第27話 怪異戦線(2)
アルトの体力と気力も戻った。断罪の刃も変わらず使える。
蛇腹装甲の上から、更に蛇腹を巻きつかせるか。いや早送りは防げても、巻き戻しされたら意味がない。
やはりこれか。両腕に蛇腹を絡めた。
「攻撃こそ最大の防御。ですよね先生」
心に仮面を被れ。いつもの如く。
できるのか今のアルトにそんな器用な事が。目の前で愛しい彼女が殺されそうになってるのに。
いいや。そんな言い訳はいらない。できるのかではない。やるのだ。
沸騰するマグマを絶対零度で凍らせろ。
「そんなに殺気だって。仕方ないな。獅子神は後回し」
イザナミは溜め息をつき、死角から解き放った蛇腹を両手で受け止めた。
「キングオブキングス」
蛇腹は腐臭を漂わせ崩れていく。
時間属性と聞いていたが、こんな感じに使うのか。やはり実際受けてみないと、その全貌がわからない。
先日瀕死のアルトを伊央那は治した。
「あれは巻き戻し。今のが早送りね。掌で触れて、怪異力を流すタイプか。掌に気をつければいい」
「あらっ、なめられたものね。ワタシ足早いのよ」
砂煙は舞い両腕が迫る。その危険な抱擁を屈んでかわす。
「くっ!」
目に飛び込むは、カウンターを狙った右膝の一撃。重ねた両手でガードする。
「うぐっっ!」
それでも威力は殺せない。フルフェイスの仮面を被ってなければ、血の詰まったスイカは破裂し実をまき散らしていた。
アルトを本気で殺そうとした。伊央那の自我はもうないのか。最後まで残っていた希望の炎は今消えた。
「さよなら……お姉ちゃん」
「らぁッ!」
小細工は無しだ。死角からの攻撃が通じないのは先ほどの一手で確認済みだ。真正面から蛇腹を振り下ろす。
風が鳴り響く。蛇腹は蔓に巻きつかれ動きを止めた。
――来る。
考えるよりも早く体が反応する。複数の蛇腹を編みあげで作りだすは、巨大傘。
雨が振り出し嵐となる。イザナミの攻撃は暴風雨となり、傘を激しく叩きだす。
これは布石だ。キングオブキングスを放つ前触れに過ぎない。
「足を止め至近距離で戦ったのが裏目に出たね。アルトくん」
無情にもキングオブキングスが発動する。しかし悲鳴をあげたのはイザナミであった。
「きゃぁぁぁぁっ!」
アルトに触れた右掌は、切り刻まれ千切れた。
「君……は一体何を……」
怪異力はその力が強ければ強いほど、発動に時間がかかる。
ヤタガラス。螺旋突き。スリーピング・キャット。そしてキングオブキングス。
奥義に位置づけられている、この技達がそうだ。
断罪の刃にはその様な爆発的な威力を持たない。只、静かに忍び寄り絡み牙を突き立て斬るだけだ。
怪異力の強さは荒神王に軍配が上がる。しかし速度と精密さにかけてアルトの右に出るものは無い。
キングオブキングス発動よりも速く、体から生やした蛇腹刀で斬り刻む。
流石のイザナミも冷静さを失った。受肉して初めて味わう痛み。退避する事を忘れ、左掌が欠損した右掌に伸びた。
巻き戻しなどさせるか。蛇腹を振り上げる。だがそう思い通りにはいかない。
薔薇の種子が弾丸になり蛇腹刀を撃ちぬいた。
その合間を縫い、キングオブキングスが発動し右掌の時間は巻き戻る。だがこれで牽制となり、迂闊に使ってこないだろう。
次は超加速の攻撃をどうするか。その対策はもう決めていた。
断罪の刃を使う。元々は一匹の蛇。それを可能な限り蛇腹に分割。刃を生やし攻撃や装甲にして防御等多種多様に使用している。
尾てい骨から伸びる尾を蛇腹へ戻し、八本に分ける事も造作無い。
アルトの背中で八本の蛇腹が扇状に広がる。それは以前、鴉との戦闘中に使った対ヤタガラス用の戦法であった。
「……」
感じる。右頭上から揺れ動く大気の流れを捉えた。
重ねた両腕に強い衝撃が走り、装甲はたわむ。超加速の膝蹴りが食い込んでいた。
「よしっ。防げた」
「へぇ」
イザナミは超加速を防いだ事に感嘆の声をあげ、直ぐさま後方へ飛ぶ。流石に同じ手は通じなかった。
「はぁはぁはぁ」
アルトの息が乱れる。不定期にリズムの狂う心音。体温は高くなり寒気を呼び寄せた。防げたと思った超加速の攻撃が時間差で襲ってきたのか。
「……!」
一つ心あたりがあった。だがそれは下手すれば命を失う。
「具合悪そうだね。アルトくん。その状態で何処まで持つかな」
蛇腹と蔓は互いの領域を侵略する為、激しく打ち合い叩き合う。
一瞬でも気を緩めれば、超加速が来る。だがそれはあちらも同じ。
両手首さえ切断出来れば、イザナミはキングオブキングスを使えない。
「くっ!?」
視界が二重に歪む。仮面の中でアルトの整った顔は、土気色に染まり酷く歪んでいた。
「諦めるか!」
ここで歩みを止めれば、今まで積み上げてきた全てが無駄となる。
――にいぃっ。
苦しい時こそニヤリと笑え。アルトは口角をつり上げた。
「おらぁぁぁッッ!」
蛇腹は最高速度を更新する。均衡がついに崩れ、群がる全ての蔓を切断した。
このチャンスを逃してなるものか。狙いは両腕。懐へ飛び込む。
蛇腹刀が肉を斬り刻み、骨を砕く。血飛沫は大地を真紅に染め上げた。
「よしっ!」
「油断したね」
クスクスクス。イザナミは笑いながら、無傷の左腕を突き出した。
何故だ。確かに斬った筈なのに。キングオブキングスを使ったのか。いやあり得ない。そんな時間なんて無い。
「!?」
大地に落ちていたのは、血だらけの右腕と左腕の形した薔薇の蔓であった。
「擬……態だと」
「残念ね」
逃げろと本能が警報を鳴らす。だが怪異力を帯び高速で時計回りする左腕に目が離せない。
これがキングオブキングス発動の瞬間なのか。
「がふっ!」
刹那、視界は紅に染まりアルトの口内から血が溢れ咳き込む。イザナミの攻撃ではなかった。
吐き出した血の塊が倒れこんだイザナミの豊満な胸の谷間に溜まりをつくる。
装甲が外れ蛇腹は消え、生身となったアルトの体はイザナミに抱かれていた。
「トドメをさす必要もないか。限界が来たみたいだね」
薔薇怪異から人の姿に戻ったイザナミは右腕を元に戻すと、アルトを優しく抱きしめた。
「姉の為に人の身でありながら、王に挑む。そんな君をワタシ嫌いになれないよ。だからせめて、伊央那の胸の中で眠りなさい。二度と目が覚めることない様に……さよならアルトくん」
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