Sid.71 法学部を目指そう
鴻池さんがトイレに行っている隙に、陽奈子さんから今後どうするのか、と問われた。
「どうするって言われても」
「お嬢様ですよ。傍から見ていても気持ちが強過ぎるくらいで」
分かってはいるんだが、ネックはあの家族。鴻池さん本人はなんか知らんが、尽くしてくるし気持ちも痛いほど伝わってくる。でも、あの家族はどうにもいけ好かないし、見てるだけで腹立つし、何を言われても反発したくなるだけで。態度や言葉の節々から嫌味を感じるんだよな。見下されてるのは確実でバカにされてる。いつでも簡単に排除できる程度の存在だから、今は傍に居ても文句を言わないだけだ。
俺の思い過ごしかもしれんけど。
陽奈子さんは合格までのお付き合い。恋人の関係には至らないことから、目の前に居る人をどうするか決めた方がいいと。凡そ二か月間、宙ぶらりんで好きにもなれない。であるならば、明確に伝える必要があるのではと。
今は気持ちを弄んでいる状態だから、彼女に対してあまりにも不誠実では、と。
「それとも他に気になる方でも居るのですか?」
「いや、えっとですね」
気になると言うより身の丈に合った、と言った方が正しいだろう。
「好きだと言ってくる人は居ます」
じゃあ決めましょう、だって。
「どちらを選ぶも佑真君の自由です」
個人的には鴻池さんでもいい、と思うらしい。むしろ利用価値が高く、将来のことまで考えればせっかくの縁を活かすべしと。
「仮の話ですが、法曹界に入り当面は検察官をやるにしても、引退後に顧問弁護士や企業法務など居場所を確保できます」
それも鴻池さんと縁があればこそ。大企業の顧問弁護士なんて、早々就任できるものでは無い。検察で実績を積んでいれば、それも可能になるだろうと。
企業に雇用される程度の存在だが、企業の裏も表も知る立場になることも。
「それって海に沈められたり」
「無い、とは言いませんが、日本ではリスクが高過ぎますね」
安っぽい刑事ドラマじゃあるまいし、そんなことは反社でもない限り、早々あり得ないだろうと。
早々あり得ないであって、皆無ではないのか。
やっぱ裏を知って抜けます、なんて言ったら海の底で魚の餌になるな。
関わっちゃいけない奴だ。
鴻池さんが用足しから戻ってきて「なに話してたの?」と。
「進路の確認」
「法学部に進むの?」
「経営は無理だし経済も音痴だし」
「あたしもそうしようかな」
こいつ、大学でも一緒になるつもりか?
ただ、学校のコースが文系特進と国立文系特進。俺も鴻池さんも文科一類ではない。文科二類だから本来であればコース変更が望ましい。
法学だって無茶もいいところだが、文学部とか出てもなあ。教育学部にしても教員なんて絶対やりたく無いし。俺みたいな生徒を相手にしたら、面倒臭いだろうしなあ。
ああ、でも。
「中途でコース変更できないんだよな」
各々のコースで取得している科目や履修内容が異なる。中途だと過不足が生じるから、変更はできないんだよな。
つまり文科二類コースのまま一類を受験することになる。
「そこはお任せください」
陽奈子さんが責任を持って指導すると、巨大な胸を張って、いや、揺すって言っている。まじで、ぼよんって跳ねてるし。
思わず見入っていると鴻池さんが「やっぱり好きなんだ」とか言って、すねてるよ。自分の胸元に視線をやり手を当て「もう育たないのかなあ」とか言ってるし。
「充分だと思いますよ」
「でも佑真君、すぐ先生に見惚れる。あたしのことは見てくれないのに」
いや、階段上がる際にスカートの中を拝見した。思わず階段から転げ落ちそうになるくらい、魅力的だったし触りたかったし。
しっかり欲情したぞ。胸だけじゃないからな。とは言わないけど。
お戯れはこのくらいにして「勉強しますよ」と引き締められ、当初の目的通り勉強をすることに。
陽奈子さんは法学部合格のために、改めてカリキュラムを組み直すそうだ。学校の授業では不足することが多く、今のままでは合格は不可能だからだと。
「お嬢様も法学部を?」
「佑真君と一緒に」
「経営学部の方がいいと思うけどな」
「それだと佑真君と離れ離れ」
父親の会社に入るなら経営学だろ。法学部に入っても経営も経済も学べないぞ。
でもあれか、姉が居るから任せてしまえばいいのか。
本気で鴻池さんが、あの家から独立し人生を歩む気なら、俺も本気で迎え入れてもいいのかもしれない。とにかくあの家と繋がりを持つのは嫌だ。永久に他人であって欲しい。関わりたくも無いし。腹立つだけだし。
やっぱ、あの家だな。
考えるだけで嫌いになれる。考えれば考える程、虫唾が走り出すからな。あの家族と仲良くなんて未来永劫あり得ない。
今は世話になってるから迂闊なことは言えないし、態度に出すのも無理だけどな。
でも態度には出してるか。まあいいや。それで不興を買って二度と近寄るな、と言ってもらった方がすっきりするし。
午前中、みっちり勉強して昼になると。
「お昼ご飯、どうするの?」
「あり合わせ」
「作ってもいいよ」
「私も何か作りますよ」
冷蔵庫の中にあるもので調理すると言う二人だ。鴻池さんの腕前は既に知っている。陽奈子さんも料理は得意なのだろうか。理知的で爆乳で料理もできたら、鬼に金棒じゃないか。なんで相手が居ないのか不思議だ。相当優秀な存在じゃないと駄目、と言うのであれば俺なんて視界にすら入らないだろうし。なのに俺。
悪趣味なのかもしれない。
とりあえず一階のキッチンに向かい、冷蔵庫内を漁る二人だが「キャベツありますね」だの「豚肉と鶏肉あるね」とか「甜面醤は、あ、ありますね」って、何を作るか理解できた。
「回鍋肉?」
「そうですね。嫌いですか?」
「嫌いなものは無いです」
「では、それで」
二人がキッチンに立つと狭過ぎて身動きが取れない、ってことで陽奈子さんが今回は作るとなった。
不服そうな鴻池さんだけど、料理の腕前はよく分かってるから、弁当で貢献してくれればいいと言っておいた。
「陽奈子さんって料理は」
「上手、とは言いません。人並程度には」
充分だ。食えるものが出て来ればいい。
なかなか調理が始まらないと思ったら、キッチンの天板だの、まな板だの布巾まで洗ってるし。食中毒を起こさないよう、念入りに洗ってるのかもしれんけど。
「神経質そうだよね」
鴻池さんはその辺、大雑把なのかもしれん。
「食中毒予防のためだな」
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