拙者、守護霊に候
なつきんぐ
第1話-武士の死
拙者は齢30となる武士でござる。
病に侵され、人生の残り僅かな灯に後悔をしている情けぬ男でござる。
剣を振るい続けるばかりの人生において、極めんと修行に明け暮れて30にして自身の流派-心身流を編み出すことが出来たのはようござった。
なれど、編み出すまにてに如何ほどにもにも刻限がかかり過ぎたにてござる。
己にて流派を編み出すのは武士の誉なりが、武士としてお館様に仕え、侍となること、己の剣術を継承することが出来のうござったことが、心残りでござる。
己の慢心にて、病に気づかず、気が付いたころには手遅れでござった。
違和感はあれど、さりとて支障が無いとしていたばかり、もっと早う薬師にかかるべきにてあったでござる。
左様にしておけば、剣術の継承だけは出来たのではないかと後悔ばかりを考える。
せめて、戦にて死にとうござった。
後悔ばかりではあるが、己の剣術が満足いく形までできた人生に感謝の心を込めて、せめて、最後は仏殿の御仏の前で逝きとうござる。
-----
家から近い寺に向かうさなか、師との出会い、心身流の原点に思いふける。
拙者が11の頃、父上は武士として戦で立派に戦い命を失った。
母上は拙者が幼い時に病で先立たれており、ついに一人になってしもうたと思った矢先、
突然、家に大柄な男が押し掛けてきた。
「おい。ガキ!お前が一心か。」
「はい。私が一心ですが、どちら様でございましょう。」
「はっはっは。親父のようにすかしたガキじゃねーか。ワシはお前の親父の兄だ。」
「はあぁ。父上の兄ということは私の叔父ということでしょうか。」
「そうだ!あいつが死んだと聞いてな。お前を迎えに来た。
お前の親父は死んだら息子を頼むと言ってたからな。」
「私の叔父と証明できるものはございますか。」
「ほれっこれを見ろ。」
叔父を名乗る男が、私に小刀を投げつけてきた。
「そいつはワシら兄弟だけが持っている小刀よ。親父の遺品に同じもんはねーか。」
父上の仏壇に置いている小刀を取り、見比べると同じ紋が鞘と刀身に彫られている。
「紛う方なき同じ小刀でございます。」
「じゃあワシが叔父であることは認めるな。」
「はい。では叔父上は何をしにこちらに参ったのでしょうか。」
「叔父上とかやめろ。ワシはお前の面倒を見るために迎えに来ただけが、ワシの道場で鍛えてやるから旅支度をしろ。」
叔父上は何が楽しいのか終始笑顔で唐突に旅支度を命じてきた。
行く当てもなく、この男は叔父上であるためか、特に戸惑うこともなく旅支度を始める。
「おいおい。何も聞かずに旅支度していいのか。」
「何でしょうか、叔父上であることが嘘なのでしょうか。」
「嘘じゃねーが、あー本当にお前の親父とそっくりだな。」
「ありがとうございます。叔父上」
「褒めてねーよ。ったくよ。あと叔父上ってのはやめろ。痒くなる。」
「では名前を教えていただけますか。私は一心と申します。」
「ワシは源斎(げんさい)だ。今後は道場で鍛えるから師匠と呼べ。」
「わかりました師匠。で道場とは何の道場でしょう。」
「剣術だ。親父からも少しは教わっているだろ。元服までには一端の剣士にしてやら。」
旅支度を終え、父上と母上の位牌と小刀を持って師匠の道場へ旅立つ。
旅では元気が有り余っているのか師匠に常に走っての移動を強いられた。
「おらガキ、これも稽古だ。体力をつけるために走れ走れ!」
野性的というか感情の赴くままにこの人は生きて居るのだろう。
本当に剣士なのかと疑問しかわかない。
昼間は走り続け、夜は野宿を続けて3日、ようやく師匠の道場に到着した。
「はっはっは。いやー走り続けるのは気持ちがいい物だなガキ!」
体力に自信はあったが、ここまで走ったのは生涯で初めてであり、息をするのもつらく返事をする気力が出なかった。
「よし。じゃあこの階段を上った先がワシの道場だ。さっさと登れ」
目の前には壁のような階段があり、上を見ても門は見えることが無かった。
それを最後に私の目の前は真っ暗となった。
「いつもの天井ではない。」
気が付くと私は布団で寝ていた。
「ここはどこだろうか。」
自身の記憶の最後は大階段と笑顔の師匠の顔であり、このような場所に来た覚えは全くない。
「ガキー。起きたか。」
大声とともに師匠が部屋に入ってきた。
「おー起きてんじゃねーか。」
「そんな大声を上げられれば誰だって起きると思いますが。」
「今まで起きてねーガキがすかしたこと言ってんじゃねーよ。」
「…ここはどこでしょうか。」
「ワシの道場だ。立派なモンだろ。」
