パートタイマーの戦場

和泉茉樹

パートタイマーの戦場

「チャンスは残り三回です」どこか楽しげに声は告げた。

 何を嬉しそうにアナウンスしていやがる。こっちは必死だぞ。

 急げ、急げ、急げ!

「機体のセッティング終了まであと二分です」声が耳元で続ける。「変更可能時間は残り一分です」

「知ったことかよ! さっさと出してくれ!」

 思わず声が漏れてしまうが、すぐに返答が、今度は人工知能のアナウンスではない、本当の人間の返答がある。

『落ち着けよ、マイフレンド。機体を落とされたお前が悪い』

 友人にして戦友たるクーロンの声だ。

 俺は歯噛みしながら、意識による操作で母艦の外を確認する。

 視界が裏返る錯覚。惑星リワグの衛星軌道上は、敵味方が入り乱れて酷い有様だった。人型兵器「エキスパンション」もだが、その他諸々の兵器の残骸が大量の宇宙ゴミと化し、超高速で飛び交っている。

 俺が没入型端末でアクセスしている機体を破壊したのも宇宙ゴミだった。大きな宇宙ゴミは砲弾並みの威力があるので馬鹿にできない。宇宙空間での戦闘では敵の攻撃によって撃破される機体は全体の半数で、残り半数は戦闘で生じたゴミによる事故だとされる。

 冗談のようだが、本当の話だ。

 クーロンの機体を検索する。母艦のすぐそばで敵とやりあっている人型兵器が認識される。

 エキスパンションの宇宙戦闘モデルは、もし実際に人が乗っていれば操縦席で押し潰されて原型を失ってしまうような挙動を平然とする。右から左に行ったかと思うと、次には右へ反転し、上へ下へ、前後さえも、不規則に移動し続ける。

 これでは宇宙ゴミとの間で事故も起ころうというものだ。

 俺が見ている前でクーロン機が前後を敵機に挟まれる。敵機のエキスパンションは俺たちのそれとはモデルが違った。

「油断するなよ、クーロン。挟まれているぞ!」

『見えてるよ、マイフレンド』

 平然と返答があり、よっ、などと気の抜ける声と同時にクーロンの機体が横へずれる。

 見えないはずの背後からの銃撃を回避するのは高等テクニックで、自機のセンサー情報だけを体感していては実現しない挙動だ。

 そのままクーロン機が上下を入れ替えつつ旋回し、さらに敵機へ回り込むような軌道を走る。

 敵はまず一機が撃破され、もう一機はクーロン機の片足を破壊したものの、やはり撃破された。

「大丈夫かよ、そんな機体で」

 関心半分、心配半分で言葉にすると、余裕たっぷりの返答がある。

『気にするな、チャンスはあと四回ある。やれるところまでやって敵の母艦にでも突っ込むさ』

 俺が返事をする前に、人工知能が「機体を射出します」と穏やかに告げるので、俺は意識を機体に移動させた。

 自分の肉体がはっきりと認識できたが、それは生身の肉体ではない。

 エキスパンションという人型兵器が、俺の肉体に置き換わっている。

 開けた視界は、母艦のカタパルト上にセッティングされた機体のメインセンサーのそれに切り替わっていた。同時に機体の状態に関する情報がすべて、意識に浮かび上がった。武装は両手に無反動機関砲。腰に同じものが二丁、予備として装備されている。

「射出タイミングを譲渡します」

「オーケー」

 人工知能に答える必要はないが、気分は大事だ。

 もっとも、特に発進のセリフなどはなく、俺の意思に従って機体が高速で射出される。

 宇宙空間に機体が放り出されると、不思議な違和感がやってきた。自分が宙に浮いていながら、同時に、地上へ引っ張られる感覚はない、というのは重力下で体感する浮遊感とはまるで違う。

 しかしそんな違和感を意識する余裕などない。

 ここは戦場で、戦闘の最中なのだから。

 こちらはすぐに敵にマークされる。敵機には赤いカーソル。味方は青だ。

 照準されていることをセンサーがキャッチ、警告を発する。だが同時にこちらもその敵の位置を把握していた。

 敵機は周囲に十以上が存在し、戦場全体では百近い。味方を加えて、全てが高速で行き交い、撃墜し、撃墜されていく。そんな中でまずは俺を狙ってくる奴がわかればいいのだ。

 位置情報を直感的に認識し、機体を強引に横転させると、すぐそばを銃弾が掠めて去っていく。両手足が痺れる。機体と同期しているための感覚のノイズだ。

 宇宙戦では照準の正確性を底上げするために特殊な曳光弾が使われているので、どこをどう銃弾、砲弾が走ったか、はっきりと知れる。出どころが分かれば、どいつが俺を狙っているかも自明だ。

