【コミカライズ】侯爵令嬢なのに、掃除ばかりしていたら婚約破棄されました

海空里和

第1話

「グレイス、君との婚約は破棄する」

「はい?」


 私、グレイス・ディッセンバーは、この国の侯爵家の一人娘。


 今日は婚約者のライネル第一王子殿下と王城にて、いつものお茶会デート。


「ライネル殿下、もう一度よろしいですか?」


 今日は殿下のルビー色の瞳に合わせて、綺麗な赤のドレスを新調してきたばかり。何かお気に召さない所があっただろうか?


 はっ!まさか、この栗色の髪の毛が合わなかったとか?! アップにしてくるべきだった?


 にっこりと微笑んでみせながらも、殿下のまさかの一言に、私は内心、的外れな心配であたふたした。


「だから、君との婚約を破棄すると言った」


 ……聞き間違いでは無かったらしい。


 やっぱりドレスが?


「殿下、このドレスが何か気に触りましたでしょうか?」

「君は何を言っている」


 私の言葉に、ライネル殿下は眉根を寄せた。


 どうやらドレスが原因では無いらしい。


 他に思い当たる節は無い。


 私は彼に相応しくあるよう、厳しい教育も受け、常に殿下のことを考えて来た。


 それに、ディッセンバー領で行っていた私の事業が認められ、王家から直々に王都の街も任された。


 父もそれは鼻高々で。


「先日君に連れられて街に出向いたが…」

「殿下のご意見を伺いたいと思いまして! いかがでした?」

「そういうところだ!」


 先日、殿下と城下町へと出掛けた。私が連れ出したのだけれど。


 その時の話題を出され、つい嬉しくなり声を弾ませると、反対に、殿下は声を荒げて言った。


「君はいつもいつも、楽しそうに仕事のことを話すが!!」


 突然の大声に私はびっくりして、肩を上下させた。


「汚れた街を見せられて不快だった!」

「殿下の守る国なのですよ……?」


 ライネル殿下は、本当に不快そうな顔で、私と目線を合わせようともしない。


 自分の国の改善すべき点に目を背けていては、上に立つ者として駄目だと思う。


 そう思って窘めるように言ったけど、殿下の機嫌は悪くなるばかり。


「ポイ捨てする奴らからは罰金を徴収すれば良いだろう!」

「それでは根本的な解決になりませんわ」

「うるさい!!」


 殿下はすでに聞く耳持たずな状態で。


「ライネル様……」


 殿下が完全にそっぽを向いてしまった所で、彼の後ろから一人の令嬢が歩み寄ってきた。


 ここは王城の中庭で、婚約者である私たちのティータイム中。


 護衛は離れた所にいるけど、ここに給仕以外で人が立ち入れるなんて。


「クレア!」


 サーモンピンクの長い髪を揺らし、潤んだ茶色の瞳を上目遣いに、殿下の元に来た華奢なご令嬢。


 殿下は彼女を見るなり、先程までの不機嫌な顔を明るくさせた。


「グレイス、私はこのクレアと結婚する。クレアこそが私の真実の相手なのだ」


 彼女の腰に手をやり、自分の元に引き寄せた殿下は、当然のように私に告げた。


 婚約破棄どころか、すでにお相手がいるなんて。


「殿下、このこと、国王陛下はご存知なのですか? 我がディッセンバー侯爵家にもお話は……」

「うるさい! うるさい! もう決めたんだ!」


 私の言葉に、殿下は癇癪を起こしてしまった。


 どうしたものかと困っていると、クレアと呼ばれたご令嬢と目が合う。


「ライネル様は、ご令嬢のくせに街を掃除して回っている汚らしいあなたに嫌気がさしているそうですよ」

「汚い……」


 思わず守ってあげたくなるような華奢なそのご令嬢は、見た目に似合わず毒舌だった。


「クレアの言った通りだ。君のように汚れた女は妃に相応しくない! 二度と顔を見せるな!」


 ライネル殿下に好き放題言われ、私は王宮を追い出されてしまった。



「あんの、アホ王子!!!!」


 城下町の行きつけのカフェ。


 通りをよく見渡せるテラス席が私の決まった席。


 そのテラス席で、私は思いっ切り拳をテーブルに振り落とした。


「だから、グレイスには合わないって言っただろ」


