異世界転移してから10年経った~いまさら当時のクラスメートも転移してきたんだが?~

NonD

プロローグ

プロローグ

 朝、目が覚めてしまったようだ。まだ頭がぼんやりする。苦しい、起き上がるのが。嫌だ、部屋を出るのが。もうやめたい、何がとは言わないが。でも、父さんはそんなこと許さないだろう。そして、父さんに逆らう勇気もない。完全に目が覚めると、どうしてだか気分が多少は晴れた気がする。

 今日もまた憂鬱な一日が始まってしまった。もう少し眠っていられないかと期待を込めて時計を確認するが、もう7時を過ぎてしまっているので諦めて起き上がる。そして高校の制服に袖を通して、自分の部屋からダイニングへと向かった。

 そこでは父がまだ朝食を食べていた。ご飯をよそい冷え切っていた味噌汁を温めなおし、正面に座って食べ始めるがどうも気まずい。

 「あの、昨日の話なんだけど」

 「昨日の?文化祭だったか」

 「そう」

 高校では文化祭を開く時期になっていた。当然のように、俺も準備から参加しようと思っていたが、ダメだと言われてしまっている。放課後は予備校に通えという事らしい。

 まぁ、父さんの性格を考えると喜びはしないだろうと思ってたけどさぁ。それにしてもダメと言われるとは思わなかったなぁ。だってまだ2年生だし。

 流石に納得できなかった、というより正直に言って困るので、もう一度話し合おうと思った。でも、それを聞いた後の不機嫌そうな様子を見て後悔してしまう。

 「昨日も言ったが、必要ない。わかったな?」

 有無を言わさない雰囲気で言い放たれる。いつものことだが、少しは人の話も聞いて欲しいのにと思った。普通の家なら母が説得してくれたりするのだろうが、俺が幼い頃に離婚したらしいのでそういうことも期待できない。

 もう話すことはないと、父は食べ終わった食器を片付け始めた。食い下がろうかと迷ったが、どうせ無駄だとわかっていたし、もっと不機嫌にさせると面倒な事になりそうだったのでもうやめることにした。

 「ではな。今日も遅くなるから、1人で何とかしてくれ」

 それだけ言うと父は仕事に行ってしまった。俺も残りを食べ終えると食器を片付け、食器洗い機のスイッチをつけ、洗面所に向かい、寝癖を直し、歯を磨き、自分の部屋に戻る。 

 昔からだったけど、最近酷くなってきてるよなぁ。自分勝手だし、話しかけにくいし。父親ってこういうもんなのかなぁ?よくわからないんだよなぁ。

 そんな事を考えながら登校の支度を始めて、それもすぐに終わってしまったので仕方なく家から出た。気分が晴れないのは父と話したからだけではない。父と話して結果的に憂鬱にはなっている。でも、朝一番から憂鬱だった理由はそれだけではない。登校することが、とても嫌だった。むしろ、その方が理由として大きいかもしれない。

 玄関を出て、信号を渡り、交差点を曲がり、後は真っ直ぐ通学路を進むだけだった。恐れているのは、とある3人組に見つかってしまうこと。あいつらに会いたくないとも、いっそ登校中に会った方がマシだとも、本当の気持ちがどちらなのかわからなかった。

 なんで、なんでこんなことを気にしなくちゃいけないんだろうなぁ。まっ、本当の気持ちが何なのかって聞かれたら、登校したくないっていうのが正しいんだけどさぁ。でも、それはそれで面倒な事になりそうなんだよなぁ。父さんが怒らないわけない、というか何するかわからないからなぁ。

 家から高校までは歩いて15分ほどだ。たった15分歩くだけでいいはずなのに、毎日毎日とても長く感じてしまった。そして、あと少し、ほんの少しだったのに。

 「やぁやぁ。九十九時久君じゃないか。どこへ行くのかな?」

 声がする方をチラリとみると、そいつはニヤニヤしながら近づいてくる。会いたくなかった3人組が、楽しそうに見えた。

 「おはようございます。高校です」

 「え?なんだって?塾通いの優等生君が、高校なんかに何のようなのかな?」

 「勉強です」

 ぐっ。なんだよ。いきなり胸ぐらを掴んでくるなよなぁ。

 俺の通う高校は進学校ではない。どちらかと言うと部活動の方が盛んな高校で、俺みたいに予備校に通っているのは珍しい。父はこの受験結果に不満を持っているらしく、高校に通いだした途端に色々と口うるさくなってしまっていた。そんなことを考えていたからか、無視されたと勘違いしたらしく、掴まれている胸ぐらを強く引っ張られる。