 推進剤のかすかな尾を引いて、俺の機体が宙を突き進む。

 こちらの背後を取りつつある敵を引き剥がす機動だが、容易にはいかない。背後にピタリと付いた敵が追いすがってくる。一機ではなく、二機のようだ。

 宇宙ゴミを小刻みな針路変更で避けていくが、細かな破片は無視する。機体の装甲が跳ね返して生じる細かな震動が感じ取れる。もっとも、姿勢制御に影響があるから感じているにすぎないし、音などはしない。

 センサーに複雑な乱れが生じるのを人工知能が自動で補正し続けるが、その補正にも限界がある。直感的にこちらから人工知能を補助する。

 ともかく今は、敵との距離が欲しい。

 軌道を捻っていき、敵の背後へと回り込むのを狙う。機体が軋む錯覚と同時に、数値上でも機体への過負荷が感じ取れる。

 敵も敵で、弧を描く軌道でこちらの背後に食いついて離れず、有利な位置に占位し続けている。俺には戦場を飛び回る観測機からの情報で、敵の一機が逸れていくのは見えていた。どうやら、こちらの前方に先回りして、針路を塞ぐつもりらしい。

 構うものか。

 強引に機体を振り回し、急旋回。あまりの急激な機動で一部のセンサーが一瞬、データを読み取れなくなる。意識にエラーが走り、不自然な空白が生じるが、すぐに回復。

 限界に挑むような運動で機体の四肢、各関節部に異常が出ていた。次々と浮かんでは脳裏を占めていく警告の群れは邪魔なので即座に消去。警告を消したところで無理な機動での過負荷状態に変化はないが。

 機体の制御が人工知能のサポートの限界を突破し、俺は感覚のまま、マニュアル操作で機体を制御し続ける。

 刹那で、ついにこちらの旋回半径が敵の追跡の限界に勝り、背後とまでは行かずとも、側面を取ることに成功する。敵機は挙動が乱れている。向こうも向こうで、性能の限界なのだろう。

 今は、俺の動きに驚き、対応できていない。

 一瞬の勝機。

 冷静に照準。

 逆に照準されているという警告が走る。

 意識が一瞬で視野を精査する。こちらの側面に敵機がいて狙っている。

 被照準の検知は無視し、引き金を引く。

 機体の両手が保持する機関砲から砲弾が迸り、曳光弾の光の点滅が向かった先で敵機は一瞬でバラバラになった。

 次は俺の機体が同じ運命を辿る。

 そう俺を照準した敵機のパイロットは思っただろう。

 だが、そうはいかないのだ。

 撃墜されたのはお前だ。

 ザマアミロ。俺が一人だと思ったか。

 推進剤を噴射して振り返った俺は、俺に機関砲を向けていた敵機が粉砕されて宇宙に飛び散っていくところを見た。それを成した砲撃の痕跡がわずかに瞬く曳光弾の光として見えた。

 すぐそばを、俺を破壊する寸前だった敵機を際どく撃破した味方が飛んでいく。

 片足がない機体。

 クーロンの機体だ。

『ありがとよ、マイフレンド。いいカモだった』

「こちらこそ、頼りにしているよ、クーロン」

 そんなやり取りの後、俺たちはそれぞれの戦闘へ戻ったが、クーロンも俺もほんの数分後に撃墜され、再び次の機体に自分がインストールされるのを待つはめになった。

『マイフレンド、どうもこの戦場は怪しいぜ』

 そんなことをクーロンが囁いてくる。俺も同じことを感じたので、武装を変えるか悩んでいた。

 怪しいというのは、勝ち目がないということだ。敵の母艦はすでにこちらの防衛線を突破しつつあるし、エキスパンションによる戦闘も味方に分がない。

「防衛線を突破されるのは避けられないだろうな。俺もそう思うよ。どうにも敵の戦力が大きすぎる。物量で負けているようだ」

『惑星リアグ防衛軍は何をしているんだろうな。宇宙にいるのは傭兵部隊ばっかりだ』

「宇宙は捨てて、地上戦の準備じゃないか? 宇宙戦闘は傭兵にお任せなんだろう。なんせ、金ばかりかかるからな」

『宇宙戦で撃破された機体も艦船も、みんな宇宙のゴミになってほとんど回収できないもんな。効率が悪いや。まぁ、うちの会社も業務委託で相当に儲けているんだろうけど』

「俺たちは二束三文で戦わされているけどな」

 そんなやり取りをしているうちに、機体の準備が整ったと人工知能が告げる。俺は腰に保持する予備の銃を一丁、小型のものに変えた。ついでに大気圏降下用の装備も装着したが、その代わり推進力が犠牲になるので、これは冒険だ。

