第3話-切り倒された魔源樹①-

 ワイバーンを撃退してから3ヶ月が経った。爵位の授与式が3ヶ月後に開かれることになっているので、そろそろ準備を始めようかと考えている所だ。

 「トキヒサ様。少しよろしいでしょうか?」

 朝、何をするでもなく居間でくつろいでいると執事のベンジャミンに話しかけられた。アリシアと2人で住むには広すぎる屋敷に住んでいるので、何人か使用人も雇っている。テルペリオンがいるので必然的に庭の広い大きな屋敷に住むしかないのでこうしているが、貴族出身のアリシアにとっては落ち着く環境のようだし、収入的にも問題ない。

 「どうしたの?」

 「差し出がましいようですが、トキヒサ様は子供を作るつもりはないのでしょうか?」

 「それは」

 前からずっと何度も、それとなく同じことを言われていた気がするけど、ついに直接行ってきたな。

 ベンジャミンの言う通り、年齢的には子供がいてもおかしくはなかった。ただの執事がこんなことを進言してくるのは、ベンジャミンはアリシアの事を幼少の頃からの世話係なので心配しているのだろう。

 「前にも話したけど、俺は転移者で普通の人間じゃないから。もう少し考えさせてくれ」

 「左様ですか」

 すまんが、そんな気にはなれないんだよな。なんというか、子供ができたとして、どうしたらいいかわからないというかなんというか。

 転移者であるということを理由にしているが、正直に言うと本当の理由ではない。それよりも、父親というものがわからないというのが本音だった。なにせ自分の父親があれだったのだから。ベンジャミンはまだ言いたいことがあるようだった。納得はしていないようだが、追及はできないのだろう。



 「トキヒサ?クレアさんが来てるよ」

 ベンジャミンと気まずい雰囲気になっていたところで、アリシアから声がかかる。助かったと思いながら、客間へと移動を始めた。クレアさんはパトリックの付き人なので、依頼か何かがあるのだろう。客間に入ると、使用人姿の女性とアリシアが待っていた。

 「トキヒサ様。お久しぶりです」

 「うん。何かあったの?」

 「はい。それが」

 「いや、座って話そうか」

 みんな立ったままだったので、座るように促す。クレアさんは遠慮しようとしたが、なんとか座らせることができた。いつもより抵抗が少ないような気がして、早く話したがっているようにも見えた。俺とアリシアも隣合って座り、後ろにベンジャミンが待機する。

 「それじゃ、改めて何があったの?」

 「はい。魔源樹が2本、切り倒されているという一報が入りまして」

 「は?」

 あり得るのか?そんなこと。俺とテルペリオンでも難しいことだぞ。

 正直、耳を疑った。この世界に来たばかりであれば事の重大さを理解できなかったかもしれない。転移してから一番驚いたことは魔源樹の存在だった。人間が死ぬと遺体は残らず、魔源樹という樹木になる。そして、人間は自分の祖先の魔源樹から魔力を引き出して魔法を発動させる原理になっている。自分の祖先からというのが重要で、転移してきて祖先が誰一人としていない俺は魔法が使えない。

 だからこそ、魔源樹というのはとても大事に保護されている。過剰ではないかと感じることもあるが、切り倒せば他人の魔力を奪うことになるので当然だろう。あの厳重な警備をかいくぐって切り倒したというのは信じられない。

 「うーん、でも私達に依頼するようなことなんですか?もっとちゃんと対処することだと思うんですが」

 隣で唖然としていたみたいだけど、その割には落ち着いているな。魔源樹は大切だし、そもそも切り倒されるなんて今まで聞いたこともないんだけど。

 アリシアは驚きながらも冷静だった。魔源樹が切り倒されているのであれば早々に止めるべきだし、それなりの実力者を揃えた方が良いだろう。それこそ、王族と貴族が総出で対処してもおかしくない事態に思えた。

 「それは、不思議な事なのですが2本切り倒されただけで、それ以上は切り倒されていないようなのです。」

 「えーっと、ん?」

 状況がいまいち飲み込めない。2本だけ切り倒して何がしたいのだろうか。魔源樹は過剰に保護されていて、万が一切り倒した場合は問答無用で極刑にされる。それほどのことなので、2本というのはあまりに少なすぎて何が目的なのかわからない。

 「よっぽど恨まれてたのか?」

 「どうだろう?あんまり聞いたこと無いことだけど。恨まれて殺されて魔源樹になっちゃった人ならたくさんいるけど、魔源樹を切り倒したくなるほどの恨みって何だろう?」

 「それは、まぁそうだけど」

 アリシアの言うことは尤もなことだ。魔力を奪えるといっても、2本くらいなら大きな影響はないだろうし、完全に奪うなら祖先の魔源樹を全て切り倒さなければならない。魔源樹本人に恨みがあったのなら切り倒したくなる気持ちは分からなくもないが、それにも違和感がある。魔源樹というのは死体と同等なので、そんなに徹底的に死体蹴りをしたいほどの恨みというのは想像できない。

 「お話中、失礼します。それも含めて調べてもらいたいというのが依頼でして、お受けいただけるでしょうか?」

 議論になりそうな流れをクレアさんが止めてきた。詳しく聞くと、王家でも切り倒されている以上の情報を持っていないらしい。重大なことなので速達のように伝えられたらしく、そもそもどうやって警備をかいくぐったのかも不明ということだった。