 そんな私をなだめるように頬杖をついて話すのは、友人のリオ。


 子爵家の息子で、騎士団で働いている。この城下町のエリアを任された隊を率いる隊長で、腕も立つ。


 休憩中はよくこうして、私の愚痴に付き合ってくれている。


「でも、次期国王なんだから、法律を変えられる力だってあるのよ。だから私はこの街の現状を知ってもらおうと……」


 そこまで言って悲しくなった私は、テーブルに突っ伏した。


「蝶よ花よと、もてはやされて育った甘ちゃんには無理だって」


 リオは私の頭を撫でながら言った。


 そう。ライネル殿下は甘やかされて育った。そのルックスから、ご令嬢の間でもキャーキャー言われてはいるが、中身はすっからかんのただのアホだったというわけだ……。


「あのアホ王子、ポイ捨てする奴には罰金を払わせとけば良いとか言いやがったのよ?! 浅はかだわ!」

「それで? グレイスはどうすれば良いと思うわけ?」

「ポイ捨てした人には、懲罰として街の清掃に参加する義務を負わせるのよ! 貴族だろうと誰であろうとね」


 人差し指を立てて、真剣に話すも、リオはそこで吹き出してしまった。


「グレイスは侯爵令嬢で、しかも懲罰でもなく清掃活動をしているのに?」

「私のは仕事よ!」


 不敵に笑うリオに、私は断固抗議した。


 金色の、耳まで長いサラサラな金髪を揺らめかせ、サファイアのような綺麗な瞳を細めて笑う彼は、悔しいくらいに顔が良い。


 あの、顔だけアホ王子、ライネル殿下と引けを取らないほど。


 友人のリオとあのアホ王子を比べるなんて馬鹿げているけども。


 とにかく、私の仕事は、街を綺麗にすること。


 ディッセンバー領で元々、お母様の手伝いでやっていた事業だ。


 領民には税金が使われることを全面に押し出せば、街を綺麗にしようという志を持つものが増えた。そして、領主であるディッセンバー家の者自らが掃除して周ることで、増々心に訴えかけることが出来た。


 すっかり綺麗になったディッセンバー領の街並みに感動した国王陛下は、王都の街も綺麗にして欲しいと依頼してきたのだ。……アホ王子の婚約話と一緒に。


 王都はここ数年、ポイ捨てが横行している。屋台のゴミは当然のように道に捨てられ、王族のお膝元である街並みは様変わりをし、汚くて異臭を放っていた。


 国はゴミ箱の設置を増やしたが、時既に遅し。


 掃除しても掃除してもいたちごっこの王都に匙を投げた国王陛下は、ディッセンバー家にこの話を持ってきたのだ。


「清掃の懲罰ねえ。グレイスの考えはやはり面白い」


 口の片端を上げて笑うリオが何だか悪役に見える。


「だって王都に住む貴族は税金が湯水のように使われたって何にも感じないでしょ。だったら、労働を自ら味わってもらうのが一番良いと思うのよ」


 そう。この王都美化事業には、国の税金が使われている。清掃による雇用を生み出せるのは良いことだけど、税金を無駄には使えない。人数は必要最低限の少数精鋭で。


 だから、足りない部分を私が補い、掃除して回っているのだ。


「だからって、侯爵家のご令嬢が使用人みたいな真似…」


 リオはクスクス笑っている。けして私を馬鹿にしている訳ではない。それがわかるくらいの関係性ではある。


 リオと初めて出会った時、私は王都で掃除をして周っていた。


 ポイ捨てをした男性と揉め、手をあげられそうになったとき助けてくれたのが、リオだった。


 それ以来、護衛と称して私の清掃活動中には付き添ってくれるようになった。


「私ってそんなに汚らしいかしら」


 ライネル殿下とあのクレアと呼ばれたご令嬢に言われたことが、重く心にのしかかる。


 ため息をついた所で、リオの右手が私の頬に急に添えられた。


「俺は、どんなに着飾ったご令嬢よりも、エプロン姿のグレイスが綺麗だと思うけど?」

「?!?!」


 さっきまでのからかう表情とは違った、真剣な表情に、胸が跳ねる。


 顔が良いから、余計にドキドキしてしまう。


「あああ、ありがとっ!」


 顔を赤くしながらも、精一杯返事をしてみせると、余裕顔のリオは、甘く、微笑んだ。


 何、その顔!!!!