 母艦から射出され、戦闘に復帰する。

 だが戦場へ飛び出して早々、敵機に包囲される羽目になった。

 まずい、と思っても遅い。敵を一機だけ撃破したが、他に三機からマークされている。まずいどころではなく、これは即死コースだ。撃墜されれば俺への割り当ては最後の一機になる。

 現状での成績には到底、満足できていない。

 死んでたまるか。

 それでも気力だけではどうしようもなく、撃墜される覚悟を決めたところで、不意に頭上から援護射撃があった。死角からだったので、まったく俺には見えていなかった。

 味方の位置が直感的に理解でき、敵機が横撃に気を取られたところで、俺にはからくも反撃の間ができた。クーロン機も突っ込んできて、敵機を撃破。俺は窮地を脱した。

 通信が入る。知らない相手だが、アカウント名と所属は見える。

 名前は、ヴォーグン。イースト星系傭兵隊所属。

『ぼさっとしているんじゃねぇぞ! 素人か!』

 いきなり罵倒するのはマナー違反、などと言っている暇はない。近づいてきた敵機の群れを即席の十字砲火で押し戻してから、答える。

「これでも通算の撃墜数は三百は超えている。スコアは公開しているよ。見えるだろ」

『舐めた口を聞くんじゃねぇ! その喋り方、ガキだな? お前、パートタイマーか!』

 パートタイマー。

 副業で傭兵稼業をしているものへの蔑称だが、最近では学生をしながら傭兵をするものを指す言葉になりつつある。

 別段、腹も立たないが緊張をほぐすために会話を続けてやる。ヴォーグンなる相手も相手で、精密な射撃と大胆な機動を継続しながらトークしているようだから、これは負けていられない。

「パートタイマーでも敵は容赦しないよ。それともあんたは敵がパートタイマーなら手を抜いて勝機を見逃すのか?」

『そういうことを言うのがガキなんだ! 相手が誰だろうと徹底的に叩き潰すね! パートタイマーなど、どいつもこいつも糞食らえだ!』

 俺は敵を一機、落としておいて改めて声の主を探す。

 すぐに見つけた。青いカーソル。目と鼻の先で接近戦を繰り広げているのがヴォーグンなる男の機体だった。

 両手に銃身の短い、しかし連射速度の速い銃器を装備している。それに機動力を上げるための推進器が増設されていた。どちらかといえば小回りが効くのが売りらしい。

 その機体が撃ち漏らし、側面へ遷移しようとする敵を砲撃で足止めしてやる。何の打ち合わせもなかったが、ヴォーグン機は急旋回で足が止まった敵機に襲いかかると、あっという間に撃破した。

 こういう時、礼の一言でもありそうなものだが、罵声が飛んでくる。

『礼なんか言わねぇぞ、パートタイマー!』

「誰が礼を言ってもらうために敵を落とすもんか」

 やり返したところで、人工知能の声が脳裏に響く。

「敵の母艦が大気圏への降下を始めました。追撃してください」

 この戦闘において、高圧的な指揮官など存在しない。戦場においては人工知能の常に穏やかな声が指揮を執るのである。

 どこかの傭兵の罵倒は無視して、視野に重なって見える観測機からの光景を認識。

 敵の母艦が三隻、大気圏に突入しつつある。すでに高熱の赤い光をまとっていた。敵機はその母艦を守る陣形を組みつつある。

 後手後手じゃないか。負け戦さと言ってもいい。

 ヴォーガン機も、他の味方機も敵の母艦へ突撃を開始するが、敵機も母艦を守ろうと必死である。激しい銃火が交錯し、戦闘の密度が上昇していく。俺もその流れに加わり、敵機の只中に突っ込んだ。

 撃てば何かに当たるような戦場で、こうなっては生きるか死ぬかは運任せだ。

 味方同士の交信で口汚ない単語が飛び交い、無数の機体が大小の爆発となって散っていく。

 俺の機体は無事に敵の防御を突破したが、今度は敵母艦からの対空砲火が待ち構えている。

 機体を不規則に運動させるが重力に引きずられていくために、思うようにはいかない。マニュアル操作で制御を続行。味方は他にもいるが、母艦を落とすほどの火力はないようだ。

