田舎王女が帝国の後宮に入る話―人間らしくない王と、普通の女の子との恋の話―

ワシミミズク

第1話 嫁入り

5人目の、しかも娘では、国を継ぐことは出来ない。そんなことは、生まれた時から覚悟していた。


(……多分、これが最善だ)


次に望むことは、自分のことを愛してくれる人との平凡な暮らし。だけど、どんなに小さな国だって、王女として生まれてしまったのなら、それも叶うことのない夢だ。それでも私は、幸せだった。何故って、世界を支配している大帝国の王、ジルヴェスト・フィル・エリアスの元へ嫁いだのだから。世界中の王族貴族の姫君が望んでいる、最も高貴な王の後宮。


『駄目だと思うけど、一応、一応ね。申し入れだけ、してみようか。扱いとしては人質に近くなると思うけれど、かの王は優しく穏やかな人だと聞くし、年も若い。顔も良い。うん、これ以上の良縁は無いんじゃないかな』


父親の言葉を思い出す。良縁であることは否定しない。だけど、その話を聞いたときは、まさか自分が帝国の後宮に入ることになるなんて思わなかった。


(ジルヴェスト陛下は、跡継ぎもいらっしゃるもの。世界中から縁談の申し出があるのだし、私みたいな目立たない娘が嫁げるなんて、そんな話があるわけないと……思ったの、だけど)


本当に、理由は分からないのだが。ソフィア・オルグレンは、エリアス帝国王の5番目の妻として、後宮に入ることになったのだ。


――――


「……本当に、来ちゃった」


国王が訪れるからと、人払いをされた室内。薄布の衣を着て、遠目に見たことしかない夫を待つ。


「いいのかな、私で……」


緊張で落ち着かない。生国とは比べ物にならない、大きなお城、大きな部屋、豪華な内装。着ている服だって、この城に来たときに着替えさせられた、良質な生地で作られたドレスだ。どうしても、場違いだと感じてしまう。


「ジルヴェスト陛下のお越しです」


部屋の外から声をかけられて、飛び上がった。


「は、はい!」


声が裏返った。最悪だ。恥ずかしさといたたまれなさで顔を真っ赤にしている私の側に、穏やかな笑顔を浮かべたジルヴェスト様が来て、私の頬に手を当てて言った。


「大丈夫ですか?」


「はい! 大丈夫です!! えっと、えっと、あの……一緒に、寝るんです、よね?!」


その意味が分からないほど子供ではない。だけど、初めてだし、やっぱり怖い。そんな私の心を読んだのか、ジルヴェスト様はゆっくりと、落ち着かせるように言葉をかけてくれた。


「いいえ。あなたが望まないのであれば、そういったことはいたしませんよ。お疲れでしょう、お休みになりますか?」


見た目どおりの優しい人だと思う。でも、私だって、覚悟をしてきたのだ。


「……構いません。私は、そのためにここに来たのだと思っていますから。陛下がやりたいことを、なさってください」


真っ直ぐに、彼の目を見る。彼が目を丸くして、それから笑い出した。私は、なぜ笑われたのか分からなくて、戸惑いながら彼を見ていた。


「……はは、あー、笑った。お前、勘違いしてるだろ。この俺が、お前みたいな女を抱きたいわけないだろ。常識で考えろよ」


なんだろう。今、ジルヴェスト陛下とは思えないような、乱暴な言葉が聞こえたような気がする。


「……えっと、あの、陛下?」


「ジルでいい。やりたいことをやっていいと言ったのは、お前だろ?」


どうやら、気のせいではなかったらしい。ジルヴェスト陛下……ジルは、近くにあった椅子に腰かけて、私の腕を引っ張った。お互いの顔が近づく。イケメンなのは変わらない、けれどその目は前よりも生き生きしているし、雰囲気は様変わりしている。


「望みどおり、好きなように遊ばせてもらおうか。お前は俺の、玩具あそびあいてだものな?」


「何を仰っているのでしょう。私はあなたに嫁ぎはしましたが、これでも一国の姫である身。あまりご無体なことを仰るなら、自国じっかに帰らせていただきますが?」


つい、言い返してしまった。私の国は、エリアス帝国の支配下にある。国王陛下に盾突たてついたりしたら、私の命が無くなるだけでは済まないだろう。そんなことは分かっていたけれど、目の前にいる男の言葉が、あまりにも酷いものだと感じたから。


「そう怒るな。冗談だ。悪かったな」


彼は笑っていた。その様子が、あまりにも楽しそうだったから、私は呆れてしまった。


(思っていたよりも、ずっと……)


彼に手を引かれるまま、その膝の上に座る。恐怖も緊張も、消えてしまって。そうして私は、彼に夜通し、故郷のことを話していた。

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