 友人であるはずのリオの見せた『男性』の表情に、ドキドキが止まらない。あのアホ王子にさえドキドキしたことなんて無いのに。


 さっきまでの重たい気持ちは、どこかに行ってしまった。


「で、これからどうすんの?」


 私から離れたリオは立ち上がって、これからのことを聞いた。


「婚約破棄された女なんて、貰い手もないでしょうし、私はこの仕事を成功させて、一人で立派に生きていくわよ!」


 この国の第一王子に婚約破棄されたのだ。その噂は社交界をあっという間に駆け巡るだろう。 


 ライネル殿下の協力もあれば、美しい王都を取り戻せると期待していたのに。


「ふーん。それは、虫が寄ってこないように手を打たないとね」

「大丈夫! ちゃんと王都を綺麗にしてみせるから!」

「………」


 リオの言葉に、力一杯返事をすると、何故か生温かい笑顔で見つめられた。


「まあ、俺も動く時ですかね」

「????」


 リオは何故か清々しい顔をして、謎の言葉を残していった。


 それから、両親に婚約破棄のことを話すと、二人は驚いていた。王家からは正式に話が来ていないらしい。


 やっぱり、ライネル殿下の一存なのかしら。


「しかし、あのアホ王子にうちの娘をやらなくて済むなら良かった」

「そうね。むしろあちらから言い出してくれて良かったわ」


 ライネル殿下をアホ王子呼ばわりする両親。いや、私も言ったけどね。


 両親は元々、ライネル殿下を王太子にすることに反対していた。表には出ていないけど、優秀な弟王子がいるのだとか。


「この機にあのアホ王子、追いやってくれようか」


 お父様が悪い顔をしている。そして、「グレイスの悪いようにはしないよ」と私の頭に手を置いて、笑った。



「グレイス! 今すぐこの王都から出ていけ!」


 翌日、いつも通り王都の掃除をしていると、ライネル殿下がクレア様を連れてやって来た。


「ええと、私は国王陛下の命を受けて王都にいるのですが……」


 殿下もご存知だと思っていたのだけど……。


 突然やって来たライネル殿下に、首を傾げると、クレア様が私の前に立ち塞がった。


 ちょうど汚れた石畳を磨くために屈んでいたので、見下される形になった。


「ライネル様は、貴族のくせに汚らしい貴方に王都から出て行って欲しいと言っているのですわ」


 だから、国王陛下の命でも無く、何の権利があって言っているのだろう?