 つまり、この作戦は俺たちの敗北で、即座に次の作戦に移ることになる。

『聞こえるか、マイフレンド。まだ無事らしいな』

 クーロンからの場違いなほど調子のいい声。

 俺は我ながら健気に、当たらないと理解しながら敵母艦への砲撃を続けていた。すでに重力からの脱出は不可能で、近いうちに大気圏突入のための装備の出番だ。そうなれば通信は一時的に途絶えてしまう。

 クーロンはそれを見越して呼びかけてきたようだ。

『こっちは一度、機体を乗り換えないと地上には降りられない。お前を見習って装備を変えておくんだったよ。一機、無駄にしちまった。俺が行くまでの間、一人で粘っていろよ、マイフレンド』

「お前の方が常識的だよ。こんな形で地上戦に突入するのを見越した奴がどれだけいるかな」

『でもやらなくちゃな。俺たちの仕事だ』

 そこで雑音が走り、不意に通信は切れた。大気圏突入シークエンスが起動する。

 機体が自動で姿勢制御し、推進剤の増加タンクが切り離された。満を持して、大気圏突入用のカプセルが展開される。背中から広がったクッションのようなものが機体を包み込み、大気摩擦から機体を守ることになる。クッションに包まれてしまえば、切り離される段階になるまで周囲は見えない。観測機や母艦からの情報も、激しいノイズで途絶えてしまう。

 俺は目を閉じる意識をしながら、機体の状態を改めてチェックした。関節部分は許容範囲内の歪みしかないので、おそらく重力化でも機能は維持できる。宇宙戦仕様だから、いくつかの装備や装甲を切り離す必要がある。そうしないと重くてとても動けない。

 そんな算段をつけているうちに、指揮を執る人工知能から新しい作戦が通知された。

 想像通り、地上に降りた敵機を撃破するという内容だった。作戦に付随する情報で、あまり長い時間の作戦ではないようだと知れた。きっとこの次の作戦が敵の母艦への攻撃か、地上の拠点の防衛になるのだろう。つまりこれからの作戦は、次の大きな作戦への繋ぎということ。やはり俺のような装備の機体を選んだものが少なかったことになる。

 機体が不規則に揺れ始める。人工知能が高度を表示し始めたが、しかし機体のセンサーからのデータが不規則に揺れる。カプセルを切り離すまでのカウントダウンも開始されるが、数字が減ったり戻ったりする。

 激しい宇宙戦闘でセンサーに誤差が生じているらしい。

 こうなってはもはや、人工知能の観測に任せるしかない。降下に関する制御は人工知能に預け、俺は銃器の残弾をチェック。十分にある。機体の稼働可能時間もチェック。問題ない。

 それでもこの機体はほぼ捨てることになるはずだ。撃破されてから乗り換える機体が本命。

 カウントダウンに注意を向け、カプセルから解放されるタイミングに集中しているところで、珍しく人工知能が全軍に警報を発した。

「敵母艦が市街地へ降下しています。民間人への被害に留意してください」

 市街地か。それはあまり望ましくない。

 民間人への被害は成績に対して大きなマイナスになる要素だし、場合によっては罰則も発生する。

 センサーの設定を変更し、人間を見落とさないようにする。熱分布を読む程度だが何もしないよりはいい。

 カプセルが切り離される時が来た。高度計はまだ揺れ続けている。センサーがいかれたか。

 電子音の後、視野が開けた。

 カプセルは吹っ飛んで行き、眼下に地上が見えた。それも一瞬、機体が不規則に揺れたかと思うと、大気に翻弄されてきりもみ回転を始める。

 光学センサーと観測機、母艦との通信の再開で高度の認識はほぼ正確だとわかったが、速度の計算にズレが生じていたらしい。

 両手両足を広げ、空気抵抗の調整で姿勢を整えていく。高度があって助かった。降下技術は訓練を積んでいるし、実戦での経験もある。なので不安はない。人工知能のサポートもある。