 「ちっ、なんだお前?しかとしやがって。なんでお前なんかが俺らの高校に来るんだよ?」

 「いや、そんなこと」

 「うるせぇ」

 ごふっ。腹が。みぞおちに拳を入れやがった。だから嫌だったんだよなぁ。

 突き飛ばされた後に、みぞおちを思い切り殴られた。腹を抑えながらうずくまろうとしたが、髪の毛を掴まれて無理矢理立たされる。また殴られるのかと思ったが、後ろで見ていたもう1人が止めに入った。

 「おいおい。早く行こうぜ。遅刻するとうるさい奴もいるし」

 そう言いながらも、どこか楽しそうにしている。

 「何見てんだよ」

 ごぐふっ。蹴りはないだろ流石に。だから嫌なんだよなぁ。

 ついジッと見てしまった事が気に入らなかったようで、もう1人は腹を蹴ってきた。みぞおちに入らなかったのが幸いだったが、痛い事に変わりはない。そのままうずくまり、なんとかやり過ごそうと思った。

 「あはっ。早く行くんじゃなかったのか?」

 「いいだろ別に。もう行こうぜ」

 「ちょっと待てって。まだ殴ってないのがいるじゃん?」

 「俺の分はないだろ?お前らやりすぎだ」

 「あぁ。悪い悪い」

 最後の1人も話に加わったが、これ以上は続かないようだった。早く行ってくれないかと期待しながらうずくまり続ける。痛いというよりも苦しい。様子を見たい気持ちはあるが、また殴られるのも嫌なので聞き耳を立てるだけにする。やがて話し声も小さくなったので、そろそろ大丈夫かと思いチラ見して確認する。もう大丈夫そうだ。

 う〜、まだ痛む。これは昨日なんかあったみたいだなぁ。不機嫌そうだったし。

 立ち上がり、トボトボと歩き始める。登校を止めたりはしない。何故ならここで帰ったら父に何を言われるかわからないから。一歩踏み出すたびに腹が痛むが、我慢しながら校門を目指した。


 やっと高校に到着した。いつもと変わらない道のはずなのに、今日はいつも以上に長く感じた。まだ腹は痛いし、それにすごく睨まれている気もする。1限までまだ時間があるので、教室はまだ騒がしい。なるべく目立たないように歩いて自分の席に座ると、今日は何もされていないようで安心した。いつもではないが何かされていることがたまにあり、あからさまなことはしてこないのでたちが悪い。

 「おはようございます」

 あれ?委員長?どうしたんだ?

 学級委員長の正木義恵さんがわざわざ教壇に立ってクラスメート全員に挨拶している。同じように感じた人も何人かいるようで、みんなの注目を一気に集めていて教室も少し静かになっていた。

 「今日の放課後に文化祭でやることを決めたいから、みんな残ってね。それだけで〜す」

 それだけ言い終えると、そそくさと自分の席に戻っていく。徐々に教室がまた騒がしくなっていく中で、憂鬱な気分が増していった。

 文化祭なぁ。参加しなかったら何を言われるかわからないんだけど、参加しちゃダメって言われちゃったからなぁ。気づかれないようにして帰れないかなぁ。

 そんなことを考えていると1限が始まる時間となった。そのまま時間割通りに授業が続いていく。授業中は基本的に何もされないという意味で安心できた。このまま平和なひと時が続いてくれればと思っていたが、美術の授業があることをすっかり忘れていた。体育に比べればマシだが、グループに分かれないといけないのは骨が折れる。

 美術室に移動するとみんなは思い思いに席へ座っていく。といっても自然といつものグループに分かれていて、俺は独りで立ち往生してしまった。

 「おーい。九十九。突っ立ってないでここに座れよ」

 相変わらず無頓着だなぁ。インターハイ出場のスポーツマンは。

 どうしたものかと迷っていると、運動系のグループの席に座っていた蓮実誠が隣の席に誘ってくれた。彼は、いつもというわけではないがこういう時に誘ってくれるので助かる。つまり今日はラッキーな日だということだ。周りも嫌とは言えないでいる。

 「なぁなぁ。ここ、どう描けばいいんだ?」

 彼は描きかけの絵を見せながら質問してきた。グループの微妙な雰囲気を気にせずに、俺にアドバイスを求めてくる。こんなことしてくるのは彼しかいない。クラスの中で絵が一番上手いのは何故か俺なので、別に間違ってはいないが。