 立ちはだかるクレア様にも首を傾げていると、彼女は持っていた包をぐしゃりと握りしめると、手を離した。


「……道にゴミを捨てないでください」


 クレア様を真っ直ぐに見つめて私はそう言うと、落とされたゴミを拾おうとした。


 ガッと音がしたかと思うと同時に、私はクレア様に蹴られて道に転がっていた。


「私は王太子妃になるのよ?! 命令しないで! これだから、汚らしい人は嫌なのよ!」

「クレア、大丈夫かい? グレイス、その汚らわしい姿を二度と見せるな!」


 クスクス。


 気が付けば、ライネル殿下の取り巻きまでもいて、取り囲まれていた。


 ライネル殿下とクレア様、取り巻きの人たちに笑い物にされている。


「……何がそんなにおかしいんですか……。私は、この国の、王都のために……」

「やだ! ゴミが喋ったわ!」


 私の言葉はお二人には届かず、クレア様の言葉で、周りが再び笑いで湧いた。


 何で、こんな人たちに私は馬鹿にされないといけないの……。


 こんな人たちのために泣いてはいけない。私はこの仕事に誇りをもっているのだから。


 ギュッと手を握りしめ、私は立ち上がろうとする。


 途端に、視線が地面に向いた。


 背中には、クレア様の足。


「ゴミの分際で、誰の許可を得て頭を上げているの?」


 頭上から嘲笑うクレア様の声が聞こえた。


 どうやらクレア様に踏まれているらしい。


「グレイス!!」


 悔しさに顔を歪めていると、汗だくになって駆けつけてくれたリオの姿が目に入った。


 ホッと安心して、力なくリオに微笑んで見せると、彼は見たことのないような怖い顔をしていた。


「どけ!」


 リオはクレア様を押しのけて、手を差し伸べてくれた。


「グレイス、遅くなってすまない……」

「ううん、リオ、来てくれてありがとう」


 心配そうに見つめていたリオは、私の言葉を聞くと、力強く抱きしめた。


「リオ?!」

「グレイスにこんな思いをさせて、本当にすまない!」

「リオのせいじゃないのに何で謝るの」


 本当は、大勢に囲まれて怖かった。だから、リオが来てくれて心底安心した。


「ちょーーっとおーーー??」


 クレア様の甲高い声で、私はびくりと身体を固くしたけど、リオはよりいっそう抱きしめる手に力を入れた。


「グレイス、立てる?」

「うん、ありがとう」


 リオに手を取られ、私はようやく立ち上がることが出来た。


「ちょっと!! 無視しないでよ! この私に何をしたかわかっているの?! 騎士の分際で!」


 クレア様は烈火の如くお怒りになっている。


 助けてくれたのは嬉しいけど、騎士団の隊長とはいえ、リオの立場では咎められるかもしれない。


 リオに取られた手を思わずギュッと握れば、彼は「心配ない」とばかりに微笑んだ。


「ライネル様!! この騎士を罰してください!」


 そう言ってリオを指差したクレア様。


 どうしよう、とライネル殿下の方を見れば、彼は苦い顔をしてこちらを見ていた。


 どうしたのだろう?と思っていると、殿下が口を開く。


「リオネル……」

「お久しぶりです、兄上」


 あ・に・う・え


 そう頭の中で繰り返してフリーズした私は、もう一度リオの言葉を反芻したのち、ぐりんと首を彼に向けた。


 クレア様も私と同じ、驚いた表情をしている。


 リオは私の視線に気付き、ニコリと笑って見せると、すぐにライネル殿下に向き直った。


「兄上、彼女は父上の命で仕事をしているのです。あなたの一存でどうこう出来るはずがありません。ましてや、彼女に危害を加え、罵るなど……」


 冷ややかな表情でリオはクレア様の方を見た。


 クレア様の表情はみるみる青くなっている。


 まだ状況を整理出来ていない私は、ぽかんとリオの言うことに聞き入っていた。


「グレイスは私の大切な女性です。彼女に手を出すなど、兄上、貴方であっても許しはしない」


 真っ直ぐに放ったリオの言葉に、私の心は跳ねた。彼は友人として大切だと言ってくれているに過ぎない。それでも、私は嬉しかった。


「何を許さないと言うんだ! お前は騎士団で使われているだけのくせに、次期王太子である兄の私に何が出来るというんだ!」


 弟であるリオにまで不遜な態度のライネル殿下。ふんぞり返って偉そうにしている。


 そんなライネル殿下に、リオは不敵に笑った。


「兄上、次期王太子は私ですよ?」

「は……」


 リオの言葉に、ライネル殿下の表情が固まった。


「な、にを…でたらめ……」

「でたらめではない!」

「お父様?!」


 突然お父様がその場に現れたので、私は驚いた。


「ライネル殿下、娘に一方的に婚約破棄を申し付けたかと思ったら、次は王都から追い出そうと?」


 詰め寄るお父様に、ライネル殿下はたじろいでいる。あんなに偉そうな態度だったのに、縮こまってしまっている。


「娘は、国王陛下から正式に命を賜っております。それを邪魔しようと! あまつさえ、娘に危害を加えたなど! これは、リオネル殿下の立太子だけで済む問題ではありませんね?」


 ライネル殿下を糾弾していたお父様は、騎士団の後ろを見た。


 リオが連れてきたであろう、王都の騎士団がいつの間にか取り囲んでいる。


「ああ。ライネルは廃嫡に処そう。ディッセンバー侯爵、すまなかった」

「こ、国王陛下?!」


 騎士団を縫って前に歩み出たのは、国王陛下だった。


 お父様に続いて、慌てて礼をする。


「グレイス嬢、本当にすまない。君みたいな素晴らしい婚約者がいれば、ライネルも立派に成長すると親心ながらに期待してしまった。辛い思いをさせてすまなかったね」

「恐れ多い言葉でございます……!」


 陛下からの心からの謝罪に、思わず恐縮していると、お父様が陛下に促すように顔を見合わせた。


「ああ。グレイス嬢、君さえ良ければ、今後はリオネルの妃として、支えてやっていって欲しい」


 突然の陛下のお言葉に、私は固まった。


 へ??リオの??婚約破棄されたばかりなのに??


