七海うらら1stワンマンレポ小説

橋場はじめ

七海うらら1stワンマン

 車を走らせる事数時間。


「着いた……」


 途中休憩したり渋滞に巻き込まれるなどして予定していた時間よりも遅くなってしまったが、無事に着く事ができた。


「東京はやっぱ人が多いな」


 街を歩く人々も走る車の数も住んでいるところと大違い。

 これまで東京を走ったことが無いわけではないが、慣れない道・普段より多い車や歩行者などは思っている以上に精神を疲弊させる。

 ただ車内で今日の目的であるライブの主役七海うららの曲を聴いていたこともありモチベーションは高い。


「物販は……もう無理か」


 会場に向かいながら腕時計をチラリと見ればもう物販の時間は終わっていて入場時間の数分前。


「売り切れとか怖いから最初に買っておきたかったけど、しょうがないか」


 ライブ中に応援するときのためのペンライトや欲しいグッズもあったが帰りに買う他ない。


「手荷物にならなくて応援に集中できる……って考えておこ」


 数分歩いて駐車場からライブ会場へ。


「めっちゃ人いる!?」


 チケットが先行で完売したらしいので考えてみれば当然なのだが、普段人混みが苦手で人が沢山集まる場には行かないため新鮮であり圧巻だった。


「全員がうらんちゅ、なんだよな」


 女性Vtuberのライブということもあり男しかいないと思っていたが、予想外に女性の姿もそこそこ見受けられた。

 適当な場所に行きスタッフに自分の番号が呼ばれるのを待つ。

 チケットの番号はA席の百数十番。この会場の最大キャパシティが六百人らしく、今回来ている客数は分からないものの決して悪い数字ではないはず……だと思いたい。

 数分待ち、番号が呼ばれ待機列へ。

 待機列で並んでさらに数分待ちスタッフに誘導されて室内へ。

 ライブ会場は空調が整えられていて涼しくあり、外は十八時過ぎとはいえ蒸し暑かったためありがたかった。

 ドリンクカウンターで飲み物を受け取り客席に並ぶ。

 だいぶステージに近く思っていたよりも良い位置。S席を外しあんまりよく見えないかも、と心配していたが杞憂だったようだ。

 ライブ開始時間までまだそこそこ時間があるが既に胸の高鳴りは抑えきれず始まるのが待ち遠しい。

 時間が経つにつれ会場内にどんどん人が増えていき、次第に二階席にも人が入り始めたのが見えた。

 人混みの中に身を置くのが苦手だが不思議とこの空間は割と居心地がいい。

 年齢も性別も幅があるうらんちゅたち。

 恐らく男性ファンが多くなりがちな女性Vtuberとしては珍しい方だろう。それだけ七海うららの歌唱力や人柄が魅力的だという証拠だ。

 ちびちびと喉を潤しながら始まるのを今か今かと待ち続け、そして。

 照明が落ち暗転。流されていた場内BGMも気付けばいつの間にか止まっていた。

 いよいよ始まるのだ。そう察したうらんちゅたちが次々と口をつぐんでいき静寂が訪れる。

 数秒後スタッフからスタートのコールがされバンドメンバーが登場し、最後に大きなリボンを背中につけた可愛らしい衣装に身を包んだ女性が現れセンターに後ろ向きに陣取った。

