和解と祝福

「申し訳ございません。留守の間に随分とお世話になったようです。村を代表してお礼申し上げます。ささやかですが、お食事を用意しましたのでお楽しみください」


 戻ってきた村長たちは、的確な指示を繰り返し、村はだんだんと静かな村へと戻っていた。日も落ちて暗くなったころ村長がアウレール・リーツを家に招いて歓迎し始めた。なぜかアリアも一緒だ。


 呼ばれたとき、あの話のことだと思って緊張して尋ねてみたらアルレールもいて、まさかの歓迎スタイルで拍子抜けした。


「ああ。称賛は感謝するが。苦しい中だ。こんな無理をしなくてもよかったのだが」

「そうはいきますまい。聞けばアリアも助けて貰ったとのこと。アリアは村の大事な巫女ですので。助かりました」


 遠慮しながらも口を付けないのは失礼だと思ったのか、口に運びながらアウレールは戸惑いの表情を見せる。


「その巫女と言うのは世界樹に関係しているのか? そもそもなぜ世界樹が存在するのに同時に魔物も存在するのだ。世界樹の発生と共に魔物は世界からいなくなるはずではなかったのか」


 アウレールの言葉に村長は困った顔をした。それも一瞬のこと。


「世界は平和ですよ。多少魔物が出るものの我々はこうやって生きていけております。それはすべて騎士団長様のおかげ。それは代々この村に伝わることにございます」


 アリアとすれば衝撃の事実が明かされていく。


 アウレールは物語の騎士団長。それに大樹が世界樹。あれは物語の中だけじゃなかった。実際に存在するものだなんて。村長がそのことを知っていたのに秘密にしていたのも衝撃は大きい。


「これが平和? 魔物に怯えながら生きていることがか? それではそれまでの世界となにも変わらない。一体どうなっているんだ?」

「そ、それは我々にも分かりません。世界樹が生まれてから幾年経ったのかも分からないのです。騎士団長様の時代の事など伝わってもおりません。あるのは枯らしてはいけないと言う伝承だけです。そのために巫女が必要だ。それ以外は伝わってないのです」


 アウレールは考え込んでしまう。アリアは理解が追い付かない。村長がある程度理解していることすら追い付いていない。


「あの。どういうことなのか教えていただいてもよろしいでしょうか」


 沈黙も合わさってたまらず割ってはいってしまう。アウレールはこちらに一瞥もしない。村長はため息をついてどうするか検討しているようだ。きっと今日の出来事は村長にとっても予想の範囲外なのだ。


「ふぅ。よかろう。アリア。お前ももうすぐ巫女のお役目の時が来る。であれば知っておいてもいいだろう。それくらいの権利がお前にはある」


 そう言ったものの村長は中々、口を開こうとはしない。それだけ口にするのが阻まれる内容なのだ。


「世界樹」


 そうしゃべり始めたのは村長でなくアウレールだった。


「あれは、魔穴を塞ぐために生やされた樹だ。強大なマナを持つものが自らの肉体を犠牲にして存在しないはずの巨大さを実現するために禁断の術を使ったその成果物。魔穴さえ塞がってしまえば世界に現存する魔物を一掃するだけ。もう増えることはないし、世界は平和になるのだと。そう教えられた。だから協力したのだ」


 到底信じられる話ではない。そんなのは物語の話だ。でもきっと本当の事だと。アリアは受け入れ始めていた。でなければ両親がいなくなった意味もなかったことになってしまう。なんとかんく想像していたことがだんだんと形を作っていく。


「騎士団長様の時代はそうだったのでしょう。しかし、現実は少し違いました。世界樹が成長するにつれ魔物は増えていったのです。少なくとも私はそう教えられてきました。そしていつの日か、世界樹が持たない日が来ることも」

「それではあれはすべて無駄だったと言うのか? 魔物を一掃するために自ら命をささげたと言うのに。俺は称賛もされず、ただただ無駄に命をささげたと? そう言う事か? 挙句の果てに年端も行かぬ娘を贄にささげて世界樹のマナを枯らさないようにし続けていたと。その役目をこの村が担っていたと。そう言う事なのか。なにせ、当時こんなところに村どころか人も住んでいなかった」


 巫女の役目。両親が消えた理由。教えてはくれなかったが。父がい亡くなる直前の言葉がそれが事実だと告げている。


『アリア。きっとどう転んでもお父さんとお母さんは戻らない。でも一緒に連れていくことも出来ないんだ。そうしたらお前まで消されてしまう。それだけは耐えられない。もし、お母さんを助けることが出来たら、迎えに来るからそれまで待っていておくれ』


 あの日、急に頭が重くなって意識が朦朧とする中で聞いた言葉だ。自分で補完した部分もあるだろうが、忘れられるはずもない。いまだに胸の奥に刺さり続けている。


「騎士団長様のおっしゃる通りです。巫女とはその身を捧げ世界樹にマナを供給することを役目とした存在。それ故にマナの保有量が大きい一族が代々引き継いでおります。アリアは今代の巫女。次代の巫女が生まれるまでいくばくかの時間があるかと思いましたが、それもかなわぬ故、明日には儀式を執り行います。それでこの周辺にいる魔物もいなくなりましょう」


 村長の話とはやはりそのことなのだ。これまで覚悟はしてきたがいよいよ。サリアや村の人たちが助かるのならばそれでいい。


「それは本当なのか? 世界樹さえ正しく作用していれば魔物はいないと?」

「ええ。そう伝わっていますし、実際襲われることも少ないのが現状です」


 アウレールは納得したのか、また黙り込んでしまう。


「ささ、どうぞお食べください。村を救ってくださった騎士団長様です。遠慮はいりません」

「あ、ああ」


 アリアはとてもじゃないが、食べる気にならず。村長がアウレールに気を取られている間に、村長の家を抜け出した。

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