Sid.63 仮の話として相談

 あまり長居しても家族にとって邪魔になるであろう、ってことで帰ることに。


「邪魔じゃないよ。泊まってもいいのに」


 引き留める鴻池さんだが、泊まるなんて選択肢は持ち合わせていない。腕を掴み縋りつく鴻池さんを引き摺り、部屋をあとにし玄関へと向かう。

 廊下で姉と遭遇すると「帰るんだ」のあとに「した?」とか言い出すし。

 即座に否定する鴻池さんが居る。


「してくれない」


 俺を見る姉の表情がな。背中を丸め深いため息を吐き「まだ拒絶するんだ」と。

 少しきつい目つきになり腰に手を当て「これ、口で幾ら言っても信じないね」だそうだ。当たり前だ。金持ちと貧乏人では超えられない壁があるんだよ。

 ましてや生き方も違えば考え方も違う。手にしたものの量も違い過ぎる。家柄から来る圧倒的な自信が実に横柄な態度になる。うちは逆に何も無いからこそ、小さく隅っこで息を殺す生活になるんだよ。

 少しは理解しろと言いたいが、金持ちに人の気持ちなんて理解できるわけが無い。理解する気も無いだろ。成功者ならではの考え方の押し付けがある程度だ。成功したから正しいとして一切譲らないからな。

 話し合いなんてしても永久に分かり合えない。


 玄関で靴を履いていると「綾乃のこと、好きになれないの?」と聞いてきた。

 本人のバックが好きになれない。むしろ嫌いだ。反吐が出る程に金持ちの思考が嫌いだ。坊主憎けりゃになってるわけで。

 ま、言わないけど。


「今は無理ですね」

「そうなんだ。綾乃は君を愛してると思うけどね」


 それはさすがに俺でも分かる。今はそうだろう。でも先々同じ感情を抱き続けるなんて、絶対に不可能だからな。

 どうせ冷める。大学でも出会いはあるだろうし、社会に出れば実績を伴った存在との出会いもある。鴻池さんの背後を考えれば、それに相応しい相手も出てくるだろう。


「それは分かりますけど」

「だったら受け入れてみればいいのに」


 無い。

 でも、本気で俺の家で生活して耐えられるなら、その時は受け入れることもできるかもな。それこそあり得ないけどな。三日で逃げ出すっての。

 あとはあれだな。


「俺に実績が伴うようになれば、その時は気持ちも変わるかもですね」


 呆れてる。

 姉として妹の心配もしてるんだろう。なんでこんな貧乏人に惚れたのかって。それでも本気なら応援したいんだろうな。

 もう少し男を見る目を養えていれば、俺如きに惚れるなんて無かっただろうに。そこは親の育て方が失敗したと言える。今からでも父親が教えてやればいいんだよ。

 どうすれば尊大な存在に至れるか、よく理解しているだろうから。


「遅くまでお邪魔しました」


 玄関を出ると付いて来る鴻池さんだけど門の前まで。


「じゃあ、明日な」


 寂しそうな表情で見てるけど、今生の別れでもあるまいに。毎回、こうなるのはなんとかならんのか。

 一度だけ振り向き手を振っておく。この程度はサービスしてやるさ。


 家に帰り母さんと父さんに聞いてみることにした。

 仮の話としてだけどな。

 リビングに行き顔を出すと、草臥れたソファで寛ぐ父さんと母さんが居て「おかえり、しっかり勉強してきたの?」と。

 勉強は殆どしてないな。じゃなくて。


「あのさ、仮の話だけど」


 立ったままで話を始めるが「何? 彼女のこと」って、勘付いたのか。

 どんな人か知らないけど、一度連れて来ればいいのに、って。連れてきてるんだよな。親が居ない時間帯だったけど。

 それも一応言っておくか。


「今日の昼間連れてきた」

「え。そうなの? 挨拶くらいさせてくれればいいのに」

「すぐ向こうの家に行ったから」

「残念。どんな子か興味あったんだけどね」


 それは仮の話が確定すれば分かることだ。

 本題を切り出そう。


「あくまで仮の話だけど、鴻池さんが同棲するってなっ」

「良家の子女でしょ。あり得ないでしょうに」


 食い気味で否定された。

 普通はそう考えるよな。お嬢様が馬の骨と同棲なんて、絶対にあり得ないと思うんだよ。鴻池さんがおかしいだけで。

 まあそれだけ今は距離を感じてるんだろうけど。


「乗り気なんだけど」

「誰が。佑真が?」

「違う。鴻池さんが」


 父さんも母さんも固まったようだが、すぐに「ご両親が許さないでしょ」と言う。それも当たり前の感覚だよな。

 でもあの家はどうやら違うらしい。


「向こうの両親も許可って言うか、好きにしていいって」


 暫し呆けていたが「本音じゃないだろ。そうやって試してるんだろ」とか「本音と建て前ってあるからねえ」と言ってる。

 この反応も当然と言えば当然だ。どこの世界に好きにしていいと言われ、好き放題することを是とする奴が居る。真に受ければ愚か者ってなるだろ。


「まさか本気で受け取って」

「無いっての。本当に好き勝手やったら、相手の親にぶち殺される」

「だろうなあ」


 ただ、今はそうでも今後最難関大学に入学したら、また状況は変化するのではと言うと。


「相手の親御さんが学歴だけでいいのか、それとも今後に期待して任せるのか、で違ってくるだろうなあ」


 単純に優秀な大学生である、と言うことで許可するかもしれない。将来性を買うかもしれない。

 大学生になってしまえば、一般的な家庭では同棲でも何でも、当事者の意思で成せることではある。しかし、鴻池家ともなると当事者の意思より、両親の意思が強く作用しないかと。


「娘が同棲したい、なんて言っても許すとは思わんがなあ」

「相手がねえ。佑真だし、うちは貧乏だし」

「だよな。それは俺も分かってる」


 家の格なんてのもあるわけで。貧乏一家の表六玉に嫁がせたい親は居ないだろ。

 それが世間一般が考える常識だと思うし。可能な限り金も地位も名誉も兼ね備えた奴を望む。まあ釣り合いって奴だな。良家ならば尚更だ。

 やっぱり「好きにしろ」ってのは、試してるんだろうな。本当に愚か者なのか、それとも常識を弁えた奴なのか。


「ただなあ」

「一緒に住みたがってるの?」

「本人はたぶん」

「困ったものねえ」


 同棲を許すわけが無いのだから、俺が考えても仕方ないそうだ。いざ家を出ようとすれば説教されるだろうと。あの両親によって。

 考えるだけ無意味だったな。


「佑真は、その子のことを好きなのか?」

「いや。不釣り合いにも程があるからな」

「まあ、そうだろうなあ。相手が相手だし」

「玉の輿はあるけど、逆玉なんて、そうあるものじゃないものね」


 大切な娘の相手を見極める目は、とんでもなくシビアなのだから。

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