俺は『Bee』

千千

俺は外さない

 俺の名は、『Beeビー』。

 もちろん通称だ。いつの間にか、気づいたらそう呼ばれるようになっていた。なんでも、『ちょうのように舞い、はちのように刺す』から来ているらしい。

 蝶ではなく、蜂のほうを取ったのか。まあいい。


(今回のターゲットは――――)


 仕事は狙撃手スナイパー。いまだかつて依頼を失敗したことがない俺は、自慢じゃないが、この世界では一目置かれている。


(いた。あいつだな)


 休日の遊園地、人体着用ぬいぐるみが、行き交う家族連れやカップルに愛想良く手を振っている。ターゲットだ。


(あれが、熊か。素材は…厚そうだな)


 すれ違い、素早く俺は確認する。


(ふっ。関係ない。俺の腕なら難なく貫通、心臓に一発。一撃だ)


 ターゲットのことは、“男、二十八歳、遊園地勤務、たまに熊になる”、だとしか知らない。これだけで十分、ほかの情報は雑音だ。


 人通りの少ない場所で、辺りに気を配りつつ、ターゲットから目を離さず準備をする。


(よし)


 身を隠せそうな茂みに入り、腹ばいになった。サプレッサー(減音器)を装着したスナイパーライフルのスコープをのぞく。視度調整リングを回し、ピントを合わせる。


(…………………)


 熊は、子供と写真を撮っていた。


(まだだ)


 子供が両親に連れられて去っていった。そのうしろ姿に、熊は手を振る。


(…………………)


 ふっと、レンズにぼやけた影が映った。

 だんだんとピントが合い、それが女のうしろ姿だとわかる。

 女は、熊に近づいていく。


(…………………)


 緊張に息をのむ。

 目を細める。


(もう、すぐ)


 ゆっくりと引き金トリガーに指を掛けた。


 そして、


(…………………)


 熊と女は、すれ違った。




『BAN!』




(…………………。ふぅ)


 今回も依頼達成。証拠の写真を撮るとしよう。パチリ。


 ……………………。


 ずれた。

 狙撃の腕は百発百中、完璧なのに、写真の腕はポンコツだな、俺は。被写体が右にずれてやがる。


(まあいい。あとはお前がどうするか。好きにしろ)






 熊の着ぐるみの中で、男は目を見張り、息が止まった。

 いままで、こんな気持ちになったことはなく、男は心臓を撃ち抜かれ、全身に電気が走ってしびれたようだった。この感情を例えるのなら――――


 ひと目ぼれ。


 その言葉を思い出すのは、あとでいい。


 早く追いかけろというように、風が吹いた。


 熊は振り返り、小さくなった彼女のうしろ姿に向かって走り出す。


 そのとき、空から、ひらひらと落ちてくる一枚の白い羽根。

 それは地面に着いた瞬間、弾けて消えた。





                        <おわり>


                   ありがとうございました。

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俺は『Bee』 千千 @rinosensqou

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