 やっと視界が定まり、眼下に見えるのはどこかの地方都市のようだった。道路が縦横に走り、建築物が密集している。

 敵の母艦の位置を確認。すぐそばを降りながら飛行翼が展開され、高度を一定に保っているのが見て取れた。すぐにエキスパンションが発進するだろう。

 こちらは落下傘を開く時だ。

 思考入力で開傘。上へ引っ張られるような錯覚。同時に宇宙戦仕様の装備である追加装甲を切り離す。宇宙戦仕様の銃器も切り離し、地上戦用の一丁だけにした。

 しかし市街地のはずれに降下していくが、開けた空間がないのが問題だ。

 外部の音を聞き取ろうとするが渦巻く風の音しか聞こえない。いや、遠くからサイレンが聞こえる。視野をズーム。民間人が逃げていくのが見える。

 今頃、避難しているのでは遅すぎる。

 他の味方機を確認。二機がすでに降り立っているが、どちらも建物を倒壊させていた。俺も同じようにするしかない。

 高度がゼロになるその前に建物の屋根に足が乗る。乗った次には崩壊し、建物二棟を巻き込んでなんとか着地する。人工知能が激しい警告音とともに、真逆の冷静な調子で告げる。

「民間人に注意してください」

 足元を確認。尻餅をついた背広の男性が見え、すぐそばに瓦礫の下から溢れる赤い染みも見えた。くそ、なんで先に避難させておかないんだ。衛星軌道上で戦闘になっているのに、避難しない理由があるというのか。

 そこまで考え、再びの警報に注意を向ける。

 敵の母艦からエクスパンションが発進している、という内容だ。

 敵機を探す。母艦から次々と降りてくるのは陸戦仕様もいれば、飛行装置を背負った機体も見える。数が明らかに違う。これでは俺たちは早晩、殲滅されるだろう。降下中の母艦の安全さえも怪しい。

 味方の位置を再確認。地上には十五機が降り立っている他、十機が降下中。その十機とほぼ同時に味方の母艦も大気圏へ降りてくるところだが、下手なことをすれば撃沈されるだろう。

 そうなれば大敗北でも、しかし諦めて投げ出すわけにはいかない。

 ただ、何かがずっと脳裏にある。

 違和感、というより、既視感か?

 何がそんなに引っかかっている?

 敵機からの射撃が始まる。連携のとれた十字砲火から逃れるべく、機体を横へ跳ねさせるが、建物の一つに激突。勢いのまま押し倒しながら機体が転がり、姿勢を取り戻すが、火線が執拗に追いかけてくる。

 さらに横転し、建物を破壊しながら銃撃を逃れる。

 建物を遮蔽にすると、再び人工知能からの警報。

「民間施設に留意してください」

「馬鹿な! 負けちまうぞ!」

 怒鳴り返しても、人工知能はうんともすんとも言わない。

 くそったれめ!

 頭上に影。飛行装備の敵機がこちらを狙っているのだ。

 地面を蹴りつけ、機体を跳ねさせる。右肩に衝撃、片腕が肩からすっ飛ぶのが視界の隅で見える。

 片腕を喪失したことで姿勢制御に乱れが生じ、アスファルトを砕いて地面に墜落。直感のままの操作で跳ね起き、人工知能が制御系を補正するまでの時間を稼ぐ。建物の間を跳ね回りながら、左手で保持している銃機を頭上を振り回すようにしてぶっ放し、牽制。

 これは本当に、ジリ貧だな。

 宇宙戦仕様機で凌げるわけない上に多勢に無勢だ。

 くそったれ。くそったれ!

 頭上へ牽制射撃を続けたが、残弾がゼロ。

 弾倉の交換に両腕は必要ないが、片腕だけでは交換の最中は無防備になる。

 機体を全力で跳躍させ、上空を抑えている敵機の攻撃範囲外へ逃れようと悪あがきを試みる。

 敵はそれをお見通しだったのだろう。

 正確な射撃が地上の家屋を巻き込みつつ、俺の機体の両足を粉砕した。もはや修正不可能な状態になり、俺の機体は墜落していく。

 人工知能は民間人を巻き込むなだの、民間施設がどうのと言うだろうが、これは戦争だ。

 俺はパートタイマーの傭兵でも、勝つために戦っている。

 視界を何かがよぎった。

 俺は、この光景を知っている。

 知っている?

 視野は激しく乱れ、何もかもが溶けてしまい、像が定まらない。

 俺は何を知っている?

 次の瞬間、俺の機体は集合住宅に突っ込み。

 俺は意識がブラックアウトした。

 そんな仕様はないはずだ、と思った思考が最後だった。

 漆黒が見えた。

 漆黒しか見えない。

 闇。

 ただ闇だけ。


       ◆


 闇の真ん中で何かが弾けた時、僕の意識が戻った。

 咳き込むが、口に酸素マスクが当てられているのに感触ですぐ気付いた。

 視野が霞むが、瞬きを繰り返すと、天井は真っ白で、いかにも病院だった。

 そう、僕はベッドに寝かされている。両腕が動かない。左の肘のあたりに違和感。うまく動かない首を無理にひねると、すぐ横に点滴のパックが吊るされているのが見え、つまり肘の違和感は点滴の針ということだ。

 どうして僕は病院にいる?

