おまけ


「うわぁ……氷月さんて大胆……」


「八重山にはアレを野放しにしないよう頑張ってもらいたいもんだ」


「私、あんなに腑抜けた兼人の顔みたらひいちゃうかも……」


 僕と氷月さんが歴史的和解をみせる裏で神崎と来栖がその様子を見ていた。


「で、これが君の望んだ結末なのか?」


「うん。実を結ばない恋をし続けるのも辛いから何としても2人にはくっついてほしかったんだけど」そう言って来栖は僕らの方を見た。ちょうど氷月さんのカウンターのキスを喰らってギョッとしているところだった。


「あれはやりすぎだよねぇ……逆に悔しくなってきたかも」


「あの色ボケを惜しいと思うのか。さすが10年叶わぬ恋をし続けただけはある」


「あはは。色ボケ……ねぇ。最近の兼人は色々バグってたし、まさか途中で私を選ぼうとするとは思わなかったよ。選ばれても辛いだけなんだけどさ」


「君は……いや、よそう」


 顔を伏せた神崎が気に障ったのだろう。刺すような口調で「なにさ。ひどい女だって言いたいわけ?」と言ってラムネの瓶をグッとあおった。ガラス玉がカランと音を立てた。


「違う。それは違う」


「へーんだ。どうせ私はひどい女だよ。玉砕するのが怖くて告白も出来なかった私が兼人を諦めるためにあの2人の気持ちを利用してたんだからかなりひどい。ひどすぎて滑稽だよね。あはは」


「…………………………」


「あははは、はぁ………。私にもチャンスがあったのかなぁ」


「あっただろうな。さっさと唇を奪えと何度も言っただろうに」


「でもそしたら兼人があの腑抜け顔になるんでしょー? じゃあやだよぅ。いつものバカ真面目な兼人が好きなんだもん」


「あいつは子供だからな。いずれああいう顔をしただろうさ」


「そーだろうけどさぁ。それって兼人の隠れた一面でしょ? 掘り起こさなければ大丈夫じゃないの?」


「じゃあ、きっと来栖は幸せかもしれないな」


「なんで?」


「君も八重山側だからさ」


「……………………………」


「なにか?」


「寒気がした。ブルッとした。神崎のそーゆうとこ嫌い」


「そうじゃあないんだ……」と神崎は深く肩を落とした。


「君と八重山は似たもの同士という事だ。SMで言うなら両方Mだ。しかもSになれないタイプのな」


「あー、たしかに? でも、M同士でいちゃいちゃするのも悪くないかもよ?」


「なら2人して氷月さんに飼ってもらえばいいさ」


「わんっ」


「………………………………」


「なにか?」


「別に。なあ、なぜ俺を使って2人をデートさせた? あのバカップルなら放っておいても勝手にくっついたと思うんだが」


「あのままだったら、いつか私がフることになる。好きな人をフラないといけないのってかなりつらいよ」


「別にフラなくても……ああ、いや、すまない」


「うん。兼人は自分で気づいていないだけで氷月さんの事がずっと好きだった。他の人が好きな男の子と付き合うなんてビターな恋愛は……私には早いよ」


「辛くはないのか」


「んーー」と来栖は大きく伸びをした後「よく分かんない」と言って僕達から背を向けた。


「よく分かんないよ。もう苦しまなくていいんだって安心してる反面、空っぽの心が心地いい。付き合えないって言われるよりかは辛くないかも」


「そうか……」


「でも」


「でも?」


「今は一人で泣きたい気分」


 そう言って来栖はフラフラとどこかへ行ってしまった。神崎は後を追おうとしたがやめた。来栖が去った方向は簡易ステージでイベントが催されている。人が多い所なら心配ないと考えたのだろう。


「君に幸多からんことを」そう呟いて神崎も僕達に背を向けた。


 来栖から2人をくっつける手伝いをしてほしいと言われたのはずいぶん前の事だ。最初は面倒くさくて気乗りしなかったけれど、氷月さんと来栖の間で揺れる八重山になぜだかイラッときた。だから手伝ったに過ぎない。来栖は初めから八重山にフられるつもりだった。途中で良い感じになったときはむしろ焦っていたものだ。一念発起すれば八重山と付き合える未来もあったかもしれないのに、来栖はあえてその逆を行った。その決断を神崎にはどうすることもできなかったが心苦しいと思った。けれど自らフラれる事を選びながらも無自覚に八重山の心をかき乱したところに来栖の苦しみが表れていると神崎は考えた。


 来栖は自分をひどい女だと言ったが神崎は違うと断言できる。彼女は誰よりも八重山の事を理解していて、誰よりも八重山の事を好きだった。


 それゆえに八重山と離別したのであれば、それは悲しい事だ。


 しかし誰も悪くはない。彼らは己が領分の中で精一杯の事をした。


 ただ一つ言える事は、彼らはみんな青臭いという事だけだった。

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