』らしいけどさァ」

「占い師ってことでやすか?」

辻占つじうらってやつに近いかな?いやほら昔『伊藤潤二』先生が漫画に描いてたさ。街角でゲリラ的に占っちゃう?みたいな。ちょっと間違ってるかも知れないが方向性は似てんだよ」

「でその辻占みてェのの的中率がスゲェてなわけですか?」

「いや、逆だな。その女が関わると実現しないらしい。『実現しない催事広告』なんだな、アレは」


     三


「実現しない催事広告ってのは何でありやすかね?」

「そのままよ。例えばほら『小学校の運動会が×月×日あります』とか『古本市が日曜にあります』とかその類だな」

「それにどう例の“女”が係わってくるんで?」

「そのさ、掲示されてる元の正式な広告の上から『コピーした白黒の紙』が貼られるらしいんだ。内容はかっきり正式なやつと同じね。但しさ、文面というか『一文が書き加えられてる』らしいんだよ」

「それは、アレですかい?『この催しは中止になります』みたいな“愉快犯”的な内容で?」

「いや、少し違う。『みなさまのごさんかをふるっておまちしております』って一文が全部平仮名で書き加えられるんだ、コピー用紙の方に」

「一見極めて穏当な文面でやすが」

「あ、言い忘れた。平仮名なんだけど『さんか』のとこだけ漢字で『惨めなわざわいって書く“惨禍”』になってて、とてもじゃねェけど不吉だなって」


「——『みなさまのご惨禍さんかをふるっておまちしております』——でありやすか」


「そう。で、その不吉な文面のコピー用紙が貼られたこれから行う予定のイベントは今んとこ『100%中止』になってるらしい。当日なんらかの不幸なアクシデントが起きてね」

「で、その不吉なコピー広告を『例の“女”が貼っている』という目撃情報があるんで?」

「うん、まあそっからが問題でね。坂もっちゃんも見ちゃったらしいんだな、例の“女”を」

「その女は『純文上がりが筆を折るほど』におそろしい御婦人なんでありやすかね?」

「うん、なんでもね『顔見ちゃうともうダメ』らしいね」

「田宮のお岩さんみてェなもんですかね」

「そうねェ、でもそこまでジャパネスクな存在でもないらしい。聞いた話から想像するに私なんかは『ルネ・マグリットの絵画』を連想したけどね」

「マグリットつうと、シュールレアリスムのアレでありやすか?」

「だって“真円形しんえんけい”なんだってさ、顔が。歪みのない“円形”ってことね。想像できる?目とか鼻とか口とか付いてんの?て坂もっちゃんに訊いたら『想像したくないです』だってさ。ほら私が説明し辛そうにしてる理由、解ったっしょ?目撃者は存在しても目撃情報を“秘匿”せざるを得ない、なんらかの理由があるのよ」

「いや、あっしも先輩に聞いた話からしか把握できないでやすが、それってな随分『危険なヤマ』なんじゃありやせんか?」

「そうよ。だから梅ちゃん“指名”なんじゃん。そこらの適当な根性据わってない奴には任せられない案件なわけ」


「先輩は具体的にどうしたいんでやすかね?その『真円貌しんえんがおの女』と『実現しない催事広告』を」

「そりゃもうスクープでしょ。スクープショットが欲しいじゃない、零細マイナーなオカルト誌としちゃあさ」

「あっしは文芸系は得意ってほどじゃありやせんが、まあやれと言われりゃ遣りやすが。写真の方は・・・」

「いやカメラマンくらい付けるよ、そりゃあ。坂もっちゃんはカメラも自分でやりたいなんていうから一人で任せてたけど、そこは餅は餅屋っしょ。高橋君ていう若手の良い子がいるから、その子と一緒に取材して来てよ」

「ギャラはその・・・」

「出来高じゃダメ?まぁ梅ちゃんのクオリティは保証済みだから問題ないし。あと危険手当?くらいちゃんと出すよ。そこはほらおんなし大学の先輩後輩のよしみってやつね」

「なんか巧く言いくるめられた気がしやすが、先輩のお頼みとあらば一肌脱いでやりやすかね」

「おう、頼むよ頼むよ。高橋君の連絡先教えとくからさ、早速明日にでも行ってみてよ」

「ハアッ?いや、もう明日直ぐにでありやすか?」

「だって北関東だもん。全然遠くないよ。ほら地図も書いといたからさ。群馬の鷹尖市たかさきしね、よろしく」

 

 こうしてあっしは先輩に乗せられて、らしくもねェ「極めて胡散臭い案件」に手を出しちまったわけでやす。


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