第2話 入団試験

「あのseasonシーズンから秋人あきとが抜けた」


 その話は瞬く間にバンド界隈に広まった。そして勃発するのが「秋人争奪戦」である。特に彼はメジャーデビューを果たしたバンド出身なだけあって、その実力には保証書が付く。

 それゆえに秋人のSNSアカウントにはすぐに何十通もの破格の待遇で是非ともウチに来て欲しい! というラブコールが届いた。


 そりゃそうなるよなぁ。と彼はスマホを片手に思いながらも、検索をかけてバンドの実力が自分と釣りあう所のみを厳選して「会おう」と返事をし、

 それ以外には「申し訳ないが今回の話は無かったことにしていただきたい」と就職活動で言う「お祈りメール」を返すことにした。




 数日後、会おうと話をつけたバンドメンバーの元で「面接」に望むことにした。

 他人に好印象を与えるようYシャツに黒いズボンという清潔感のある服装にして、自毛である茶色い髪をとかす。

 愛用の眼鏡はムースタイプのクリーナーでていねいに拭き、汚れや曇りのないように仕上げる。

 バンドからはキーボードを担当して欲しいとの事なのでseason時代でもたまに使っていたキーボードを持って行った。




 場所は都内のとあるアパートで、音楽家の卵たちが多く住む「音楽の街」と呼ばれるだけあって、防音設計されている賃貸住宅が林立しているところだ。

 彼らは3人組のバンドでそれぞれボーカル兼ギター、ベース、ドラムを担当しているという比較的スタンダードなものだ。


「秋人さんですね。お待ちしていました」


「すげぇ……本物の秋人さんだ。リアルじゃ初めて見るぜ」


 本来は秋人の方が面接を「受ける」側なのだが、これでは「する」側だな。

 昔、ナツが持っていて今では失ったものを持っている年下のバンドマンたちを見て、初々しさを懐かしんで秋人に笑みが浮かぶ。




「秋人さん、あなたはseason在籍時ではベース担当だったそうですが、キーボードも出来るんですよね? 実際の所はどうなんですか?」


「今見せるよ。口で説明するより実際に演奏を聴かせた方が早いからな。昔から「百聞は一見に如かず」とも言うしな」


 そう言って彼は自宅から持ち出してきたキーボードの準備をして演奏を開始する。




 奏でだしたのはベートーヴェンの「エリーゼのために」だ。彼が幼い頃ピアノ教室に通って覚えたものだ。

 クラシックに詳しくない人でも1度は聞いたことのある部分にとどまらず、その先にあるあまり聞かないパートも楽譜を見ることなく完璧に暗記しており、見事に弾きこなしていた。

 彼の演奏が終わると、バンドメンバー3人は思わず拍手する。




「いやぁ、素晴らしいですね。さすがメジャーデビューできるだけありますよ」


「そうか、ありがとう。で、面接の結果はどうなんだ?」


「文句なしの合格ですよ! 是非ともウチに来てくれませんか!?」


「ああ分かった、って言いたいんだが実は面接があるのはここだけじゃないんだ。あと2か所で行う必要があるんだ。それが終わってから最終的な結果を出したいんだがいいか?」


「はい、構いません。待ってますよ」


 秋人は連絡先を交換して面接会場を後にした。




 その後、候補だった他のバンドでも面接をしてメンバーの実力と将来性がありそうだという事で、最初に面接をしたバンド「パンセ×パンセ」に加入することを決めた。

 正式なメンバーとなった秋人の事を3人は暖かく出迎えてくれた。


「秋人さん! これからはメンバーとしてよろしくお願いします!」


「こちらこそよろしく頼むよ」


「ところで、何でうちらに入ることを決めたんですか? 何かがあるんですか?」


「ああ。君たちを見てると昔のナツを思い出すんでな」


 誘いが来たところの中では上位で、何より音楽を純粋に愛している所。それが秋人の背中を押したのだ。




「それと、何でseasonを抜けなきゃいけなかったんですか? 向こうは新メンバーを募集している様子もなさそうですし」


「……」


 秋人はパンセ×パンセのメンバーからそれを聞くと考え込むように眉間にしわを寄せながら黙る。


「バカ! そんな事聞くんじゃねえよ!」


「痛っ!」


 リーダーが失言をしたメンバーにゲンコツを1発入れる。




「すまなかった。言いたくない事を聞こうとしちゃって」


「いやいいんだ。それに聞きたきゃ聞かせても良いが、いいか?」


「良いんですか?」


「みんながそれでいい。って言うのなら話すよ」


 メンバーはコクリとうなづく。それを見た秋人は語りだした。

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