eyes:24 翔……もう、会えないの?

「ハァッ……ハァッ……ルミっ!」


翔は息を切らしながら、全速力で自宅に向かっていた。

誰だか知らないけど、ルミを絶対に連れ去られたくなかったからだ。

なので翔は家に着くなり勢いよくバンッとドアを開け、大声でルミを呼んだ。


「ルミっ!!」


でも、返事はない。

翔の叫びも虚しく、部屋は静まり返っている。


「クソっ!」


翔は煮えたぎる思いで家の中を探し回ったが、ルミはどこにもいなかった。


「ちくしょうっ!遅かったか……!」


翔は床にうずくまり、悔しさの拳をドンッと床に叩きつけた。


床がへこみ翔の拳には強烈な痛みが走ったが、翔はそんな痛みなんてどうでもよかった。

いや、感じすらしなかった。

ルミを連れされた心の痛みの方が、遥かに痛かったから。


翔の心がバリっと大きな音を立てて引き裂かれ、そこからルミと昨日愛し合った記憶が溢れてきた。

幸せな記憶のハズなのに、今はそれが翔を何よりも苦しめる。


「なんだよ……!昨日誓ったばっかだってのに……クソっ!何が人を元気にする小説だ。俺は、俺は……たった一人の大切な人すら守れやしない……」


翔の裂けた心からは、血がドクドクと流れ出ていた。止まらない。

それを癒してくれるルミは、もういないから。


「ルミ……それに俺だって、楽しみにしてたんだぜ。ルミとムーミンデートすんのをさ……ったく、初デートがスッポかしってのは、面白過ぎて笑えねーぞ……ルミ……ルミ……ルミーーーーーーっ!!」


