残り香

市川タケハル

残り香

 彼が死んだ。


 彼は物知りで、よく色んな知識を披露してくれた。

「知ってる? 五感のうち、最も記憶に永く残るのは香りなんだ」

 あまり物を知らない私を少しバカにしたように、得意げに知識を言ってた。


 私は内心少しムッとしながらも、彼がしてくれる話を聞いてた。


 そう言えば、彼に惹かれたきっかけも香りだった。


 いつものように、行きつけのバーで飲んでいた私は、懐かしい香りを感じた。

 ビターでシガーな、大人な香り。


(昔、片想いをしていた人がしていたのと同じ香水の香りだ……)

 そんなことを思って、目線で香りの主を捜した。


 香りの主は、隣にいた。

 香りの主は私の目線に気付くと、私の目線に微笑んで応えた。


「……いい、香りですね」


 思わず、私は彼に声を掛けた。


「……ありがとう」


 一瞬の間をおいて、彼は微笑みながら言った。



 実のところ、香りに惹かれただなんて付き合ってからも言えなかった。

 言えないまま、彼は死んだ。


 それがもう、数年前。


 あれから、私は、を無意識に探している。


 彼が言った通り、香りは最も記憶に永く残る。

 今でも、私の記憶の中で彼の香りがする。

 ビターでシガーな、大人の香り。


 その香りがしたら、彼が生き返ると思ってるんじゃないかってくらいに、私は彼の香りが恋しい。


 ずっと、彼の残り香が忘れられない……。

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残り香 市川タケハル @Takeharu666

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