「門下生は何名ほどおられるのでしょう。」
「今はいねー。膝に矢を受けちまったから里のガキどもにたまに教えるくらいの隠居だ。」
「…そうですか。」
「おい。今何かよからぬこと思ってんじゃねーよな。
ガキ、今日はそのまま寝て居ろ。稽古は明日からだ。ワシは里で用事があるから出かける。晩飯までには帰ってくるからな。」
そう言い残して、師匠は無駄に元気に道場から出ていった。
「人は、あんなにも足音を響かせて走れるのだな。」
師匠が出かけたことにより、道場はひときわ静かで、森の木々の葉音が心地よく響き、再び私は眠りについてた。
師匠と共に過ごして数か月が過ぎ、師匠がどういった人物かが分かってきた。
大柄で大雑把な師匠ではあるが、里の人から良く頼られ、イノシシが出れば、刀を手に立ち向かい、子供たちが道場に来れば、全力で相手をし、心の思うがままに生きる人である。
刀を振るう姿は私が思う剣士とは全く違う存在である。
「おい。ガキ!また坐禅何て組んで何が楽しい。」
「剣士足るもの、無念無想を志すもの。楽しいからするのではないです。」
「かー。お前の親父と同じですかしてやがるなー。刀なんてな己が思うように降ればいいんだよ。」
「刀は研ぎ澄ました精神で一振り一振り雑念を捨てて行うモノです。」
「違うぞ。刀を振るう時はその一振りに何を籠めるかが大切なんだよ。雑念じゃねー。獣を切る時も、ワシらが生きるために切るんだ。感謝しなきゃならねー。
それを何の気持ちもなく切るってのは、そいつらの失礼じゃねーか。
一振りの気持ちを大切にしろ。心を殺すな。」
普段は見せない真剣な目で師匠が語る。
剣士の極みは無我の境地と習い続けてきた私には分からない考えである。
「腑に落ちてねー顔してんな。まぁガキなんだからガキらしく生きろってんだよ。」
「師匠は大人なのですから、もっと大人らしくしてはいかがですか。」
「はぁいいんだよ。ワシはワシの思うがままに生きると決めてんだよ。」
それから師匠と剣士とは何かの話や稽古を続ける日々を送った。
「おいガキ。お前今いくつだ。」
「今年で14になります。師匠と過ごして3年は経ちますね。」
「そんなに立つか」
「師匠、ボケるにのはもう少し後にしてください。せめて私が出立してからにしてください。」
「はぁー。それが師匠に対する言葉か!
相変わらずすかした喋る方だが昔と比べて棘があるじゃねーか。」
なぜか嬉しそうに笑う師匠。
「お前はここを出てから何になりたい。どこかで道場でも開くか。」
「誰かに仕えたいですね。」
「はぁ侍になろーってのか。」
「はい。まずは武士となり名を上げてから侍になりたいですね。」
「はぁー立派なこって。じゃあ話し方を直して”ござる”とか言ってみろよ。」
「嫌です。なぜ師匠に対して使わないといけないですか。」
「はっはっは。しゃーねーわな。ワシも使われたら笑いすぎて飯が食えなくなるわ。」
他愛のない楽しい日々が続く。
あと1年で15。15になれば出立をする。
それまでには師匠から一本は取り、無念無想の剣が正しいことを証明してやろうと心に決めている。
---稽古の日
「おい!ガキ!さっさと打ち込んで来い!そんなちんたらしてたら死ぬぞ!」
稽古の場での師匠はいつも以上にうるさい。
剣先から師匠を見据えて、集中を研ぎ澄まし、力強く踏み込み師匠の眼前へ飛び上段からの一撃を入れるが、師匠の木刀に防がれはじかれてしまう。
「ちんたらしてからの一撃があれか、何が無念無想だ。どこから打ち込んでくるか丸わかりなんだよ。
言っとくがな、お前の親父もワシには勝てたことがねーからな。同じ考えでワシに勝とうなんて100年早いんだよ。」
私が貶されるのは力不足が原因だから気にはしないが、父上を貶されるのは頭にくる。
「おっ怒ってるのか。そうだもっと感情を表せ、それを刀に載せろ。」
ダメだ。このままでは師匠の思うつぼだ。
落ち着け。
「はっすましてんじゃねーよ。戦じゃ誰も待ってくれねーぞ。
ほら、どうした。どうした。」
師匠の猛攻を凌ぐのに精一杯で、集中を続けることが出来ない。
とにかく距離を開けて仕切り直さないと。
「おら!逃げようとしてんじゃねーよ!」
師匠の下段からの切り上げで、木刀の柄を切り付けられ手から木刀が飛ばされてしまった。
「武士を目指そうとしている奴が刀を落とすんじゃねーよ。おら。さっさと拾って構えろ。ちんたらするな。親父と同じで戦で死ぬぞ!」
(五月蠅い。)
ダメだ。雑念を払って落ち着かないと。
(五月蠅い。ウル…さい。)
雑念は剣を迷わすダメだ。
(師匠であれど、父上をバカにするな!!!)
