最初の記憶

コトノハザマ

最初の記憶

 最初の記憶は、肌寒い石造りの大きな建屋の片隅で蹲り、震えていたこと。

 なぜそこにいたのか、親はどうしたのか、その建屋が何でどうやって入ったのかなんかは全く覚えていない。


 そのうち、おれは壁伝いに歩いたのだと思う。うずくまっていた場所とは違う暗いところで、おれは何かねばつくものに足を取られた。

 寒かったし、腹が減っていたし、何よりおれは歩くこともままならないほど小さなガキだったのだ。足はどうしたって抜けなくて、もがけばもがくほど別の足や身体も取り込まれ、仕舞いには身動きも出来なくなっていた。

 死ぬことの実感はなかったけど、酷く不安で怖しい気持ちになったことはしっかり覚えている。


 段々力も抜けてきて、助けを呼ぶ声も出なくなってきたころ。おれは一人の大人の女(後で女と知った)に助けられた。優しく抱えられ、湯で洗われたおれは、安心感と心地よさから深い眠りについた。


 目を覚ましたおれは、明るくてあたたかな場所で布にくるまれていた。

 辺りを見回すが、助けてくれた女は見当たらない。

 そのまま布にくるまっていると、大きな男が現れた。

 男は嫌いだ。

 力が強いし、手が柔らかくないし、匂いも優しくない。

 その大男がおれに無造作に手を伸ばしてきたので、おれは思わず嚙みついてやった。あいつは笑っていたけど、血が出ていたから痛かったに違いない。

 大男は笑いながら去っていった。追っ払ってやったという満足感が体を満たしたが、それで腹は膨れない。


 減る腹を抱えて布に戻ろうとしたとき、匂いに気付いた。今まで嗅いだことのない、ものすごくうまそうな匂いだ。見れば、大男がいたところに皿があって、何か柔らかそうなものが盛ってあった。

 もう、夢中だった。

 何も考えず、ただただ口に入れ続けた。“それ”はしっとり水気があって、飢えて乾いたおれの口や腹にも優しかった。食べるごとに、力が戻ってくる気さえしてくる。

気が付けば皿は空になっていた。

「もう少し食べたい」と思ったが、すぐに強烈な眠気が襲ってきて眠ってしまった。


 また目が覚めた時、あたりは真っ暗だった。

 自分以外の気配もない。

 おれは急にさみしくなって、大声でないてしまった。

 どれくらいないていたろうか。急に身近に気配を感じて、見ればあの大男だった。

 目の前に大きな手が差し出された。

 その手が、とても暖かくて優しそうで、強くて安心できそうに見えたのだ。

 おれはその手を一舐めして、「にゃあ」と鳴いた。


 あれからどれくらい経ったか…。

 大男は相変わらず大きいが、前よりもずいぶんと小さくなったようだ。おれがすっぽり収まりそうだった手は、あたまを撫でさせるのにちょうどいい大きさに縮んだ。


 つごうがよいので、毎日撫でさせてやっている。

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