 やがて演奏が始まり歌い出しの直前彼女が振り返った。

 瞬間的に髪留めやピアスが可愛いとか、衣装が似合ってるとか、色々と思うことはあったが一番大きな感想は



 七海うららだ――



 だった。

 当然といえば当然なのだが、本当に彼女がそこにいた。

 まるで3Dの七海うららがそのまま現実に抜け出してきたかのような違和感の無さ。

 そんな驚きも次の驚きですぐに上書きされる。

 彼女の武器でもあるその歌唱力。それが腹に響くようなバンドの演奏の中でも遺憾無く発揮されたからだ。

 緊張もあるだろう。それにもかかわらず普段と変わらない、いや生歌ということもありyoutubeで聴く歌声よりもさらに迫力を感じる。

 ここに七海うららが居るんだと、これこそが七海うららの真骨頂なんだと、みんな私を見てと言わんばかりの歌と踊りでうらちゅたちを魅惑しその視線と心を掴んで離さない。

 彼女が紡ぐ一つ一つの音色がギターやベースなどと絡み合い一つの曲をつくり上げていく。

 そうして作り上げた七海ワールドとでも言うべきか、その熱気にあてられうらんちゅたちも合いの手を入れ手を振り全身を使ってこのライブを堪能する。

 時間がたつごとに曲が変わるごとにそして終演に向かうたびにどんどん七海うららの良さに直に触れ魅了されより好きになっていく。

 Luv Rendezvousから始まり赤い風船へと続き、あいまいみーらいふやDesire Designerなどどんどん人気曲を歌う。

 途中で見慣れた3Dの姿で歌ったり、生身と3Dの姿でコラボしたりとパラレルシンガーの本領を発揮していく。

 最初は涼しいと感じた室内も七海うららとうらんちゅが作り出した熱気によって今では熱いぐらいだ。


「それでは早いもので次の曲で最後になります」

「「「えーーー」」」


 七海うららの発言にうらんちゅたちの残念な声が響く。

 まだついさっき始まったばかりのつもりだったが、楽しい時間というのはあっという間に過ぎ去ってしまうもの。


「それでは聴いて下さい、Seventh Heaven!」


 三カ月連続リリース最後の曲で、つい先日公開されたばかりの新曲。

 数えてみればこの曲で七海うららが今日歌うのは十二曲目。それだけ全力で歌い踊っていれば当然体力的にもきつくなってくるはずだ。

 それなのに。

 Seventh Heavenを歌い始めた彼女の歌声は衰えるどころかさらに輝きを増す。

 彼女が歌詞を紡いでいくたび自然と心臓が揺さぶられ鼓動が激しくなっていく。

 この歌が終わればもうこのライブは終わり。それでも今この瞬間に寂しいと思わないのは彼女の歌声ゆえだ。

 力強くて熱く、それでいて綺麗でメロディアスな聴いた人を虜にする歌声。

 それが脳から余分なことを考える機能を奪い去り、心臓を熱くたぎらせてくる。

 ――だがそれも曲の終わる数分間だけだ。

 最後まできっちり歌い終わると、やってくるのは夢の覚める時間。

 歌い終わった七海うららによる〆のトークが進んでいく。

 終わらないで欲しい。それはこの場にいるうらんちゅたち共通の願い。だがそれが叶わないことも分かっている。

 それでもトークの邪魔にならないよう合間合間にうらんちゅたちから「終わらないで」「もっと聴きたい」という声が色んな所からあがる。

 なにもその願いはうらんちゅたちだけのものではない。七海うららもまたまだ歌っていたい、終わりたくないと思っていることが表情から伝わってくる。

 ただそれでも守らなければならないものはある。

 トークが終わりバンドメンバーの紹介も終わりゆっくりと退場していく。

 彼女も、七海うららも当然例外はなく名残惜しそうにしながらも舞台を後にした。

 しばしの静寂。


「アンコール!」


 どこからともなくそんな声が響き、同調するように他の場所からもその単語が聞こえ始める。

 それはうらんちゅたちの心からの声だ。数秒もすれば会場全体からその声が響き渡る。


「「「アンコール!! アンコール!! アンコール!!」」」


 気が付けば自分もいつの間にかその輪に加わって叫び始めた。偏にもっと七海うららの歌を聴きたいという想いからだ。

 どれだけそのコールが続いただろう。

