第2話 ある意味邪神の誕生

「あ~やっと行った……しつこかったなぁ~誰だよ! 『異世界転生です!』って、言えば喜んで行くっていった奴は! 全然違ったじゃないの! まったく、まさか時間切れまで粘られるとは思わなかったわよ! あ~疲れた……」


 そう言って、何もない真っ白な空間で大の字になり寝そべっているのは、さっき男の前でずっと土下座をし続けていた女神だった。


「これで崩壊しないといいけど、でも……何もないのもつまらないわよね……そうだ!」


 寝そべっていた女神が何かいいことを思い付いたとばかりにパッと上半身を起こすと、その目の前には先程、異世界転生のサポートを終えたばかりの女神が立っていた。


「フィ、フィリア様……いつからそこに」

「『あ~』くらいかしら?」

「げっ、最初っからじゃない……」


 フィリアと呼ばれた女神は、起き上がった女神を見ながら嘆息すると腕を組む。


「リルル、あなたの尻拭いをして来た私に対して、何か言うことはないの?」

「……お疲れ様です」


 フィリアから説教されると思ったリルルは直ぐに佇まいを直し正座するが、フィリアの態度は軟化することはなく「あなたは下級神に戻します」と告げる。


「え? すみません、もう一度いいですか?」

「あら、聞こえなかったのかしら。では、もう一度言いますね」

「はい……どうぞ」

「リルル、あなたを下級神に戻します」

「あ~聞き間違いじゃなかったぁ~でも、どうしてですか?」

「理由を言わないと分かりませんか?」

「……いえ」


 フィリアに下級神に戻すと宣言されたばかりのリルルだが、理由は聞かなくても分かっている。多分、これまで世界を十数回崩壊へと導いたことが原因だろうと思っていた。


 理由はそれだけではないのだが、フィリアも「これは理解していないな」と思い、降格させた理由を話し出す。


「やはり、降格された理由はよく分かっていないようですね」

「え? 世界を発展どころか崩壊させたことが原因ですよね? それ以外に何かあるのですか?」

「ハァ~」


 リルルの答えを聞いたフィリアは嘆息するしかなかった。この女神を世界の創世神となるべく推薦したフィリアは何処で何を間違えてしまったのだろうかと自問自答するが、今まで育てて来たリルル以外の女神は上手く出来ていたことを思い出し、自分が間違っていたワケではなく、単にリルルの力不足だと思うことにした。そして、そのリルルを推薦したのが自分だということはいつの間にか記憶の片隅へと追いやっていた。


「リルル、それも降格の原因の一つではありますが……」

「はい。他はなんでしょう」

「いいですか、あなたは本来死ぬはずではなかった、あの男性を異世界へと転生させるために死なせましたね」

「はい……ですが、他の方に聞いた話では悲惨な死に方をした人ほど、現世への思い残しも断ち切りやすいと聞いたのですが」

「ええ、そういう話は確かに私も聞いたことがあります。ですが、他者を誘導してまでそうする必要があったのでしょうか?」

「……それは」


 リルルは面白くなかった。他の女神に聞いた話の中では神のうっかりで死んで異世界へ転生したり転移したりする場合も多々あるが、どれも笑って許してくれたと聞いていた。だから、自分のしたことも「つい、うっかり」で許して貰えるだろうと思っていたのにあの男はずっとしつこく「どうして?」と聞いて来たので、顔を上げることを躊躇った為にリルルは時間切れになるまで土下座し続けるしかなかったことを思い出す。


 だが、今それを目の前のフィリアに訴えたところで、許してくれることはないだろうと考える。


「それにあなたは彼に対し何も説明することもなく、ましてや異世界転生の特典すら与えずにそのまま転生させましたよね?」

「あ……だから、それは「言い訳は結構です!」……はい」


 リルルは「なら聞くなよ」と内心毒づいてしまうがグッとそれを呑み込む。


「それらのことも含め、あなたを下級神に戻します」

「そんな……」

「何が、そんなですか!」

「ひっ……」


 フィリアは腕を組みリルルを睨み付けながら、タンタンタンとずっと右足のつま先を鳴らしている。それに気付いたリルルはここでやっと自分がやらかしてしまったことを認識する。


「あ、あの……フィリア様。私はどれくらいの期間を過ごせば、また上級神へと昇格出来るのでしょうか?」

「ハァ~もうそういう心配ですか」

「はい、頑張る為にもどれくらいなのか確認したくて……」

「安心して下さい」

「え? それって……」

「ええ、私が存在している内はあなたが昇格することはありません。だから、何も心配することなく精進して下さい」

「ええ~」

「いいですね? しっかりと申し伝えましたよ。では、この空間も直ぐに閉鎖されますので速やかに退去して下さいね」

「そ、そんな~フィリア様ぁ~」

「甘やかしすぎた私にも悪いところはあると思いますが、既に最高神様には許可をもらっていますので、この決定は覆ることはありません。では、再び会えることを祈っています」

「……フィリア様」


 フィリアは言いたいことは全て伝えたとばかりにリルルの前から姿を消すと、それに追いすがろうとしていたリルルの手が空を切る。

 リルルはフィリアに「再び会えることを祈っています」と言われたが、上級神の高位にいるフィリアと下級神に戻されたリルルではフィリア自らがリルルに会いたいと望まない限りは会えないことをリルルは知っている。だから、リルルは思ってしまった。


「くそっ……バカにしやがって! こうなったら……ふふふ、どうせ、破滅するのなら、少し早まっても問題ないよね。悪いのは私じゃなくこんな私を選んだフィリア様だもんね。それに今更、壊滅させた世界が一つや二つ増えたって私には痛くも痒くもないんだし。ふふふ、この空間から追い出される前に出来ることをやってヤル! ふふふ、楽しみにしてなさいよ……」


 リルルはその空間から強制退去させられるまで、何やら手元を動かしていたのだが、何をしていたのかはリルル本人ですら覚えていなかった。


「まぁ、もう私には関係ないことだし……」


 こうして人知れず邪神が誕生した瞬間だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る