 頭の中のパニックが止まらない私に、お父様は優しく肩に手を置いて語りかけた。


「リオネル殿下はずっとグレイスのことを想ってくださり、守ってくださっていたそうじゃないか」

「ええ?!」


 リオが?私を?!確かに、守ってはもらっていた。でもそれは友人としてで。


「父上……」

「ああ、そうだな。後は二人で話しなさい」 


 リオが陛下に声をかけると、陛下もまた優しい表情で私を見つめた。


「私は皇后になれるはずだったのよ〜!!」


 騎士たちに連れられて、クレア様はぎゃあぎゃあ騒いでいた。ライネル殿下はすっかり気力を無くしたみたいで、騎士たちに抱えられながら連れられて行った。


「さて」


 騒がしい一行が去り、私はリオと二人きり。


 急にこちらを向いたリオに、心拍数が上がる。


「リ、リオが王子殿下なんて聞いてない! だって、子爵家の息子だって……」


 王子殿下相手に、思わずいつもと変わらない口調で話しかけてしまった。


 かなり動転しているみたい。


 そんな私に、リオは眉を下げて笑いながら、近づく。


「ごめん、ごめん。そもそも、王位なんて興味なかったからさ。勉強という名目で俺は、騎士団に逃げていた。でも、グレイスと出会って……」


 ジリジリと詰められた距離はあっという間に縮まり、リオの手が私の頬に伸びる。


「グレイスが幸せなら良いと思っていた。でも、あのアホ兄貴は君を傷付けるばかりで……。俺が幸せにしたいと思った」


 私の頬を撫でるように手を滑らせ、リオの真剣な表情に、目が離せず、私は固まっていた。


「そのために裏で手を回しているうちに、こんなことになってしまってごめん。怪我はない?」

「大丈夫……。助けてくれてありがとう」

「あのアホ兄貴と婚約者がグレイスの前に現れることは二度と無いから、安心して」


 そう言っている間も、リオの頬を撫でる手が止まらない。


 私はその言葉に安心しつつも、心臓がバクバクして落ち着かない。


 真っ赤になりながらも頷く私に、リオはくすりと笑うと、口元を私の耳に近づけて囁いた。


「グレイス、俺にしとけよ」

「!!!!」


 耳を押さえながら、真っ赤になった私は思わずリオから離れようとした。


 したけど、リオからぐい、と腰を引き寄せられ、彼の腕の中に捕らえられてしまった。


「頼むよ、グレイス。ずっと好きだった。俺と結婚して欲しい」


 リオからの真剣な言葉に、ドキドキが止まらない。


「それに……、グレイスの王都美化計画をより良くするために、俺は力を持っているよ?」


 コテン、と首を傾け、私を見つめるリオ。


 それは魅力的ですね……。


 じゃない!!うう、ズルい!!


「まあ、色々言ったけど、グレイスもさ、」

「?」


 真っ赤な両頬を両手で覆っていると、リオの手が伸びてきた。


「グレイスも、俺のこと好きだろ?」

「!!!!」


 私の両手の自由を奪ったリオは、そのまま私に口づけをした。


「!!!!」

「素直に好きって言わないと、もう一回キスするよ?」

「ズルい!!!!」


 至近距離でからかうように笑うリオ。


 ううう。リオの言う通り、私はリオが好きだ。


 いつも私の側にいてくれて、話を聞いてくれて、守ってくれていた。


 かけがえのない存在。


 私は覚悟を決めて、リオに真っ直ぐに向き直った。


「リオ、いいえ、リオネル殿下。私もあなたのことが好きです」


 私が言い終わると、リオは甘くはにかんだかと思うと、もう一度、私に口付けた。


「!!素直に言ったのに!!」


 せっかく直した言葉使いがまた元に戻ってしまった。


「リオネル殿下って何? リオって呼ばないともっと凄いのするよ?」


 リオは不機嫌そうな表情で、顔を至近距離に持ってきた。


「リ、リリリ、リオ!!!!」


 慌ててリオの名を呼べば、彼は満足そうに微笑んだ。


 うう、こんな心臓が壊れそうなほどリオに振り回されて、私はやっていけるのかしら?


 真っ赤な顔を俯かせれば、再び私はリオに抱き寄せられ、キスをされるのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

【コミカライズ】侯爵令嬢なのに、掃除ばかりしていたら婚約破棄されました 海空里和 @kanadesora_eri

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