紫月

鮎川伸元

紫陽花みたいな女の子

 夏祭りの用意で人が通りにたくさん集まっている炎天下の昼。全ては店長の一声で始まった。

「ねえ、あの子大丈夫かな?」

 店長が僕の頭を鷲掴みして、僕の視線を無理やり女の子に合わせる。

「あっホントだ。確かに信号前に女の子がいますね」

 僕の感想なんてこんなもんだった。

「このままだと熱中症になっちゃうよ、あの子。せめて親が来る間?だけでも中に入れてあげよ」

 店長はそう言って、喫茶店の外に向かう。

「お嬢さん。こんな暑い中どうしたんだい?とりあえず、暑いからうちへ入ろう?」

「ううん。ここで待つ」

 女の子の意志は意外と強かった。

「おかあさんにここでまてっていわれているの。だから、ここでまつ」

 店長はやさしく続ける。

「そっか~。おかあさんの言うことちゃんと守れてて偉いね」

「うん」

「でも、ここで待ってたら、暑い人がなる病気になっちゃうよ。君のおかあさんも、君が病気になっちゃったら悲しいと思うな。だから中に入って涼まらない?別に私は悪い人じゃないよ」

店長は優しく諭す。さすがシングルマザーの店長だ。子供の接し方に歴戦の猛者感を感じる。ていうか、何が悪い人じゃないだ。高校生を最低賃金並みの給料で働かせておいて、ぐぬぬ.....解せぬ。僕は皿を洗いながら、ふたりの会話に聞き耳を立てる。

それから数十秒後、僕が皿を洗っているうちに、話がついたらしい。カランコロンとよくある喫茶店の鈴が鳴る。どうやら店長の説得は成功したらしい。

「よし、じゃあ好きなとこに座って。あっそういえばお名前を言っていなかったね。私の名前は洋子。おねえさんって呼んでくれてもいいよ。君の名前は?」

「.........」

 残念ながら、女の子は名前を教えてくれなかった。しばらく沈黙が続く。多分店長のメンタルが少し傷ついたのだろう。店長が口を開く。

「あっあと、あそこで皿を洗っている人は葵。陰キャなヤツだけど、頼れる良い奴だよ」

「陰キャは余計でしょ」

 僕はすかさず突っ込む。

「えっとじゃあお嬢さん。親のことを教えてくれないかな?お名前とか、住所とか」

「う~んとね.........」

女の子は少し黙り込んだ後、あっと顔を向ける。

「あっ。わたしおかあさんにわたされたかみもってるよ」

「そう?じゃあそれを私に見せてくれないかな?」

 女の子はポケットから紙を取り出す。その紙には電話番号が書かれていた。

「見せてくれてありがとう。ちょっとその紙を貸してくれないかな。一回電話してみるね」

 店長がもらった紙を持って、店用の電話の所まで行く。

プルルルル、プルルルル電話の鳴る音がした。

「あっはい、もしもし。喫茶店○○ですけど............はい............






遠くから皿を洗いながら聞いていたが、店長の態度が一気に悪くなる。なんだか不穏な感じがして、早歩きで女の子の所へ行く。女の子の顔を見ると、女の子は不安げで申し訳なさそうな顔をしていた。多分いつものことなのだろう。

「ねえ。なにかジュースとか飲まない?お兄さんが奢ってあげるよ」

そういえばこの女の子は一切笑っていない。ずっと下を向いている。だからとりあえず今は、この子を笑顔にしたいな。

「ほら、リンゴジュースとかオレンジジュースもあるよ」

「オレンジジュース.........」

「オレンジジュース?オッケー!お兄さんに任せなさい!!」

僕は早速オレンジジュースのパックを冷蔵庫から取り出して、グラスに注ぐ。

「はいど~ぞ!!めしあがれ!!」

「うん............ありがとうございます.........」

 こんなに小さい子なのにとっても利口で僕は感心した。

「どう?美味しい?」

 僕がこう言うと、女の子は俯きながら

「美味しい............」

 バイトだか、おいしいって言ってもらえると、酷暑の中買い出しに行ったかいがあるってもんだ。

「え~と、それじゃあ。君の名前を教えてくれないかい?ずっと君って呼ぶのはなんか悲しいよ」

少し間が開いた後

「紫月.............」

「紫月っていうんだね。教えてくれてありがとう」

僕がそう言い終えた時、なぜが紫月ちゃんが急に泣き出してしまった。




「え~どうした?なにかした?」

 え~?子供がなく理由が本当によく分からない。僕が何もできずにいると、店長が鬼の形相でこちらに向かって歩いてきた。

「ねぇ葵?!聞いてよ!!この子の親がさ~!!!保護してくれたのなら、今日の夜まで子供を見といてくれない?!とか言うんだよ?まじ途中でブチギレて好きにしろ!!って電話切っちゃったわ!!」

「なんで途中で切ったんですか」

 僕は半ば呆れて言い返す。でもなんでこの子が泣いているのか、少し分かった気がする。

「おかあさんに早く会いたいんだよね」

 僕は紫月ちゃんの頭をなでなでする。

「さみしい............でもわたしまてる」

「そっか~偉いね。ちょっと待ってて」

 僕はあることを思い出して、店長に駆け寄る。

「店長。紫月ちゃんの親、今日の夜まで来ないんですよね」

「うん。電話でそう言ってた。ほんと信じらんないよね。この喫茶店は6時には閉めるし.........私は保育園に子供を迎えに行かないといけないし.............」

 僕は思っていたことを伝える。

「じゃあ僕が紫月の親が来るまで、夏祭りでも一緒に回っときますよ。喫茶店に張り紙を張っておいたら、いつ紫月ちゃんの親が来ても大丈夫だろうし」

店長は、ウーンと悩んだ後。

「分かった、ごめんね。巻き込んでしまって、本来は私が何とかするべきなのに」

そう言うと店長はレジから千円札を何枚か抜き出して僕に渡した。

「それで紫月ちゃんと楽しんでおいで!!」

「ホントにいいんですか。やったー!紫月ちゃん!!今日は店長の奢りだよ。店長にアリガトウしよ!!」

僕は紫月ちゃんの手を握って言う。

「はい、せ~の!!」

「ア~リ~ガ~ト~ウ!!!」

「あ~り~が~と~お!!!」

僕は完全に舐めた口調だったのに対し、紫月ちゃんは真面目だった。ほんと、紫月ちゃんは純粋だ。

「はい!どういたしまして!!」

店長がしゃがんて、紫月ちゃんとおんなじ高さでお礼を言った。そして立ち上がると、僕に向かって強烈な圧をぶつけてきた。

「この子を見てくれる分には感謝しているけど、変なことをこの子にしたら許さないからね」

「ハ...ハィ.............」

やっぱり店長は怒るとやっぱり怖い。










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