eyes:26 翔。ずっと一緒にいたかったよ……

「イヒッ……イヒッ……!」


拳武は狂喜の笑みを浮かべると、ルミの方へ振り向いた。


「どうやら翔くんと話しても、私の誠意も慈悲も伝わらないようだ。なのでルミ、お前に決めてもらう」

「パパ……一体何を考えてるの?」


拳武の恐ろしさに震えながら声を絞り出したルミに、拳武は告げる。

実に悪魔的愉悦に満ちた顔をしながら。


「なぁにルミ、簡単な事だ。お前が翔くんと縁を切ると言わない限り、今から翔くんの指が一本一本無くなっていく事になる。作家としての命の指が、一本、一本……!ヒーッヒッヒッヒッ」

「やめてパパ!!」


ルミは、気が狂いそうになりながら叫んだ。


分かっているからだ。

これが脅しでもなんでもなく、本気である事が。

むしろ拳武は躊躇うどころか、楽しんでそれをやる人間。

だからこそルミは、翔を絶対そんな目に遭わせたくない。


けれど凌牙と流星はルミの叫びに止まる事なく、翔の手を力ずくで開かせた。

凌牙と流星にとって、拳武の命令は何よりも絶対であるからだ。

翔をガシッと押さえつける凌牙と、スッとナイフを構えた流星。


拳武はそれが自らの瞳に映った瞬間、心から悪魔的愉悦の笑みを浮かべた。

まるで、観たくてたまらなかった映画の幕が上がったかのように。


「さあ!ショータイムだ♪まずは一本目ぇ!」


拳武の顔が悪魔的狂喜で染め上げられ、流星は氷のような眼差しで翔を見下ろしながら、翔の指を目掛けてナイフをサッと振り下ろした。


その瞬間、ルミは部屋中が震える程大きな叫びを上げる。


「翔とは別れるからっ!!!」


ルミが悲しみで顔を歪め涙をほとばせらせた時、流星のナイフを振り下ろす手は翔の指の寸前で、間一髪ピタッと止まった。


「ハァッ……ハァッ……ううっ……翔、翔……」


息を切らし涙と共に翔の名前を溢しながら、耐えきれない悲しみに身体を震わすルミ。

拳武はそんなルミを憐れむどころか、満足気な悪魔的笑みを向けている。


「ん~~ホントは最低2.3本くらい切ってから決めて欲しかったんだが、まあいい。目的は達した」


拳武が慈悲や誠意と対極にある言葉を放った時、ルミは膝を曲げ、その場にペタンとへたりこんでうつむいた。

まるで全ての糸が切れたようなルミは、そのまま翔に話続ける。

瞳から大粒の涙をポロポロ溢しながら。


「翔……翔……本当に、ごめんね。私の事はもう忘れて幸せになってね。今まで本当にありがとう……私、翔と一緒にいれて、幸せだったよ。私と別れても、翔の夢だけは捨てないでねっ……」


愛する翔を守る為に、その翔と永遠の別れを選んだルミ。

心が引きちぎられ、そこから翔との思い出が溢れてくる。

もう戻れない日々と、二度と会えない翔の笑顔。


それがルミは悲しくて悲しくて、気が狂いそうになるほど悲しくて、でも、ルミはその絶望の中にあっても、自分じゃなく、翔の心から流れ出ている血を止めようとしていた。


まるで、泣き崩れる聖女のように……


ルミのその姿を見た翔は、ルミを救えなかった事が心から悔しくて悲しくて、どうしようもなくやりきれなくて、悔恨の言葉を叫ぶ。

うつ伏せの姿のまま歯を食い縛り、涙で滲む瞳にルミを映したまま。


「ルミ……!くっ……!こんな事、こんな事ありかよっ……!!!」


拳武の屈強な部下達よって床に押さえつけられたまま、絶望の嗚咽を漏らした翔。

それを拳武は、静かに見下ろす。

冷徹な眼差しと共に。


「翔くん。これが力だ。力の無いモノは何も出来ない。キミの小説が誰にも認められないように」

「……うるせぇ!黙れっ!」


声を絞り出して叫ぶ翔。

すると拳武は膝を曲げ、怒りと涙にまみれた翔の顔をニタァっとしながら覗き込む。


「クックック……もう分かっているだろう、翔くん。キミの小説が、キミその物なのだ」

「……くっ!」


心の奥で密かに感じていた事を、一番言われたくない相手から心に突き刺された翔。

翔の心が絶望に染まり、心に黒い十字架が刻まれた。


「まあ、ルミを解放する事……翔くん、もしキミが日本一のベストセラー作家になれば、考えてやらん事もない。が、そんな事は所詮、夢のまた夢よ……」


拳武はなぜか一瞬哀しみを湛えた瞳で翔にそう告げると、その場から立ち去った。

側近の凌牙と流星。

そして、涙の止まらぬルミを連れて……


愛するルミを連れ去られ絶望と共に床に伏せたまま、立ち上がる気力さえも無くした翔。


けれど、その時窓から吹き込む風が、翔のボツになった小説の原稿をパラパラとめくった。

まるでここから始まる、逆転の物語を告げているかのように……!

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