「うあああああああああああああ。」
木刀を拾うと同時に、床が抜ける勢いで踏み込み油断している師匠に切り上げの一撃を見舞う。
師匠は間一髪で避けるが、足がふらつき体勢を崩したところに返す刀で袈裟切りを入れた。
「はっやりゃー出来んじゃねーか。」
ふらついているところに一撃を入れられ、床に倒れながら偉そうに喋っている師匠。
「床に這いつくばって確固つけても様にはなりませんよ。父上への侮辱は許しません。」
「わかった!わかったから、背中を剣で刺すな!イタイタタタタ。」
無様に痛がる師匠を見ていると己の怒りが馬鹿らしくなり、冷めてしまった。
「今の一撃はよかったぞ。感情が籠った力強い一撃だ!ただし!感情に飲まれ過ぎだ!感情のままに刀は振るいなよ。」
師匠が胡坐をかきながら満足そうな顔で褒めているのか怒っているのかよくわからないことを言っている。
ただ、今の一撃の感覚は覚えておこう。唯一師匠に入れることが出来た一撃だ。
己の剣の考えとは異なる一撃ではあったが、何か得るものがあったと心に刻む。
そんな時に道場の外から里の者の叫びが聞こえ、師匠が急いで出ていく。
師匠は切られた肩ではなく、足を気にしながら出ていったのに違和感を覚えた。
師匠を追いかけて里へ向かう。
師匠と里の者の話はあまり聞こえなかったが、「山賊」の言葉だけは聞き取れた。
多くのことを推測できるが、今は師匠の後を追うことだけを考えよう。
見失った師匠の顔は怒りに満ちていたが、里へ向かったに違いない。
里に着いた頃には日は落ちており、辺りは真っ暗であったが一か所だけ明かりがあり、人だかりが出来ている。
「申し訳ございません。師匠は、」
師匠に居場所を聞こうとしたが、人だかりの真ん中に刃物で切られた男を抱えている師匠が居た。
「おい!ワシが分かるか!?何があった!!!」
「さ、、里の入り口で、、子供、たちに、、、迎えられた、、時に、、山賊が、、、子供を、、、」
「わかった!もう喋るな!あとはワシが何とかするから、ゆっくり休め!
おい!誰か治療と医者を呼べ!」
「医者でしたら、オラの息子が今呼びに行ってるところだ。」
「おう。こいつを休ませれるところに運ぶぞ!」
「じゃあ、オラの家に運ぶだ。」
師匠は傷ついた男を丁寧に抱え、案内されて家に連れて行った。
「師匠。遅くなりました。私に何かできることはないですか。」
「おう。ガキ。井戸からありったけの水汲んで来い!」
「わかりました。」
水を汲んで家に運ぶ。
「この辺りに山賊なんざ、居なかったはずだが、どこの奴らだ。」
「ああ。源さんが来てからは全く見なかっただ。多分だが、最近流れてきた奴らかもしれん。」
「知らねー奴か。じゃあどこに逃げたか分からんってことだな。」
師匠が家の主に山賊について聞いている。
この辺りで山賊が住処に出来そうな場所があったかを思い返す。
「攫われたチビ共は何人だ。」
「5人だ。小さい子が2人、その姉たち3人だ。」
5人、小さい子だけではなく姉もとなると、相手は10人くらいと考えよう。
10人の大人が隠れ住める場所となると。
「師匠。」
「あぁ!?なんだガキ。」
「山賊の住処ですが、多分この山の裏側の中腹にある古寺かもしれません。」
