第6話 夏の夜半の涼しさを知る(1)
突然散歩に行こう、と言われたので着の身着のまま、Tシャツと短パンにサンダルを履き家を出た。
街灯がひっそりと町を照らす夜道を幻想少女と二人で歩く。
「で、どこに散歩と行ってもどこに行くんです?徘徊するだけでは面白くないでしょう」
「逆に聞きますが、丸眼鏡さんはどこに行きたいですか?」
突然の質問で、僕は回答に悩んだ。少し頭を回し、一つの答えを出した。
「いきなり連れ出しておいて、それはないのでは?」
「それもそうですね」
やけにあっさりと非を認めた。
「では質問を変えましょう。貴方はラノベの主人公です。夏夜に、ヒロインを連れ出していくとしたら、少年はどこに行きたいですか?」
なるほど、目の前の
「回答が遅いです。正解は肝試し、です」
そう言った幻想少女の顔を見ると、彼女は少し誇ったような顔をしていた。僕には思いつかない名案を私は知っている、とご満悦の様子。
「と、いうことは?」
「えぇ、今から行くのは肝試しです」
「なるほど?」
「幸い、丸眼鏡さんの住んでいるこの町は古の軍都、鎌倉です。神も仏も霊も腐るほどいますからね」
神も仏も霊も腐らないと思いますよ、僕は。
「静御前が義経との子を奪われ沈められたと言われる由比ヶ浜も捨てがたいですが、夜の海は普通に危ないので今夜は山にしましょう」
「と、いうと?」
「駅の周辺、つまりここからですね、銭洗弁財天に行くと佐介トンネルというトンネルがあります。その佐介トンネルにはとある伝承があります」
十六夜月の夜、子一つ時の佐介トンネルを二人一列で歩く。前の者は目をつむり、その上で後ろの者に手で目を覆ってもらう。そして後ろの者が「一つ」と言ったら前の者は一歩歩く。「二つ」と言えば二歩歩く。それを一二三四五、と十六までと占めて百三十六歩進む。そうしたら前の者はゆっくりと目を開ける。しかして後ろを振り返ると――
「このノリだと、当てましょう。霊がいるんじゃないですか?」
「そうなんですよ。なんでも昔、鎌倉の警備をかいくぐって町の大店から盗みをしていた大盗人の霊だとか」
「そんなことあるわけありませんって」
「いやぁ、いるかもしれませんよ?とにかく百聞は一見に如かず、です」
意気揚々と行く幻想少女さん。
死後も人様に迷惑をかける、まさしく悪霊じゃないか。まぁ、そんなのいるわけないが。
それにしても、夜の鎌倉の街は想像よりも暗かった。
昼間は観光客と町の人で賑わっているが、夜となると人の気配がまったくしない。
道が細く入り組んでいるのもあり、車の通りも少ない。
初めての深夜の町は、ひっそりと静かすぎて、引っ越して数年とは言え自分の知っている鎌倉の町でないように思えた。何も出ない、出るわけないと分かっていても、心の一部が「不気味だ」と怯えているような気がした。
「つきましたよ」
木々生い茂る山を貫き、引かれた一本道を怪しげに照らすトンネル。そこに本来はあるべきでない、完全な異物。その違和感に思わず感嘆した。昼間ならそんなことは感じないのに、なぜかトンネルというものの放つ不協和音に体が震えた。
「まさか怖いんですか、丸眼鏡さん?」
だいたんにも道の真ん中で踊るように手を広げている幻想少女はあざけり笑うように言った。
「いや、そもそも霊なんてありえないので」
「そうですか」
では、と少女はトンネルの奥を手で示し、僕に入るよう促した。
夏の暑さを感じないほど不慣れな夜のトンネルに鳥肌が立ってはいたが、幻想少女に馬鹿にされるのは癪だったので足を踏み出した。
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