運命

 村は静まり返っていた。


 先ほどまでの喧騒が嘘みたいだ。


 みんな村の広場に集められて、村長から状況の説明があった。それまでは騒がしかったのだ。どうすればいいのかみんなで必死になって相談しあっていた。それも村長から状況を説明されると、想像以上の絶望にみんなが一斉に黙ってしまった。


「ねえ。私達どうなっちゃうのかな」


 隣で震えているのはサリアだ。アリアを見つけるや否や近づいてきて寄り添うようにずっと離さない。気持ちは分かる。


「きっと大丈夫だよ」


 アリアは自分のことながら無責任な発言だと思う。


 いつ魔物たちが一斉に襲ってくるのか分からないのだ。力のないアリアたちにどうしようもない。村で一番強い村長でさえ魔物五匹に囲まれたら手も足も出ない。


 なのに今、村に向かっている魔物の想定数は千五百だ。震えて待つだけなのは仕方のないことだ。


 今、この状況を変えることができるとすれば。


 アリアは視線を唯一この状況をどうにかできそうな者へと移す。白銀の鎧は誰よりも目を引く。同じように何人かがアウレールに視線を送っているが何かを発言することはない。それでも些細な抵抗にしかならないことが分かっているからだ。


 今からでも、大樹のもとへ向かって儀式を執り行えばこの事態を解決できるのだろうか。であれば急いで向かうのだが、村長からその話は出なかったことを考えると、もう手遅れなのだろうか。聞いていないことも多すぎてその真意を読み取ることは出来そうにない。


 それにしても、村長もどうするつもりなのか。このままじっとして魔物が襲ってくるその瞬間まで村人全員で大人しくしているのだろうか。


「なあ。村長。この村を捨てて逃げることを考えようぜ。戦える者が数人いれば一点突破は可能なんじゃないか? 幸いここには騎士団長様もいるんだ。やってやれないことはないだろう?」


 そう口にしたのはアロンだ。


「もう少しなのだ。おそらく救いはある。もう少し待て」


 村長は何かに期待している。みんなに黙っている理由はなんなのだろうか。


 それはすぐに変化として現れた。


「お、おお。来てくださったか」


 村長が真っ先に気が付いた。きっとその方向から来ることが分かっていたからだ。


 何十とも馬の蹄が土を蹴り上げる音とともに白い鎧に纏った集団が近づいてくるのが遠くからでも分かった。白銀の騎士団のその末裔。幻影騎士団。


 確かに昨日、要請をしていた。村長はこれを待っていたのか。であれば、最初にそう説明してくれればよかった。


 彼らは囲んでいる魔物の軍勢の一点を突破してきたのだ。もしかしたら、失敗する可能性だってあった。妙な期待をして、みんなを絶望に落とすのを嫌ったのだろうか。


「我々が来たからにはもう大丈夫です。僕ら幻影騎士団が君たちを守りましょう」


 統率の取れた動きで、指揮をとっているのはアウレールよりも年下、アリアと同じくらいに見える。幼い感じも残っている、少年みたいな人だ。金髪をさわやかに揺らし、青く輝いた瞳は自信に満ち溢れている。


「村長はどこです」


 村長はそう呼ばれる前に人をかき分けながら騎士団へと向かっていた。


「はっ。ここに。誠にありがとうございます」


 頭を深く下げる村長に馬から降りた幻影騎士団長が近寄って耳打ちを始めた。それに返事をするように村長も同じ様に耳打ちをし返す。


「分かりました。ではその様に」


 かすかに聞こえたのはその村長の言葉だけ。


「僕は幻影騎士団長。マグリール・リーツ。さて。みんな安心して欲しい。君たちは必ず僕たちが守る。そんなに怯えなくても大丈夫。だが、僕たちも見てきたがここを取り囲んでいる魔物の量は多すぎる。全てを倒しきるのは不可能に近い」


 その幻影騎士団長の言葉にみんながざわつく。アリアもだ。せっかく助かったと思ったのに。


「だが、方法はある。大樹の儀式を執り行えばいいのだ。それも巫女の力ではなく、物語の中と同じ。白銀の騎士団長様によってね」


 にやりとマグリールの口元が緩んだ。その表情にアリアを悪寒が襲う。これで収まって、それでいいのか。自分の役目を果たすことも出来ず。アウレールが犠牲になるなんて。


 視線をアウレールに向ける。彼は満足気な顔をしている。村のみんなも戸惑っている人が多いように見える。事態を正確に把握している者は少ないだろう。でも、儀式の事はみんなも知っている。当然、儀式の後に巫女が戻ってこないことも。


 昨日、助けて貰った恩が頭をかすめるのだろう。アウレールがいなければ村はすでに壊滅状態だったはずだ。そんな彼を犠牲にするようなことをしていいのかと、みんなも思っているのだ。


「さあ、その白銀の騎士団長様を差し出すんだ。そうすれば、僕たちがこの村を守ってあげることが出来る。逆に言えばそいつがいないと僕たちは守ることもできないんだ。さあ。そいつをこちらへ」


 その気になれば力づくでそうすることも出来るのにそうしないのは彼らなりの優しさなのだろう。みんなも戸惑いながらも道を開けるように動きアウレールと幻影騎士団への道が出来ていく。


「さあ、こちらへ。白銀の騎士団長様」


 村人たちが作った道をアウレールは歩き始める。その姿は堂々としていてとてもじゃないが怖がっているようには見えない。昨日の夜が嘘みたいだ。でもきっと、英雄だから、騎士団長だから、無理をしているのだろう。


「ダメ! 行っちゃダメ!」


 昨日アウレールに助けて貰った村の小さい娘だ。何人かが無理やりどかそうとするがアウレールの足にしがみついて離れない。


 そんな娘に視線を合わせるようにアウレールがしゃがみ始める。はがそうとしていた人たちもその様子に少し離れた。


 アウレールは娘の頭に手を置くと優しく話し始めた。


「君は昨日もそうやって立ちふさがってくれたね。ものすごい勇気がいることだろうに。ありがとう。でもいかなくちゃ。これは運命なんだ。あの時も、今も。それが俺の役目なんだ。だから離れてくれないかな」


 その優しい声に娘はしぶしぶ離れた。その瞳には涙が浮かんでいる。


「協力に感謝する。では、みなは家の中でゆっくり待っているといい。ここは幻影騎士団である僕たちが必ず守ってみせる!」


 それを合図に村人たちからも幻影騎士団からも歓声が上がる。


 これでいいのだ。アリアはひとり、そう自分に言い聞かせていた。

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