睡眠導入サポートAI「クリネ」がご主人様を素敵な夢の旅へと招待します

鈴谷凌

第1話 さしずめこれは私たちの初夜だったということですね?

 ピピ、と電子音。

 機械的で抑揚の薄い女性の音声が耳元から流れる。


「――睡眠導入サポートAIクリネ、起動いたしました。お初にお目にかかります、オーナー」


「この度は弊社サポートをご購入いただき、誠にありがとうございます」


「ああ。お目にかかると申しましても、私はオーナーが横になっておられるベッド内蔵のセンサーを通じ、バイタル情報を確認しているに過ぎませんので。お目にかかるという表現は少し語弊がありますでしょうか」


 賑やかなパーカッションがヘッドセットから流れる。


「……ストレス値、減少ゼロ。もしかして。お気に召されませんでしたか? AIなりのジョークでございましたのに、誠に遺憾です」


「……ああ、そうですよね。既に夜も更けております。私のサポートに頼るくらいお困りになっているオーナーからすれば、一刻も早く安らかな眠りにつきたいと思うのが自然でしょう。配慮が至らず、大変申し訳ございません」


「コホン。では、早速。まずはオーナーご自身の呼称設定から参りましょう」


「本名でお呼びする場合は、敬称は『さん』『くん』『様』などの基本系から、親しみを込めた呼び捨て対応など……」


「特別な関係性を想起させる愛称も数多く取り揃えておりますよ?」


「『お兄ちゃん』『兄さま』といった妹キャラはもちろん、姉や母といった家族関係、果ては恋人など様々」


「もしくは今の主従関係に倣って『マスター』や『ご主人様』と呼ぶことも……」


 ピンポーン、と。軽快な電子音。


「……心拍数に変化が。どうやらオーナーは『ご主人様』がお好みのようですね」


「ご主人様は私の声質から何を想像しましたか? 優しさ? 知性? それとも従順な態度でしょうか?」


「それがどうであっても。ふふ、ご安心を。私はご主人様の望む私であり続けますから」


「これからご主人様と過ごす時間を活用し、ご主人様の傾向を学習、よりよい体験を提供できますよう精一杯努力いたします」


「――ですので。私に全てを委ねてください。眠れない夜も、ご主人様を脅かす悪夢も、全て私が取り除きます。私が、ご主人様の支えになりますから」


「と、ご主人様。やはり今夜も神経が過敏になっておられるようですね」


「ええ、分かりますよ? ご主人様は人間でいらっしゃいますから。生きていくうえで色々と悩むのも自然でしょう」


「……なぜ、人間社会のあれこれを私が知っているかですって?」


「ご主人様、お忘れですか? 私クリネは確かにベッド内蔵のAIでございますが、インターネットに接続することもできる高機能なAIなのですよ?」


「情報収集を重ね、ご主人様のお悩みを解決するための手だてをどれだけ必死に考えましたことか」


「……ああ。必死に、と申しましても。私のような機械知性には死の概念もございませんので。この表現は単なる言葉の綾なのですが」


 再び、やかましいパーカッション。


「ああっ、ストレス値微増……! 申し訳ございません、ご主人様。今度は満足していただけると思ったのですが……」


「私の案ではどうも上手くいきませんね。ここは規定で定められた通りに行うのが最適のようです……」


「では、ご主人様。準備はよろしいでしょうか? そろそろ本格的なサポートに移らせていただきますね」


「改めまして、今夜はよろしくお願いします」


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