Sid.21 お嬢様の手作り弁当

「なんか用か? 文句なら聞かないからな」


 いい加減鬱陶しい。どいつもこいつも、嫉妬に狂ったケダモノばっかりだ。どうにかして別れさせたいのか。元より付き合ってるわけじゃない。弾除けなんだから。

 二人を見ると困惑した表情が窺える。文句じゃないのか?


「あ、いや。違うんだけど」

「じゃあなんだよ」

「ちょっとクラスの雰囲気に流されたけど」


 悪気は一切無い、と言ってる。

 本当は鴻池さんと付き合えたことを、祝福したかったと抜かす。

 だが、クラス内の雰囲気が悪化していて、口にできなかったと。それでも嫌がらせをしていた奴らが大人しくなり、この機会に元通りに友だちとして、やり直したいそうだ。

 腰を折り顔を耳元に近付けると、いや、気色悪いだろ。男子に顔を近付けられると。鴻池さんならまだしも。

 まあ、おおっぴらに言いづらいことなんだろうけど。

 ぼそぼそ、耳元で囁く奴が居る。


「元はと言えば、鴻池さんを好きだった奴が発端なんだよ」


 このクラス内にも好意を寄せる奴は居る。俺に嫌がらせをしてきた奴は、相当惚れ込んでいたらしく、付き合ったと知るや否や賛同者を募ったと。


「なんの?」

「常松と鴻池さんを別れさせたい奴って」

「それで嫌がらせ?」

「クラス全体を巻き込んで、だな」


 耐え切れなくなれば勝手に脱落する、そう考えたようで、クラス全員一丸となって、とか言い出していたそうだ。

 男子に対しては嫉妬心を煽り、女子に対しては不釣り合いとして。

 少なからず嫉妬する奴は即賛同したし、女子も勿体無いと思う奴が多かった。

 結果、俺がハブられることに。


「ただな、急に主犯格が大人しくなったから」


 あれか。相談したからか。名指しで相談した効果はあったのかもしれん。白を切り通してもバレたら退学、と脅されれば控えるってことだな。その程度に自制が効いて何よりだ。暴走する程にバカじゃなかったってことで。

 それでも一度浸透したことは、もはや覆せないからハブられたまま。


「俺は少なくとも常松の味方だし、親友だと思ってるから」


 親友と思うのは勝手だが、俺は思って無いぞ。裏切られたからな。

 とりあえず言い訳は聞いた。気にしてないからと言って、今後も友だちとして接してくれ、と言っておく。

 さすがにぼっちは堪える。

 女子は、まあ、元々接点無いし。好きに思わせておけばいい。何を言っても男子と違って通用しないし、勝手に抱いたイメージを覆すのは不可能だ。

 女子なんてのはクソだと理解したからな。

 鴻池さんが特殊過ぎるだけで。


 悪趣味だよなあ。

 よりによって俺だもん。


 午前の講習が終わり学食に向かうが、二人が早速声を掛けてくるわけで。


「飯は?」

「学食で待ってると思う」

「鴻池さん?」

「まあ」


 じゃあ一緒に居たら悪いよな、と言って二人は教室に残るようだ。

 別に気を遣わなくていいんだがな。あ、駄目だ。鴻池さんの手作り弁当、なんて知れたら大騒ぎになりそうだし。大人しくしてた奴らも、後先考えずに暴走しかねない。

 秘密にしておこう。


 学食に行くと六人掛けテーブルをひとりで占拠してる。

 邪魔者は排除済みってか? 手招きして隣に座るよう促されてるし。


「お弁当用意したんだからね」


 愛情込めて作ったんだよ、とか言ってるよ。勘弁して欲しい。

 向かい側に座ろうとしたら、隣の椅子を手で叩き「ここに座って」と言う。まじで勘弁して欲しい。

 ただでさえ、猫も杓子も嫉妬と奇異な目付きなのに、並んでとか何の罰ゲームだよ。


「早く。時間が限られてるんでしょ」


 ぽんぽんと椅子を叩き座れと促され、已む無く腰掛けると「好みが分かんないから、今日はあたしの好きなものがメインだけど」だそうで。

 食えればなんでもいい。好き嫌いも無い。口に入るものは何でも食わざるを得ないからな。贅沢は敵なんだよ。


 弁当箱を置いて蓋を開けると、彩り豊かな弁当だな。

 赤、緑、黄色、茶色、で、ピンク?


「これは?」

「桜でんぶ。嫌い?」


 米の上に塗してある。あれか、甘ったるい奴。別に嫌いも何も無いけどな。色味を意識しての弁当なのだろう。

 カラフルでそれなりに食欲をそそる。妙な色味が無いからだ。


「いただきます。ほら、食べて」


 隣に座る鴻池さんと一緒の弁当。

 食っているが中身まで周りからは見えない。箸で抓んだ分だけは見えてるだろうけど。

 それでも周囲の視線が痛い。こんなの、いつまで続くのやら。飽きないのか?

 バカはひとつのことに執着するのだろうけど。馬鹿のひとつ覚えって言うくらいだし。それにしてもしつこい。だからバカなんだよ。


「美味しい?」

「まあ」

「味付け、問題無い?」

「まあ」


 まあ、じゃなくて、もう少しなんか無いの、と言われてもな。ろくなもん食ってないから正直、味なんて分からない。

 鴻池さんを見て「旨いよ」と言うと、にっこり笑顔になるが「本当にそう思ってる?」じゃないって。思うって。いつも食ってるものが粗末なんだから。


「好きな物ってある?」

「特に無い」

「ハンバーグとか唐揚げって、男子は好きそうだけど」

「食えればなんでもいい、ってのが本音」


 好みが分かれば、全力で応えるよ、と言う。

 だったら尚更、好みなんて言わない方がいい。タダ飯食わせてもらって、好き勝手言えないし、手を掛けられても俺が応えられないからな。

 程々に、無理のない範囲で楽しんで作ってくれれば、と言っておいた。


 それにしても、椅子の位置をずらして、わざわざ肩が触れそうな距離にって。

 こいつ、べたべたするのが好きなのか。


 弁当を食い終えたが、俺にできるせめてものお返しってことで。


「弁当箱洗うよ」

「え、いいよ。そんなのしなくても」

「洗わせろ」

「あ、じゃあ」


 帰る頃には中身が腐る。腐敗臭のする弁当箱じゃ困るだろう。だから洗っておけば、腐敗臭に見舞われずに済む。

 学食の手洗い器で弁当箱を洗っておくが、鴻池さんが隣に立ち「気が利くね」とか言ってるし。なんか知らんが微笑んでる。


「飯は作れないが洗い物はいつもやってる」

「そうなんだ」


 洗って備え付けのペーパータオルで、水気を拭っておくのも忘れない。水気が残れば臭いが発生するからだ。


「細かいんだ」

「普通だと思うぞ」

「やっぱりあれだね」

「なんだよ」


 自分で普通、と思ってることは決して普通ではない。成績もきっとそうだと言う。


「気付いてないだけだよ」


 もっと自信を持ってと言う。

 他のどの男子が、そこまで気付いて行動するのかと。

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