eyes:28 翔、異世界の悪魔との邂逅

教会の少し重たい扉をゆっくり開けて中に入った翔は、そーっと辺りを見渡した。


教会の中は多数のロウソクの炎で照らされてはいるが、全体的に薄暗い。

また、そこにはいかにも教会らしい、ステンドグラスで出来た屋根がある。

ただその中で翔が目を奪われたのは、教会の壁一面に大きく描かれている壁画だった。


「なんだこれ?凄い壁画だな」


壁画の内容は普通のそれとは違い、よくある天使の絵とかではない。


白地に金の刺繍が施されたロングジャケットを纏った、金髪の若い剣士。

そして彼の横に並んで構える戦士や魔法使い、軍師や僧侶といった面々。

彼らが五人の強大な悪魔に向かい、凛々しい表情で戦いを挑んでいる壁画だったのだ。


そしてよく見ると、剣士達の額にはそれぞれ異なる色のクリスタルが埋め込まれている。


翔はその壁画に心を奪われた。


「なんだこれ?一体、何の戦いなんだ?」


まるで今にも動き出しそうな躍動感の溢れる壁画を、翔はジッと見つめている。

初めて見た壁画なのに、なぜかどことなく懐かしい気持ちを感じながら。


───このクリスタルは……


その時、外で巨大な落雷の音がドオォォォンと鳴り響き、教会のステンドグラスを強く光らせた。

その瞬間、雷光がサッと映し出す。

薄暗い教会の廊下に、翔以外の細長い人影を。


───えっ?!


