第二話 狐憑き
物心ついた頃。
私の顔はまだ、人の顔をしていました。
お母さんに似ていたと思います。
だけど、五歳のある日。
「妖だ! 逃げよ!」
私が住んでいた村が一匹の妖によって襲撃を受けました。
外を歩けば、妖に騙される。
騙された者は二度と戻ってはこない。
そう言われて、絶対に一人では外に出ないように両親から言われていました。
その日も、一人で外に出たわけではありませんでした。
ただ、妖が出て怖くて、逃げるように言われたからお母さんや女中さんと一緒に外へ飛び出しました。
村や屋敷にいては、家屋が破壊されて下敷きになってしまうから。
そんな私たちの元に一匹の九尾の狐が降り立ちました。
「グルルルルル」
唸る九尾の狐は、手傷を負っている様子で警戒を向けています。
それが幼い私には可哀想に見えて。
「狐さん怪我してるの? 大丈夫?」
「燿子! 近づいてはダメ!」
私が九尾の狐に声をかけるとの、お母さんが私の手を引くのは同時だったと思う。
「貴様の声を聞いたぞ娘!」
本当は「グルル」と言っていただけのような気がするけど、私には九尾の狐が話したように聞こえました。
九尾の声が聞こえた後に、私は意識を失って、次に目覚めた時。私は顔が狐になっていました。
狐憑き。
妖怪に取り憑かれると言う話は聞いたことがありましたが、私には狐の顔と狐の尻尾が生えて、体は人の物でした。
お父様やお母様は、治す方法はないのかと高名なお坊様や、妖祓いを専門にされている陰陽師様。そして、異能侍様を私のために呼んでくださいました。
ですが、お坊様のお経は意味をなすことなく。
陰陽師様の鑑定では、私と九尾の狐は同化をしてしまっているので、九尾の狐を取り除けば私も死んでしまうと言われました。
異能侍様は、私を妖怪として斬ろうとなされました。
お父様は私の不遇を嘆き。
お母様は私の姿を見て、泣く日々でした。
幸いなことに、五歳の私には妹と弟がいて、彼らに愛情を注がなければいけない両親は、私のことに落胆した気持ちを立て直して、狐取り憑かれた私を愛してくれるようになりました。
妹や弟も、私の顔が狐である頃から物心がついたので、姉は狐であることを受け入れてくれました。
ですが、大きくなるにつれて物を知り、兄弟姉妹たちが、私が妖憑きだと知ると、距離を取るようになり。
たった一人の女中を除いて、両親以外から私は避けられるようになっていきました。
孤独で、寂しさを感じなかったのは両親と専属女中をしてくれたタエさんがいたからです。
「良いですか、燿子様。いつか、燿子様が嫁がれた際に、旦那様のお世話をしなければいけません。お料理やお洗濯、お掃除の方法は覚えていて損はありませんよ」
兄弟姉妹が、女中にしてもらう家のことを。
私はタエさんの指導の元で習うことになった。
結婚などできるはずがない。
だけど、両親が他界して、身寄りがなくなれば私は一人で生きていかなければならない。タエさんはそれを危惧してくれていたのだと思いました。
八歳の頃から、離れでタエさんと暮らしながら両親に会うことだけが私の楽しみになって七年の時が過ぎ去った。
そんな折に、お父様から縁談の話を持ちかけられました。
私のような狐の顔をした娘に縁談? 何かの冗談だと思いました。
ただ、もしも縁談があるのなら、それは成人して外に出れない私をとうとう両親が厄介払いのために、農家の娘として嫁がせようと思ったのかもしれません。
七年で家事仕事や裁縫など、様々な手解きをタエさんがしてくれたので、農家に嫁いだとしても生きていけると思います。
これまでのお礼を両親に告げて、縁談を受けることにしました。
これ以上、両親に迷惑をかけてはいけません。
どれだけ酷い扱いを受けようと、私は妖憑きなのだから捨てられて当然なのです。
そう思って諦めていた。
「お前の縁談相手は、異能侍をされている叢雲家の長男である誠一郎殿だ」
「えっ?」
異能侍は、大正の世でも出世頭の家を意味する。
当家も一つの村を取り仕切る豪族ではあったけれど、異能侍と言えば、我が家よりも格上の相手になる。
「どっ、どうして叢雲様は、私のような妖憑を嫁に?」
正直な気持ちを言葉にしてしまった。
余計なことを言う必要などなかったのに、厄介払いではあいのかと疑問が浮かんでしまった。
「燿子、誤解しないでほしい。お前を祓うためではないのだ。どうやら叢雲家の長男である誠一郎様は無能なのだ」
「無能?」
「そうだ。異能を持っておらず。叢雲家でありながら異能侍ではない」
あ〜、納得してしまった。
これは互いの家の厄介払いなのだ。
両親は、良い人だ。
だから、少しでも私に良いところへ嫁がせてあげようと言う思いが伝わってくる。
そして、叢雲家の方々は無能と呼ばれ、他の家に出せない男子を可哀想な妖憑を嫁がせることで体裁を取ろうとしているのだ。
「委細承知しました。私は叢雲家へ嫁がせていただきます」
「そうか! うむうむ、娘の嫁入りだ。盛大に行うぞ!」
お父様は私が申し出を受けたことで喜んでくださった。
私はそれだけでこの縁談を受けて良かったと思える。
嫁いだ先で不可解な死を迎えようと、両親の喜ぶ顔が見れただけで、私は思い残すことはない。
これまで妖憑になっても変わらない愛を注いでくれた両親のことが大好きだ。
私はタエさんにこれまでの礼を述べて、花嫁として家を出た。
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