第18話
――聖女と呼ばれた奇跡の力を扱う女性の話。
――聖女は平民出身の女性で、聖女に求婚する王太子殿下。
――聖女は貴族の養子に入るが、貴族の生活に馴染めず、王太子の件で貴族令嬢に嫉妬を受けて嫌がらせをされる。
――王太子は必死に聖女を守るが、それにより貴族の中でどんどん厳しい立ち位置となってしまう聖女。
――逃げる聖女に追う王太子。
「これ……真実の愛を元にした舞台の話じゃないか?」
「あぁ……でも何か少しだけ違う……?」
「……ねぇ……舞台で……元にした話って言ってなかった……?」
貴族達が小声で話し出すも、しっかり耳は吟遊詩人へと向けているようだ。
舞台が娯楽の為に作られたものとしたら、吟遊詩人は話を未来へ伝えていく存在だ。……だから、吟遊詩人の話に嘘偽りはない。
それに気が付いただろう人達は、現実逃避の心を表すかのよう少しづつ後ずさっている。
――王太子は夜会という大勢の目がある場所で、聖女へ求婚する。
――本来ならば断われない。
――しかし、聖女はまだ貴族教育の浅い、平民に近い存在だったのだ。
――聖女は平民の思想に近く、お互いを思い合う恋愛結婚しか知らない。
――だからこそ、聖女はこう答えた。
――「気持ち悪い」と。
「……」
「……」
「……」
「……」
一瞬にして会場が静まり返った。それでもまだ吟遊詩人は続く。
聖女は幼馴染と結婚の約束をしていて、将来一緒になるつもりだったのだが、貴族なのだから政略結婚をしろと、結局無理やり王太子に娶られる。
地位と権力、貴族という柵に耐えられなくなった聖女は、初夜を迎える前に自死してしまう。
「これが本来あった物語です。ある意味、引き裂かれた真実の愛という悲恋かもしれませんね。これを勘違いされましても……ねぇ?」
私の言葉に、誰も反応を返す事がない。ただただ口を開けて、頭の整理をしているといったところだろう。自分達の愚かさをしっかり頭に残して欲しい。
でもこれが本当にあった出来事で、それを改変させ大衆向けにしたのが舞台なのだ。
女ならば地位や権力がある男の元へ嫁げる成り上がる話はうけるだろうし、男だって身分関係なく好きな女を手に入れる事が出来る。
……この聖女にとって王太子という人は全く魅力のない人だったというだけで。
「これを美談に仕上げた舞台の人達がすげぇわ」
「着眼点の問題では?自分ならこうするのに、とか」
ガルムは褒めるような言葉まで出しているのだが、それは当事者ではないからだろう。確かに、平民の女性視点であれば、そんな好機逃してたまるか!という話にはなるだろうし、そうなりたいと願うだろう。
「さて……」
情報量が多いのか、なかなか処理しきれないという無能っぷりを発揮している陛下へと視線を向ければ、私の視線に気が付いた陛下はビクリと身体を竦めさせた。
「ロドル王国はしばらく帝国の管轄になりますわ。使えない無能貴族が多すぎますもの。国王は当然の事ながら交代ですね」
私の言葉に肩を落とす陛下と王妃。それに比べ、戦争にならなくて安心したと言わんばかり安堵の息をつく王弟。……本当に真逆だ。
「……王弟殿下の王子どちらかが問題なければ王太子で良いと思っていますので。それまでは帝国預かりですわよ」
驚き目を見開く王弟。帝国も、管轄を広げたいわけではない。でも仕方ないのだ……王弟の息子は、まだ五歳と三歳なのだから……。
言う事は言ったと、私は後の事は知らないと言わんばかりに、ガルムと共にその場から撤退した。
◇
「リズが無事で安心した……というか……報告書を見たけれど、叔母の所も同じようなものだったのか……」
「文字だけでは判断つきにくいですね……やはり実際見てもらう事が重要になりそうですね」
「リズから話を聞けるから、かなりしっかり理解出来るが……各属国へ誰か派遣しておく位の事はしないといけないか」
ロドル王国王城の中庭にある豪華な東屋で、兄と一緒に紅茶を楽しみながら話す。
こんな豪華な東屋を知らなかったのだけれど、そこはベルがしっかりと熟知していたらしい。まぁ、私も王城をウロウロと歩いて誰かに出会うとか嫌なので部屋に籠っていたようなものだから仕方ないのだけれど。特に王太子とは会いたくなかったし。
「ま、処分処遇はリズの言った通りで良い。判断は確かだからな」
「しっかりと向こうの非を貯め込んでおきましたからね」
卒業パーティからは早かった。
既にロドル王国へ仕掛けようとしていた兄は準備を終えていた為、私の知らせを聞いた後は兵士達ではなく文官達と護衛の兵士と共にすぐロドル王国までやってきた。
帝国の人間が王城を占領し、私に不貞を働いたとして陛下と王妃、そして王太子は幽閉。他の貴族達もベルとジェンが残した私への対応についての書類にて検討して罰金や罰則を追加している。
ちなみに王弟殿下一家はお咎めなしだけれど、次の国王筆頭は王弟殿下だ。
そして一番重罪になる帝国皇女の嘘偽りを広めた、王太子の恋人である伯爵令嬢の家は爵位取り上げとなった。
「……婚約破棄……かぁ」
「辺境の邸はいつ頃できますか?一生面倒見て下さいね、お兄様」
にっこりと微笑んで言えば、お兄様は手で顔を覆って項垂れた。
書面はしっかり残してある。今になって駄目だとは言えない事をお兄様もしっかり理解はしているし、お父様も玉座で崩れ落ちていそうだ。
「婚約破棄と言い出される事を待っていたおかげで、しっかりこの国の無教育さや不敬を貯め込む事が出来ましたよ!」
「そこ……我慢する所じゃない……てか、怖い妹だよ、本当に。……敵に回したくない」
しみじみと言う事ではないと思う。
それに私としても家族に対して愛されているだけでなく私からの愛情もあるわけで……余程ではない限り、見放すなんて事は出来ない。
「お嬢様、レスター男爵がお見えですよ」
「……誰だ?」
「レストルズ商会のオーナーです」
「なんだと!?」
約束の時間より少し早い。まぁ遅れてはいけないというガルムの気持ちだろう。私はお兄様へ断ってガルムの元へ行こうと席を立った。
「……囲いこみたい……いや、いっそもうお前そいつと結婚してくれないかなぁ……せめて嫁いでくれ……誰でもいいから」
そんなお兄様の声が後ろから聞こえたが……失礼ではないだろうか。まぁ、高位貴族とか他国とか言われず、悠々自適に暮らせる事が出来るのであれば、流石に私も否とは言わないけれど。
既に婚約破棄で条件は満たしている。わざわざ面倒な事をする必要はない。
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