翔がその人影を見てビックリすると、背後から翔に話しかけてくる声が聞こえてきた。


「それは……異界で起きた戦いの記録です」

「うわっ!」


翔はメッチャ慌ててバッと後ろを振り向くと、一人の男が翔を静かに見つめている。

身なりからして神父に違いない。


ただその神父は老人ではない。

30代か40代ぐらいの整った顔立ちをしている、出で立ちのスマートな男だ。

手に持っているのは恐らく聖書だと思うが、彼が持つとまるで魔導書のように見えてしまう。


「ビックリしたーーあの〜、ここの神父さんですか?」


翔が少し恐る恐る尋ねると、神父は翔に微笑みゆったりとした口調で静かに答える。


「はい、その通りです」

「ですよねーーすいません。なんか勝手に入っちゃって……」


翔はちょっと申し訳なさそうな顔をして、片手でポリポリ頭を掻いた。

やっぱ、勝手に入ったのはマズかったかなと思ったが、神父はそれを咎める事はしなかった。


「いえ、気にする事はありません。教会は誰でも自由に立ち寄れる場所。特に、アナタのような深い悲しみを背負った方こそ歓迎致しますよ」

「えっ?」

「教会は、その悲しみを下ろしてもらう場所ですから」


慈愛に満ちた眼差しを向け、翔を受け入れてくれた神父。


翔は、いかにも神父が言いそうな言葉だと思ったが、そのまま話を続けてみる事にした。

翔は今まさに、神父が告げた状態そのモノだったから。


「ハァッ、そうですか……まあ、下ろせるもんなら、今すぐ下ろしたいですけど……」

「安心してください。ここに来た以上、アナタは間もなく下せることになるでしょう。胸に刻まれた黒い十字架を」


黒い十字架とは、また神父というか聖職者らしい表現だとかは思いつつも、翔はそれが妙にしっくりきた。

まるで、自分の心象風景その物を言われたような気がして。


「黒い十字架ですか……まあ、本当に下ろせるならいいんですけど、正直今は、とてもそんな風に思えないっす……」


翔は哀しそうに瞳を伏せながら話していたが、ふと、さっき神父が言った言葉を思い出した。


「そういえば神父さん。さっきあの壁画、確か『異界』での戦いって言ってましたよね?」

「はい、確かにそう言いました」

「ですよね。いや、さっきはビックリして尋きそびれちゃったんですけど、神父さんが言った異界って、よく小説やアニメに出てくる異世界の事ですか?」


異世界やファンタジーが好きな翔は、ちょっと楽しそうに神父に尋ねた。

まさか教会にそんなモノは無いだろうと思いつつも。


けれど翔の思惑とは逆に、神父は当然だという表情でアッサリ答える。


「いかにもその通りです」

「へぇー!じゃあ神父さん、そういうの好きなんですね♪」


翔は面白い神父だと思って、少し笑顔を浮かべた。

すると神父は両手を腰の後ろに回し、妖しいオーラを放つ瞳で翔を見つめてくる。


「好きというよりは……記録です」

「えっ?またまた~」


翔は、そんな事あるわけ無いじゃんと思い半笑いで答えた。

けれど、神父は妖しげな笑みを浮かべつつも、その眼差しは真剣だ。


「この異界では、気付いてしまいましてね。勇者が悪魔の企みに……」

「悪魔の企み?」

「えぇ。元々その世界では、悪魔が国家を裏から操り、情報操作を行い国民達を欺けていたのです。自分達の野望の為に」

「なんか、今の現実世界みたいですね」


翔がちょっと皮肉ると、神父は微かにニヤッと笑う。


「フフッ♪そうかもしれません。ただ、それに気付いた勇者は仲間に悪魔の陰謀を話しました。みんなを救う為に」

「さっすが♪それでこそ勇者」

「そうですね。けれど彼は、みんなから全く信じてもらえませんでした。まさか国家が悪魔に裏から操られてるなんて、誰も思ってもいなかったですから」

「そりゃそうだろうけど、大切な仲間達に信じて貰えないって、なんか……辛い話っすね」


翔はその勇者の気持を考え辛い表情を浮かべたが、神父は逆になぜか軽く笑みを零した。


「ククッ♪それどころではありません。その勇者はそれまで苦楽を共に過ごしてきた大切な仲間達から、国家反逆者とみなされ、処刑されそうになったのです」

「なんだそれ?!その勇者、あんまりじゃねーか。信じてもらえない上に、その大切な仲間達に処刑されるなんてよ!」


翔は神父の話が作り話だとは分かっていても、その勇者が余りにもいたたまれなくなり思わず声を上げてしまった。

けれど、神父は動じる事無く話を続ける。


「えぇ。ですがこの勇者はそれでも諦めず、涙を零しながら仲間達と戦いました。そして彼らを退けると、自らの力を最大限に輝かせて悪魔に立ち向かってきたんです。悪魔にとってカギとなる、厄介な女剣士と手を組んで……!」


翔は神父のに少し違和感を感じながらも、その話の中身に胸が熱くなってきた。

その勇者の気持が痛い程よく分かったから。

神父はその翔の心に合わせるかのように、話に熱を込める。


「そして、一度は勇者を荒唐無稽な話をする裏切り者とみなした仲間達も、再び彼を信じ、共に悪魔達に立ち向かってきたのです!己の額に埋め込まれたクリスタルの力を、限界以上に光輝かせながら!」


翔はそこまで神父の話を聞いてワクワクしながらも、神父の話し方というか伝え方に、どーしても違和感が拭いきれなくなった。


「あのーー神父さん。なんか凄くワクワクする話なんですけど、一つだけいいっすか?」

「はい」

「いや、なんで神父さん、悪魔目線で話してるのかなーーと思って。なんか勇者が悪魔を倒すんじゃなくて、神父さんの話し聞いてると、なんていうか、悪魔が勇者に陰謀を見破られたみたいな言い方に感じちゃって……」


すると、神父はまさに文字通り悪魔的な笑みをニヤリと浮かべた。


「当然ですよ。私が、その悪魔の一人なのですから」

「えっ……?」


その瞬間、教会の外で大きな雷鳴がドーン!と、鳴り響き、神父を雷光の白い光が明るく照らした。


その時、翔は見てしまった。

強烈な光で照らされた神父から発せられた影が、まるで悪魔のような形をしていたのを!


「神父さん、アンタ一体……」


神父の事を見据えながら、思わず後ずさる翔。

背筋にゾクッとした恐怖を感じたのだ。


神父は後ずさる翔を引き止めたりはしなかったが、翔に妖しい笑みを向けてくる。


「今先程言った通り、私は悪魔です。けれど……フフッ♪」

「けれど、何だよ?!」


翔は恐怖に顔が引きつり、怒鳴るように神父へ問いかけた。

けれど目の前の神父……いや、悪魔は、真っすぐ翔を見つめている。

逸らす事の出来ない、不思議な力を持った瞳を翔に向けて。


「翔さん、そう怯える必要はありません。アナタの選択によって、私は悪魔ではなく、神にもなるのですから……!」

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美少女に惚れられた底辺作家。ある日突然彼女を強奪されたので、悪魔の力で取り戻します。彼女の為なら魂ぐらい売ってやるよ ジュン・ガリアーノ @jun1002351

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