 そして4限まで何とか授業はやり過ごせたが、昼休みになってしまった。朝の3人組に絡まれるのが嫌なので、図書室に逃げ込もうとしたが見つかってしまう。屋上に連れていかれながら、朝と同じようにされるのかと思うと逃げ出したい気持ちになるが、諦めて言われるがままだった。


 放課後。昼休みに見つかってしまったせいで、午後の授業中はずっと調子が悪かった。朝からずっと帰りたい気持ちでいっぱいで、バレないように帰れないかと周りの様子を伺う。俺に話しかけてくるような人は少ないので、そんなに難しいことではないと思っていた。

 「あれ?九十九くん。どうしたの?これから委員長の話が始まるよ?」

 末次心愛さんかぁ。しまったなぁ。話しかけてくるような人がもう1人いることをすっかり忘れちゃってたなぁ。

 少し離れた席に座っているはずの女の子が、何故か近くに立っていた。クラスで一番可愛い子がどうして話しかけてくるのかわからない。嫌ではないが、正直に言うとやめて欲しいと思った。違うとわかっていても変な勘違いをしそうになってしまうし、何より周りの視線が痛い。

 「どうしたの?」

 可愛い目で見つめられてしまい動けないでいると、委員長が教壇に立ってしまった。仕方がないので、諦めて席に座り直す。それを見てから末次さんは自分の席に戻っていくが、一体何がしたかったのだろうか。

 でもなぁ。文化祭は難しいと思うんだよなぁ。だってこのクラスには不良が多いし。

 末次さんのことはなるべく考えないようにして、話し合いが進んでいる中で思っていたのはそんなことだった。もう既に暴力団と関わっていると噂されているのが5人もいるし、朝の3人も含めると8人も問題児がいる事になる。

 「はいは〜い。それじゃぁ何をするか決めようか」

 みんな思い思いに言いたいことを言っていた。だけど、早く終わって欲しいという気持ちしかない。父になんと言い訳すればいいのか思いついていないし、朝の3人が残っているうちに帰りたいというのが本心だった。それならまた絡まれる事もないだろうから。もう仕方がないと割り切ってはいるが。

 「おばけ屋敷でいいんじゃない?作っちゃえばあとは楽だし」

 文化系グループの海老沢敬子が言い出した。なるべく楽をしたいという意図だろうが、俺も賛成ではあった。なるべく時間がかからないようなものになった方が都合がいい。

 「他にやりたいことある人〜?」

 なんでもいいから早く決まって欲しいんだよなぁ。帰りが遅くなると、それだけ面倒な事になるからなぁ。

 などと考えながら聞いていたが、なんとなく天井を見て違和感を感じる。隅の方に何かある気がした。よく見てみると、木の根のようなものが生えている。どうしてあんなところにあるかわからないが、それは天井一面に拡がっていき、やがて一面が木の根で覆われてしまう。

 「おい。そこの。何を見ているんだ?」

 げっ。この声は。暴力団の。ん?でもおかしくないか?木の根はどんどん拡がっているし、壁一面が覆われちゃっているんだぞ?そりゃ、見るでしょ

 自分でも気づいていなかったが、いつの間にか立ち上がってしまっていた。教室中に拡がりきっている木の根と、クラスメート達を交互に見ながら事態を飲み込めない。

 「なんだ?あいつ」

 「どうしたの?何かあった?」

 「九十九?顔色悪いぞ?」

 「九十九くん?」

 「いいから続けちゃおうよ」

 「チッ」

 朝の3人組が、正木義恵さんが、蓮見誠が、末次心愛さんが、海老沢敬子が、そして不良が次々に何か言っているのが聞こえてくる。でもそんなことを気にしている余裕はない。

 みんな見えていないのか?やばくないかこれ?

 木の根が光り始めた。不気味な光に包まれ、何も見えなくなってしまう。そして、なんだか眠くなっていく。寝てはダメだと本能が伝えてくるが、耐えられそうにない。ふわふわとした不思議な感覚になり、意識が遠のいていく。

 「なんで?俺は。もう、こんな生活。・・・。何で?・・・。・・・。だって。・・・。・・・。・・・」


 あれ?寝ちゃったのか?俺は、何をしていたんだっけなぁ。

 とても濃い木のにおいがする。図書室にいるのだろうか。なんで寝ているのか思い出せない。教室中に木の根が拡がるなんて夢みたいなことが起きていた気もするが、一体どこまでが現実で、どこからが夢だったのだろうか。昼休みに見つかってしまい、屋上に連れられたところからだろうか。

 ふと、自分が仰向けで寝ていることに気がついた。図書室で仰向けに寝ているというのは少しおかしい。まさか屋上で寝てしまったのだろうか。そう思うと目を開けるのが怖くなってしまう。

 はぁ。まぁ嫌な予感はしたんだよなぁ。これって、いわゆる異世界転転生って奴なのか?いや、異世界転移の方が正しいか?

