バンドの最後の良心である俺が追い出されました。~向こうは一大スキャンダルだそうですが俺はもう知りません~

あがつま ゆい

第1話 「お前、クビ」

秋人あきと。お前、クビな」


 テレビでも名前が挙がりはじめて、注目されつつある新鋭気鋭のバンド「seasonシーズン」そのリーダーであるナツがライブが終わった後の楽屋で、

 バンド結成時の頃から苦楽を共にした初期メンバー「秋人」に向かってクビを宣告した。




 seasonはSNSを起点に活動を初めて4年……今では10代20代の若者を中心に500人規模の会場が単独ライブで満員になる程ファンを動員出来て、

 最近ではバンドマンなら誰もが憧れるメジャーデビューを果たすまでになった4人組のバンドだ。


「ナツ……テメェ、昨日の事をまだ根に持ってるわけなのか? お前自分のやってる事が何なのか分かってんのか!?」


 秋人は今回の「クビ宣告」には、大いに身に覚えがあった。




 時刻は昨日の22時にさかのぼる……




◇◇◇




「おーい、ナツ。ライブ当日にやる事の最終チェックをしようぜ」


 ライブ会場とバンドメンバーの活動拠点の距離からしたら、やろうと思えば日帰りでも出来たライブ前日。

 秋人以外の3人は「当日アクシデントがあっても余裕を持って行動できるように」と、ライブ会場近辺で1泊することに強くこだわっていた。

 4年もライブやってりゃ予想外の事態なんて慣れっこだというのに……今思えば1泊することにやたらと強くこだわっていたのを「警戒」すべきであった。


 秋人がナツの部屋のドアを開けると……メンバー3人は明らかに中学生だと思われる身体をした「若い」というよりは「幼い」といった方がしっくりくる少女と「淫らな行為」を繰り広げていた。




◇◇◇




「ファンとの淫行なんてバンドマンたるもの武勇伝の1つだろ? 何をそんなにカリカリするんだ? 寿命が縮むぜ?」


「ビッグモーターの不正も、ジャニー喜多川の淫行も、テレビで散々報道されたのを忘れたのかよ!? 不正はバレるもんだ! 今すぐ止めねえとバンドが消し飛ぶぞ!

 今の世の中はちょっとした失言でクビが飛ぶ時代なんだぞ!? コンプライアンスはどうなってるんだ!? って言われるようになったんだよ今は!」


 寿命が縮むと冗談半分なリーダー、ナツの態度に秋人は怒りを混ぜてビッグモーターやジャニー喜多川がしでかした事と同じ事だ! と説く。もちろん相手は聞く耳持たずだが。


「秋人、オレ達をあんな奴らと一緒にしないでくれ、アイツらは詰めが甘かったからあんなことになるんだ。俺達はそれから教訓を学んで同じドジを踏むことは無いさ」


「なぁ秋人、お前も大人になれ。そんなこと言ったら芸能界の人間は全員獄中行きだぞ? 俺たちには力があるんだ。その力を思いっきり享受きょうじゅできる権利はあると思うぞ」


 メンバーの2人は秋人の感覚から言えば「ヘドが出そうなほどの」酷いセリフで説得にかかる。欲望は人を堕落させる……その典型例だ。

 もちろん彼はそんな醜いセリフで心が動くような人間ではない。




「お前らいい加減にしろよ! ナツ! こんなことやって許されると思ってんのか!?」


「バレなきゃ大丈夫だろ? オレも証拠を残さないようにきちんと後処理はしてるぜ? っていうかお前昔っからそうだよな? 時にはリーダーであるオレの邪魔すらしてくるよな? お前の事はいつかクビにしたいって思ってたんだぜ!

 バカの1つ覚えみたいなお前の説教は聞き飽きたんだよ!」


「バレるバレないの問題じゃない! やってはいけない事はやってはいけないんだ! こんなスキャンダルで解散したバンドなんて昔から山ほどあるのを知ってて言ってんのか!?」


 秋人は説得するが相手はまるで聞いていない……すっかり堕落したナツに詰め寄る。これが致命的な一言を呼び起こすことなど知らずに。




「ナツ……お前「音楽で世界を変える」って夢を語ってたよな!? アレはウソだってことなのか!?」


「昔はそう思ってたけど夢は腹を満たせないし、換金することも出来ねえんだよ。秋人、いつまでも夢にしがみついてないで現実見ろよ」


「……!!」


 秋人が4年間苦楽を共にしたナツに言われたその一言が、決定的だった。




「ああそうかいそうかい! じゃあテメェら全員勝手にしろ!」


 秋人はドアを閉めているにも関わらず廊下にいる人間にも聞き取れる位でかい声を出して楽屋を去っていった。


 数日後「season」の公式ホームページにはリーダーのコメントとして

「メンバーの秋人とは「他メンバーとの音楽性の違い」からバンドメンバーおよびスタッフ全員で協議した結果、脱退することとなりました。この度は世間をお騒がせして誠に申し訳ありませんでした」

 と書いてあった。

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