 そういうわけで厳密には討伐ではないのだが、アリシアの調査力と、万が一犯人と遭遇したときに俺なら対処できるということで依頼されたらしい。気になる内容ではあったし、アリシアもやる気になっているようだったので受諾して問題ないと思った。

 「わかりました、引き受けましょう。それで、その2本ってどこにあるの?」

 何気なく聞いた質問だったが、答えづらそうにしているクレアさんは意外だった。

 「それは、ですね。実はかなり離れた場所なんです」

 「ん?」

 「ですので、トキヒサ様には東の果ての都市へ行ってもらいたいと考えています。もう1箇所はパトリック様が見に行かれますので」

 離れてるってどういうことだ?てっきり2本いっぺんに切り倒したんだと思ったんだけど。

 ますます意味が分からなくなってしまった。魔源樹を1本だけ切り倒すような奇特な人が同時に2人も現れたという事なのだろうか?アリシアも首をかしげてしまっている。



 ともあれ、依頼を受けることには変わりはない。クレアさんはすぐに帰るらしいので、見送りだけして旅の支度を始めることにした。

 「東の果ての都市か。アリシアは行ったことある?」

 「1回だけあるけど、それくらいかな」

 「ふーん、遠いんだよね」

 「そうだよ」

 ということはテルペリオンに多めの荷物になることを説明しないといけない。遠いといってもテルペリオンに乗っていけば時間はかからないだろう。それでも1週間ほど滞在する用意はしたい。

 「ちょっとテルペリオンと話してくる」

 「うん、準備しておくね」

 客間を出て、庭へ向かう。今日はそこにいるはずだった。腕輪で話すこともできるが、出来る限り直接話すようにしていた。廊下を歩いて庭へ出ると、銀色の巨体が眠っているのが見える。

 「おーい、テルペリオン。話があるんだが」

 呼びかけると首だけ動かして顔をこちらに向けてくる。

 「何かあったのか?」

 テルペリオンに事情を説明する。魔源樹が切り倒されていたという所に興味を持ったようで、起き上がって見下ろしてくる。なんだかいつもと違って怒っているようにも見えるが、気のせいだろう。

 「ほう、魔源樹を切り倒すか」

 「まぁね。それで行き先が遠くってさ、いつもより荷物が多めになりそうなんだよね」 

 「そんなことか、別に構わんぞ」

 「おう、それじゃ急いで準備してくるからさ。待っててくれ」

 なんだか怖い感じだったな。強い相手と戦えるかもしれないと思って興奮したんだろうけど。

 いずれにしても興味を持ってくれたのは助かる。多少荷物が多くても大丈夫そうだった。どちらかというと急がないと機嫌を損ねそうだったので、急いでアリシアのところに戻ることにする。

 「準備はどう?」

 アリシアはベンジャミンと一緒に荷物をまとめている。思ったよりも少なかった、まだ途中なのではないかと思ってしまった。

 「あれ?こんなもん?」

 「うん。食べ物はいくらでも買えるだろうし、装備と着替えだけ持っていけばいいかなって」

 そう言われればその通りだとは思う。普段は誰もいない辺境の地とか、この間のワイバーンに占拠された村のような、誰もいないところに行くことが多いので食料も必要だと思い込んでしまっていた。

 「そうだったね。もう終わりそう?テルペリオンが早く行きたいらしいんだよね」

 「テルペリオン様が?わかった急ぐね」

 そんなに気にしなくてもいいと思うんだけど。この世界の人たちがドラゴンを崇拝していることって、すぐに忘れちゃうんだよな。

 持っていくものの整理は出来ていたようで、ベンジャミンと2人で一気に荷物をカバンにまとめていっている。急かしたわけではないのだが、テルペリオンと聞いてから動きが早くなっている。

 「それにしても、一体誰が魔源樹を切り倒したんだろうな」

 「早く突き止めないとね」

 なんとなく言っただけなのだが、空気が少し張り詰めたように感じた。魔源樹を大事にしているということを知ってはいるが、こういう感覚は未だに掴み切れていない。転移者なので、ある程度この世界の住人と感覚が合わないのはしょうがないのかもしれない。

 「よし、終わったよ」

 「ありがとう。じゃぁ行くか」

 結局、大きめのバックパック2つに荷物をまとめられていた。それぞれ荷物を背負い、テルペリオンのところへ向かう。庭へ出ると翼をゆっくりと羽ばたかせていて、早く飛び立ちたいといった雰囲気だった。

 「お待たせ」

 「いつもより少ないな」

 俺達の荷物を見て言っているが、あまり興味なさそうにも見える。何故なら早く乗れとばかりに頭を地面まで降ろしてきている。

 「一度、近くの街に泊まって詳しい話を聞くことになっているから。」

 「ふむ、そうか。どこへ行くんだ?」

 「東の果ての都市によろしく」

 やはり荷物には興味がないのか少ししか話さない。2人で頭の上まで登ると、隣合って座りそれぞれ角に掴まる。ベンジャミンが見送りで頭を下げているのを見ながら、テルペリオンは空へと飛び立った。


・挿絵リンク

https://41177.mitemin.net/i877906/

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