翔がルミの名前を大声で叫んだ瞬間、家のドアがゆっくりと開いた。

ハッとした翔がドアの方を振り向くと、そこに立っていたのは、なんと連れ去られたハズのルミだった。


「ル……」


驚きのあまりルミの名前すら声に出来ない翔だが、ルミはそんな翔を少しきょとんとしながら見つめている。


「翔……?」


けれど床にうずくまる翔を見てハッとしたルミは、靴も脱ぐのを忘れて翔の側に駆け寄った。

そして、うずくまる翔の肩に両手を乗せると、血相を変えて翔に強く問いかける。


「翔!どうしたんっ?!」


翔は頭の処理が追い付かず一瞬ボーっとしたまま、ルミを見つめていた。

けど次の瞬間、ルミをガシッと強く抱きしめた。


「ルミっ!!」

「わっ、翔。ハグしてくれて嬉しいけど、ちょっと痛いよ……」

「うるせぇっ!どんだけ心配したと思ってんだよ!」

「翔……」


ルミは、翔のハグが強すぎて本当にちょっと痛かったけど、そのまま我慢した。

ルミを本当に愛おしく思う気持ちが、翔からいっぱい伝わってきたから。

身体は痛くても、ルミはそれが心地よかった。


そしてルミは翔のその想いを全身で感じ受け止めると、翔にそっと囁く。


「翔、こっち向いて」

「ん?」


翔がルミの方を向いた瞬間、ルミは翔の唇にキスをした。

強く、ギュッと、いっぱいいっぱい愛を込めて。

そしてルミはそっと唇を離すと、翔の顔をそのまま真正面から見つめ、まるで彼女に天使のような微笑みを向ける。


「翔。分かったから、少し落ち着いて。私、ここにいるでしょ?」


翔は急に恥ずかしくなり、バッとルミを身体から離した。

取り乱してしまったせいで、まるで姉のような態度を取らせてしまったからだ。

自分より遥かに年下のルミに。


「すまん……ルミ」


照れながら頭を掻く翔に、ルミは無邪気な笑顔を向ける。


「いいよ♪翔の気持ちはたーくさん伝わってきたから。エヘヘッ♪」

「ルミ……!」


その瞬間、翔はハッとしてルミの両肩に手を乗せ、ルミをしっかり見つめた。

ルミが何か酷い事をされたんじゃないかと思い、心配な気持ちが一気に込み上げてきたからだ。


「ルミ!大丈夫だったのか?!」

「うん、大丈夫だよ。さっき光太さんから連絡もらったから」

「よかった~~~!」

「ありがとう翔。心配してくれて嬉しいよ♪でも、翔はバイトじゃなかったの?」

「光太から連絡がきて、メッチャダッシュで帰ってきた!バイトなんかしてる場合じゃねぇと思ったから」

「う~~~翔っ!大好きっ!」

「俺もだよ。ルミ」


翔とルミは再び強く抱きあった。


が、その時だった。


『ピンポーン!……ピンポーン!……』


家のインターホンがけたましく鳴り、ドアをドンドンと強く叩く音が部屋中に響いた。

翔とルミは抱きあって黙ったまま、ドアの方へ不安な顔を向けている。

するとドアの向こうから野太い声で、翔の名前を呼ぶ男の声が聞こえてきた。


「空見さん、開けて下さい」


男はそう告げて、またドアをドンドンと強く叩いている。


翔とルミは直感的に分かった。

ルミの父親が部下達を引き連れて、ここまで来た事を。

翔とルミは互いを見てコクンと頷いた。

そして翔はスッと立ち上がり、ドアの方を向いたまま背中越しにルミに告げる。


「ルミはここにいてくれ」

「翔……」

「奴らにルミは渡さない」


翔からそう告げられた時、ルミは嬉しかった。

翔が自分の事を本気で守ろうとしてくれてる事が、ルミの心に強く強く伝わってきたから。

けれども、同時に感じていた。


───なんで?もう、このまま、二度と翔に会えない気がする……!


途轍もないせつなさを感じたルミは、ドアに向かって行く翔の背中に手を伸ばしたが、その手は翔に届く事なく、せつなく虚空にヒラヒラと漂う。

言葉にならない声を漏らしたルミの事を翔は振り返らず、ドアをゆっくりと開けた。


「はい……」


その直後、翔は黒服に身を包んだ屈強な大男にタックルをかまされ、ドンと居間の方まで弾き飛ばされた。


「いって!何すんだよっ?!」


床に倒れたまま睨み付ける翔を無視し、男はルミにサッと駆け寄った。

ルミが悲鳴を上げるよりも素早く。


「ルミ様、ご無事で」

「りょ、凌牙りょうが!いきなり彼を突き飛ばすなんて、どういう事?!」

「ルミ様、お許しください。お父様からの命令でございます」

「パパが?!」

「はい。左様でございます」


凌牙がルミにどっしりとした態度でそう答えると、凌牙の後ろから、スマートな体型を黒服に包んだ男が現れた。

ストレートなミディアムヘアを靡かせ、コツンコツンと足音を鳴らしながら。

彼はルミの前に近づくと、精悍な瞳をルミに向けたまま片手をそっと自らの胸元に当て囁く。


「ルミ様、お久しぶりでございます。ルミ様が突然いなくなり我ら全力で捜索致しましたが、まさか、こんな所に囚われているとは知らず……お許し下さい」

「流星っ!アナタまで来たの?!けど流星、誤解しないで。私は連れ去られた訳じゃないの!」


強く訴えたルミに、流星は涼やかな笑みを浮かべながら小さくため息を溢す。


「フッ、さすがルミ様。このような下賤の者までお気遣いなさるとは、お優しい……」

「違うの流星!私は、翔が好きだからここにいるの!!」


ルミの叫びが部屋に響き渡った瞬間、凌牙も流星も膝をサッとその場に跪いた。


ルミの叫びに圧倒されたから?

違う。

ルミのピュアな気持ちに心打たれたから?

違う。

ドアから入ってきたからだ。

その場の全ての者達を、まるで空間ごと支配してしまうかの如き、圧倒的オーラを放つ男が!


その男は老人ではあったが、その纏っているオーラによって、彼が歩く度に空間が歪むように感じさせる。

そして彼は倒れている翔の方へ、そのままゆっくりと歩を進めてきた。


彼が近付いて来ると翔は床に倒れたまま顔を上げ、彼にしかめた顔を向ける。

すると、奇しくも彼の背中から指す日の光が後光のように思えてしまった。


───コイツか……!


翔は彼のその姿が瞳に映った瞬間、すぐに分かった。

この男こそが、ルミの父親である朝比奈財閥の会長だと。

今まで会った事など当然なかったが、翔は本能でそれを感じたのだ。


───この男が、ルミを……俺の愛するルミを泣かせた男か!


怒りに震える翔は、突き飛ばされた身体に痛みが走りながらも、ググっと全身に力を込めて立ち上がる。

全神経をその男に集中させ、譲れない誓いを瞳に宿して。


───ルミの事は渡さない。俺が、必ず守ってみせる!!

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