「古寺!?そんなもんあったか?」
「はい。ここに来たばかりの頃、師匠に言われて走り込みを永遠とさせられていた時に見ました。
そのころからボロボロでしたが、大人が10人程度なら隠れ住めるかと思います。」
「よく知ってるじゃねーか。ガキ!でかした!」
師匠が乱暴に私の頭を撫でる。
「おし。じゃあ、その馬鹿共をぶっ飛ばしに行ってくら。」
「私もお供します!」
「あぁ!?お供だぁ。丸腰のガキに何ができるってんだ。」
言われて気が付いた。
自分が武器を持ってきていないことを。
「親父!お医者連れて来ただ!」
「医者が来たか、邪魔になるから出るぞガキ!ワシは里の奴らに古寺のこと聞いてくら。」
「師匠!古寺なら私が知っています。」
「木刀しか持ってねーガキは、はなっから連れてかねーよ。
どうしてもくるってんなら、道場の神棚に置いてある刀持ってきな!」
「でもアレは、師匠の」
「あぁ趣味で飾ってるだけの刀だが、ないよりマシだろ。付いてくるってんなら早く行けガキ。」
師匠に言われ、私は道場に刀を取りに戻る。
-----
刀持って里に戻ってきた時には月が傾きだしていた。
まずは師匠の居場所を探さなくてはいけないが、五月蠅い師匠の声は無く、里は静かである。
里の者に師匠の居場所を聞いたが、師匠は古寺の場所を聞いたとたんに飛び出していってしまったらしい。
師匠らしくはあるが、夜の歩きなれない山で一人行ったとて。。。いや、あの師匠のことだから、山は猿のように走り回り、目的の場所まで行けるだろう。
何なら、猿に道案内をさせているかもしれない。
私も早くいかなければ、夜が明けてしまう。
山賊如きは師匠が直ぐにどうにかするが、攫われた者たちを連れ帰るのには一人では厳しいだろう。
里の者に礼を言い、夜明けまでには皆を連れ帰ると伝えて古寺に向かう。
古寺に近づいたころには、空が白み始め、剣戟が鳴り響くのが聞こえる。
「師匠が戦っている。」
遠目から様子をうかがうと、すでに何人かの山賊は倒れており、師匠が5人の山賊と対峙し、さらに後ろに長髪の浪人が寝そべり薄ら笑いを浮かべている。
普段の師匠と異なり、静かだが、あふれ出る力を感じる。
山賊が一斉に師匠に切りかかったが、いつの間にか師匠が山賊たちの背後に回っていた。
先ほどまで目の前にいた師匠がいなくなり、訳も分からぬ山賊たちが苦痛の表情を浮かべ、その場に崩れ落ちた。
見惚れている場合ではなかった。
早く師匠の下へ行かなくては。
古寺に入ると師匠と山賊の頭が対峙している。
「師匠。遅くなりました。」
「おう。攫われた娘たちは、多分寺の中だ。」
「はい。」
「おっと、大人しく中には入れると思っているのか?」
「あぁあん。てめーが大人しくしてろってんだよ。」
「カッカッカッカ。威勢がいいことで、先程は恐ろしく速い剣戟だったな。俺じゃなきゃ見逃しちまうほどにな。」
「ほぉお。てめーには見えてたってのか。」
「まぁな。」
この男は先程の師匠の剣が見えていたのか。
それほどまでに、この男は強いということか。
「師匠。この男は、ただの山賊ではありません。」
「そんなの言われなくても分かってらぁ。立ち姿だけで判断できるようになれガキ!
