第5話


 僕はやってしまった。やってしまったが、済んだことは仕方があるまい。


 今週の土曜日にゆめさんとデートをする事になった。待ち合わせは駅前に10時。せめて高校生だとバレぬようにオシャレをしていかねばならぬ。一応アプリでは21歳の大学生という事になっているから変にかしこまった格好をしていく必要がないのが幸いであった。


 僕はスマホでオシャレと検索しながらため息をついた。しかし、不思議とワクワクもしていた。なんだかんだ言っても女生と取り付けた初めての約束である。自分が男子としてどれくらいちゃんとしているかを見られる機会だ。もしゆめさんに褒められたり「なんて男らしいの。素敵……」なんて言われたりしたら………それを思うたびに頭の中が桃色宿泊施設に収束してしまう。


「……しかし、デートコースは失敗だったな。初めて会うから軽い食事で済ませようなんて言うんじゃなかった。もしかしたら僕が金を持たない高校生であることがばれてしまったのではないか? それよりも、ゆめさん自身が傷ついているかもしれない。やっぱり遊園地とかにした方が良かったかなぁ……」


「おい、デートなんて聞いてないよ」


「そもそもデートにならないかもしれな……うわあ来栖!」


「女性とは無縁だと思っていたけんジィにもとうとう春が来たか……こりゃ今夜はお赤飯ですな」


「いやそういう訳じゃない……おいスマホを返せ!」


 来栖が僕のスマホを取り上げてにやにや笑う。「へぇー、けっこう高いの調べてるねぇ。ガッチガチじゃん」


 放課後だからと油断した僕が愚かだった。クラスメイトのほとんどは部活にいっているから教室には誰も残らぬだろうと思っていたがから、まさか来栖が残っているとは想像もしていなかった。彼女は今頃バレー部でよろしくやっているはずなのである。しかしユニフォームではなく制服を着ているところを見ると休んだのだろうか? まさか体調が悪いとか……いや、この風の子に限ってそんな事は無いと思うが。


「なんだって良いだろうが! 僕にとってそれは値千金の鎧武具。一世一代の晴れ着なんだぞ!」


「なになに合戦にでも赴くの? デートに行く心構えじゃなくない?」


「別にデートに行くわけじゃない。ただ、人と会うだけだ」


「ふぅん……?」


 来栖は口をとがらせてスマホをスワイプしている。すいすいと画面をスクロールしていくたびに不機嫌になっていく様子だった。


「この服じゃあダメだね。分かってない。女心がまるで分かってない。デートだからって見た目ばっかりよくするのは愚の骨頂さ」


「なんか怒ってないか?」


「怒ってはないよ。むしろ、心配?」


「君に心配される筋合いは無い」


 僕はひょいとスマホを取り上げると即座にスリープモードにした。と、そこへスマホが振動して通知がきたことを告げる。ゆめさんからであった。


「うわ、急に笑顔になった。やっぱり女の人と会うんだ」


「べ、べべべつに喜んだりしてないぞ!?」


「はいはい……。心配だなぁ、そんな様子で年上の女性ひとを落とせるのかなぁ」


「な、なんでそれを……」


 女の勘というヤツだろうか。僕が驚いていると来栖はなんでもお見通しだと言わんばかりにふんと鼻を鳴らした。


「やっぱり心配だよ。どう、いまから私とデートしない?」


 むしろ来栖には有無を言わせぬ様子があった。彼女の目が「お前は私とデートをするのだ」と脅迫しているようですらある。


「なんでお前と……」と断りかけてからはたと気づいた。


 いざゆめさんと相対した時はたして僕は平常心でいられるのだろうか? 恥ずかしながら女性経験の無い僕だ。オシャレしたお姉さんを前にして動揺し、意味不明な言動を繰り返したあげく高校生だとバレるシナリオは想像に難くない。


 そのうえ当日はゆめさんと対等な成人同士のやり取りを求められるはずである。ゆめさんに軽蔑されたらデートどころではなくなるのではないか? 対等なやり取りができずにぼろが出るならまだしも、あの人に軽蔑されてしまったら僕は立ち直れない気がする。


 と、すれば、来栖も一人の女性である。ぶっつけ本番で臨むよりも経験を積んでから臨んだ方が合理的ではないのか? 来栖を一人の女性として扱う事でゆめさんとのデートのシミュレーションにもなる。と考えれば来栖とデートするのも悪くはない。


「まあ、あのけんジィが私とデートなんて天地がひっくり返ってもありえな……」


「いいよ」


「いいの!?」


 来栖はすっとんきょうな声で驚いた。


「むしろお願いしたいくらいだ」


「ど、どうしちゃったの? 頭打った? それとも変な物食べた?」


 まったくもって失礼な話だが、来栖は額に手を当てて熱を測る仕草をした。


「いや、その方が良いと判断しただけだ」


「え、やだ、素直なけんジィ怖い……」


「というか体調という話なら君の方が悪いんじゃないか?」


「私は元気だよ。部活が無くなって暇していたところー」


「なるほど……」体調不良で休んだわけでは無いと分かっただけでもひと安心だ。


 僕達は連れ立って教室を出た。


 なんでも、来栖に行きたい場所があるのだという。

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