 記憶がすぐには蘇らない。そう、僕は、没入型端末を使っていた。それで、戦争に参加していたはずだ。パートタイマーとして。

 あれは現実だ。

 しかし、しかし……?

 不意に記憶が蘇った。明け方まで傭兵稼業をしていたはずだ。学校で眠ればいいと思って。

 それが、僕の乗った機体が撃破された。

 違う。

 撃破されたわけではない。

 集合住宅に突っ込んだ。

 そうだ、僕は知っている。

 あの集合住宅も。

 あの街も。

 あの街は僕が育った街であり、集合住宅は僕が家族と住んでいた建物だ。

 つまり……。

 僕が結論にたどり着く前に、ベッドの横に誰かが歩み寄ってきた。医者か、と思ったが、違う。着ているのは白衣ではなく軍服、いや、違う、正規の軍服ではない。

 傭兵会社の制服だった。

「シュン・カキくん、すぐに医者が来る」

 傭兵の男の声は人工知能のそれとは違い、重々しく、沈鬱だった。

「あの」

 僕の声は掠れていた。

「戦いは、どうなりましたか」

 やっとそう言葉にすると、男はわずかに眉根を寄せた。

「敵は橋頭堡を築きつつある。我々は一時的に後退するだろう」

 負けてはいない、ということか。

 そんなことを考えている僕を見据え、彼はどこか悲壮な声で言った。

「家族のことは聞かないのか」

「家族?」僕は目を見開いていたことだろう。「無事なのでは?」

「きみの機体が突っ込んだ後、きみの祖母は行方不明だ。ご両親は病院にいる」

 なんだ、そのくらいで済んだのか。僕は内心、ホッとしていた。そう、祖母のことをどうしてか、僕は深く考えなかった。

 何を思ったか、男の視線は哀れみのそれに変わった。

「きみのこれまでの戦争への貢献には、いくつかの勲章の授与が検討されている。ゆっくりと休みなさい」

「休む? 何故?」

 僕の言葉に、今度は驚いたようだった。傭兵にしては、実に表情豊かじゃないか。いや、関係ないか。

 彼はチラッと僕の足の方を見てから、もう一度、こちらをまっすぐに見た。

「きみは両足を喪失した。治療も必要なら、社会復帰のための訓練も必要だ。何より、時間が必要だ。休む時間が」

 両足を、喪失した?

 言われて初めて、僕は両足に今までに感じたことのない感覚があるのに思い至った。てっきりそこにあると思っていたが、どうやらそれは錯覚らしい。

 僕は足の感覚がないということに、言われて初めて気づいたのだった。

 無意識に、目を閉じていた。

 そして考えた。

 家族のこと。勲章のこと。両足のこと。

 どれだけ考えても、僕の頭の中には一つのことしか浮かばなかった。

「あの」

 言葉にすると、傭兵の男はわずかに微笑んだ。

 きっと、何か勘違いしたんだ。

 僕について。

 僕という人間について。

「ここでも、戦うことはできますか?」

「……なんだって?」

 ですから、と僕は続けた。

「ベッドの上から、戦場には出られますか?」

 果たして男は絶句した。

 絶句する理由はないと僕は思った。

 参加できない理由はない。没入型通信端末は僕の部屋に設置できたのだ。どこの家庭にも二台や三台はある代物で珍しくもない。

 男が低い声で言った。

「もうきみは、戦う必要はない。戦いは大人の、それを使命とするものの仕事だ」

 僕は反射的に笑ってしまった。笑って膝のあたりに痛みが走り、少し涙が滲んだ。

「何がおかしい?」

 いえ、と僕は答えた。

「僕もそれが仕事です」

「きみは子供だ。そして怪我を負っている」

 それでもです、と僕は答えた。

「僕は傭兵が仕事の、パートタイマーですから」


      ◆


「チャンスは残り三回です」どこか楽しげに声が告げる。

 一日に与えられるチャンスは全部で五回。

 しかしそれが尽きるまでは、戦うことができる。

 どこにいても。

 どこからでも。


(了)

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

パートタイマーの戦場 和泉茉樹 @idumimaki

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