おい。おめー山賊にしては身ぎれいだが、本当に山賊か?」
「ただの落ち武者よ。知らない者が見れば、あんたの方が山賊だと思うだろうな」
「うるせー。大人しく娘たちを返す気はないのか。」
「あぁ無いな。部下も減ったし金が必よ」
山賊頭が言い終える前に、師匠が飛び込み上段からの一撃を入れる。
刀を始めて抜いての一撃であり、師匠は本気で切りかかっている。
「本当にあんたの方が山賊だよ!」
慌てた様子もなく山賊頭が鞘に納めた刀で防ぎ、そこから師匠と山賊頭の攻防が始まる。
荒々しい連撃を放つ師匠。
一撃一撃が致命となりうる攻撃をし続けているが、山賊頭はそれを受けつつ合間を縫って突きを放っているが、それらも師匠は躱し続けている。
互いに間合いが離れ、繰り返される斬撃の応酬が終わる。
「てめーなぜ、刀を抜かねー。なまくらかぁ!?」
「刃を交えるのは1度だけと決めてるのでね。でも、そろそろ終わりにしようか」
「終わりってのは、てめーの終わりか。」
「カッカッカッカ。それはどうかな。あんたの足でこれが躱せるかな。」
山賊頭が深く腰を落とし、居合切りの構えを取る。
「はぁ。抜かせ!」
師匠は上段に構え迎え撃つ姿勢を取り、互いに間をはかる。
先に動いたのは山賊頭で師匠も合わせたように動き出す。
互いの剣閃が閃いた。
山賊頭の刀が折れ、私は喜びに満ちたが、直後、師匠が膝を折り倒れたことに頭が追い付かなかった。
「師匠!!!」
「けっしくじった。」
「今手当をしますから、大人しくしてください!」
「いらね。手当なんかでどうにかならん。そんなことより、あいつをどうにかすることを考えろ。」
夥しい血が地面に流れるのを見て、私は頭が追い付かなかった。
あいつとは、今師匠を切ったあいつの事か。
「おいガキ!怒りで自分を見失うな。刀は持ってきたか。」
「はい。こちらにあります。」
「そいつぁ、元服の祝いで作ったもんだ。一足早いがくれてやる。怒りを抑えろとは、いわねー、ただ自分を見失うな。刀が鈍る。怒りは刀にのみ載せろ。己は冷静で居ろ感情を掌握しろ。一心。お前は強い。ほれ、行ってさっさと倒してこい。ガキ!」
師匠は変わらず力強く私を押し、山賊頭へ向かわせるが、あの傷ではそう長くはもたないだろう。
「ありゃ。折れちまったよったくよー。おっ次はお前さんが相手かい。さっきの人は死んだかい?」
「死んでなどいない!」
先程までの怒りの気持ちは残ってはいるが、頭は不思議と冴えている。
師匠の教え通りに出来ているのかは分からないが、今はあいつを倒すことだけに集中する。
「刀が折れちまったから、悪いが鞘で殴るだけになるが許してくれよ。」
師匠から受け取った刀を抜き、山賊頭と対峙する。
怒りの心を掌握し、心を燃やし力に変える。
「源斎の弟子、一心、推して参る。」
地面をえぐる様に踏み込み、山賊頭へ肉迫する。
山賊頭は、慌てることなく鞘ごとの居合を放つが、先程見た剣筋、ましてや鞘ごとなど、遅すぎで躱すのは容易である。
躱すのに合わせ、下段からの切り上げで、右腕を切り落とす。
腕を切られ、倒れ込んで切る山賊頭を今ここで、こいつを殺すことは容易であるが、それは修羅となる。
それは師匠が望んでいることではない。
山賊頭を止血し、倒れている山賊たちと一緒に縛り上げ転がし、師匠の下へ戻る。
「師匠。終わりました。」
「おぉ。終わったか。成長したじゃねーか。」
「師匠の見取り稽古のおかげです。」
「はっ。じゃあ、これが最期の稽古だな。よくやった。。。あー、夜通し走り回って、刀振り回し過ぎて、疲れた。ワシは寝る。しばらく、起こさなくていいからな。」
「ありがとうございます。わかりました。ゆっくりお休みください。」
師匠はいつものように笑い、眠りに落ちた。
「師匠、頂いた刀で私は旅に出て、師匠に教わった感情の力で心を成長させ、心と体を鍛えた剣術を極めたいと思います。
そして立派な武士になります。いや、拙者は武士になるでござる。」
師匠の墓前で、拙者は誓う。剣術を極め、武士となることを。
師匠が言うように言葉も変えて成長するでござる。
「拙者、元服を迎えた際に、師匠から名を一つ頂戴し、『一心”斎”』と名乗らせていただくでござる。師匠はお嫌かも知れぬが、拙者の初心とし刻み付けさせていただくでござる。ならば、またお話をしに参るにて、ゆるりとお休み願いたもうでござる。」
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仏殿の御仏の間にて、師匠との出会い、分かれを思い返していた。
心身流とは、己の心に従い、感情を掌握し力に変え、時に炎の様に力強く、時に水の様に静かで受け流すが如く、心と体が一体とし、技を繰り出す、心技体を表した剣術でござる。
逝った先で、師匠に剣術の事、これまでの旅の事を話そう。
話すことが多すぎるが、時間はいくらでもあるでござる。
ひょっとすれば、師匠は志半ばの拙者に対して怒るやも知れぬな。
それは、それで楽しい物であろう。
しからば、もう少し剣の道を進み、師匠のように師事がしとうござったなぁ。。。。。
仏殿にて、一人の武士の命が尽きた。
それを静かに見つめるのは、その場にある仏像だけであった。
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