 目の前に広がっているのは、今まで見たこともない景色。木のにおいが濃いのも納得だった。なにせ森の中に横たわっていたのだから。見たこともない花が咲いていて、どういうことなのか飲み込めていない。

 起き上がり、あたりを見渡し、誰かいないか確認するが、他には誰もいない。会いたくない奴もいるが、1人というのは心細い。こういう時に、助けが来るまでは動かない方がいいと聞いたことがあるが、助けが来るとは思えなかった。このままでは埒が開かないし、理由はわからないが歩きたくてしょうがない。

 そんなに長く寝てしまったのだろうか、それとも転移の副作用だろうか。どうも歩きにくい。まるで自分の体ではないような変な感じがする。とりあえず見晴らしのいい高所に行こうと思い、坂道を登るように歩いていく。

 何がどうしたのだろうか。どうしても考えてしまうが、思ったよりも早く森を抜けられそうなので後回しにする。クラスメートかどうかはともかく、誰かと会えるのではないかと期待しながら森を抜けた。

 すごいなぁ。あれは木なのか?

 森を抜けて最初に目に飛び込んできたのは巨大な樹。ただ大きいだけでなく、どこか神秘的で力強い。その偉大さを体で感じ取っていた。だが、唐突に冷静になる。もう帰れないかもしれないし、これからどうなるかもわからず、どこに行けばいいのかすら思いつかない。周りを見渡しても誰もいない。それがわかると急に不安になってしまった。

 それからの事は、本当にあっという間だった。とにかく、ひたすら森をさまよい歩いた。自分にこんな体力があることに驚いたが、火事場のなんとやらなのだろう。やっと村を見つけたので一安心して訪れたが、魔法を使えないのかと聞かれて使えないと正直に答えた。

 魔法を使えないのは当然の事だった。何せ異世界に転移したばかりなのだから。そのことを正直に話したが、どうも様子がおかしい。誰も信じていないようで、それだけならいいのだが問答無用で拘束されてしまった。

 何も悪いことはしていない。それどころか村に入ったばかりだった。なのに身元についてしつこく聞かれた挙げ句、別の大きな都市へと運ばれる。そこでも同じように追求され、俺の話は誰も聞いてくれなかった。

 このままでは何をされるかわからないと危機感を抱き、逃げ出してしまった。逃げて逃げて逃げて、そしてドラゴンに出会ってしまった。ここでもう終わりだと思ったが、どうにも納得できなかった。だって本当に何もしていないのだから。

 なので抗う、最後まで。無駄だとわかっていても、ドラゴンに戦いを挑む。石を投げつけながら、これからどうなるのか考えていると、突然ドラゴンは笑いだした。

 ドラゴンに何があったのか聞かれたので、最初から説明する。もう何度も、何人もの人間に話して信じてもらえなかったことなので何も期待していなかった。でも、ドラゴンはある程度は信じてくれたようだった。

 曰く、この世界の住人がドラゴンに挑むなんてありえないらしい。勝てないからとかではなくて、ドラゴンは畏れ崇められている存在で、別世界から来たと言われたほうがむしろしっくり来るそうだ。

 ドラゴンはこの世界のことを教えてくれた。そして共に行動するようになり、人間の街で暮らせるようになり、王族と友だちになり、貴族出身の女性と結婚もした。ドラゴンから力を借りて魔法も使えるようになり、気付けば10年もの月日が経った。もはや元の世界に帰りたいなんて全く思わないようになっている。 

 何不自由もなく、満ち足りた幸せな生活を送っている。だがしかし、10年もの時が経ったというのに俺は、何故か森の中で目覚めたことも、身体能力が格段に上がっていたことも、当然のように魔法を使えたことさえも、全部当たり前の事だと思って何の疑問も抱かなかった。転移前後の違和感を含めて、もっと考えるべきだったのだろう。考える時間はいくらでもあったのだから。でももう遅い。

 この時の俺は、まだ何も知らなかった。10年の時が経ち当時のクラスメートがいまさら転移してくることも、どうして異世界に来ることになったのかも、この世界のことも、大切なものを手に入れて大切なものを失う物語が始まってしまうことも。

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