 何十回、下手をすれば百回近く叫び続けたその時だった。

 バンドメンバーたちが戻ってきて定位置につく。

 そして少し遅れる形で主役である七海うららがやってきた。しかも衣装が代わりこれまでのアイドルがきているような衣装から私服のようなものに。

 先ほどまでの衣装も今の服装もどちらも似合っているが、新しい衣装にはまた違った良さがあった。

 すっかりアンコールの声は消え失せ、大きな歓声があがる。


「私は今から歌うのはナナイロと七海うららとして初めて歌ったオリジナル曲のあたしワールドです」


 アンコールで歌う二曲はこういう曲なんだよ、と軽く説明する。


「この二曲で本当の本当にこのライブは終わりになります。みなさん、遠いところからわざわざきて下さったり時間をつくって参加して下さりありがとうございました! …………それでは聴いて下さい、ナナイロ」


 彼女は優しく歌いだす。

 先ほどまで歌っていたTrigger、Seventh Heavenのような力強く勢いのある曲とは少し毛色が違う。

 Trigger、Seventh Heavenが手を引っ張って先へ引き連れて行ってくれるような曲だとすれば、ナナイロは後ろから背中を押してくれるような曲。

 綺麗な高音が耳に届き、歌詞が聞こえるたびにまるで晴天の青空の下にいるかのような錯覚に陥り気が付けば涙が頬を伝っていた。

 やがてナナイロも歌い終わり、次が正真正銘嘘偽りのないラストソングあたしワールド。


「…………あたしワールド」


 ナナイロを歌い終わり少し間を開けタイトルを言い、それから曲が始まる。

 Trigger、Seventh Heavenは手を引いてくれる曲。ナナイロは背中を押してくれる曲。そして、あたしワールドは自分の脚で歩いて行けるように励ましてくれる曲。

 脳腫瘍を患い、乳がんにもなった彼女。どちらとも命を脅かすものであり、ともすればどちらか片方だけでも絶望し人生を呪うことになるかもしれない病気。

 治療のためとはいえ手術で身体の一部を失うという大半の人はまず経験することのないことを経験してきた七海うらら。

 その事を彼女は隠しはしないが、だからと言ってそれが全てとも限らない。闘病生活時代には恐らく決して人には言えない、言いたくないこともあったはずだ。

 それでも、彼女は今こうやって数百人を魅了し力強く歌っている。

 大病にもへこたれず立ち上がって自分の脚で夢に向かって歩いており、そして次は自分が誰かの力になりたいとマイクを手に取りその声をうらんちゅへ、そしてまだ七海うららを知らない人へ届けるようにと喉の奥から声を絞り出す。

 彼女の良さは歌唱力や多彩な歌声が目立つが決してそれだけではない。過酷な経験をしてきたからこその力強く想いのこもった歌声、それが七海うららの核となる魅力なのだとこのライブで強く感じる。

 そしてあたしワールドが終わるころには涙が止まらなくなっていた。

 その後は告知、最後の挨拶、記念撮影と進み七海うらら1stワンマンライブは無事に終わりを告げた。

 帰り際に物販でグッズを買い愛車のもとへと歩く。

 先ほどまで近くにいたうらんちゅたちはもうどこにもいないし、楽しかった時間も過ぎ去ってしまった。しかし心は熱いまま。

 体感で三秒、実際の時間では一時間半。それはこれまでの人生で体感してきた時間に比べれば本当に僅かな時間。

 しかしその僅かな時間でこれまでの人生では得られなかった大きな物を貰った気がする。

 恐らくそれは自分だけではなく他のうらんちゅたちもだろう。

 それはどれだけ辛いことがあっても決してめげない気持ちだったり、絶望から立ち上がる強さだったり、夢に向かって歩き続ける脚であったり、夢そのものであったりと人それぞれだろう。


「…………ありがと、うららーん。今日このライブにこれて、去年偶然だったけどうららーんを知れて、本当に良かった」

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七海うらら1stワンマンレポ小説 橋場はじめ @deirdre

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