eyes:2 朝比奈 瑠美『ねぇ、何を捨てれないの?』

「ねぇ、何を捨てれないの?」

「えっ?!」


後ろから不意に問いかけられた翔はドキッとして、その声の方にクルッと顔を振り向けた。

するとその瞬間、翔の瞳に飛び込んできた。

きょとんとした表情で自分の事を見つめている、メチャメチャ可愛い女子高生の姿が。


そよ風に揺れるサラサラのセミロングの髪に、クリッとしたネコ目。

そして、可愛く着こなしたブレザー。


売れない作家である翔は、読者モデルや有名インフルエンサーなんて会った事は無い。

けど、もし実際会ったらこんな感じかもしれないと、ふと思わせるレベルだ。


───なっ、何だこの激カワな子は?!


翔はどぎまぎしながらも、サッと姿勢を正して片手でクシャクシャッと頭を掻いた。

こんな可愛い子に自分の心の叫びを聞かれたかと思うと、翔は本当にメチャメチャ恥ずかしかったのだ。


───や、やっちまったか?


「あーーえっと……もしかしてキミ、俺の言った言葉、聞こえちゃってた?」

「アハハッ♪そりゃ聞こえてるよー♪あーんな大きな声で『俺は捨てれないんだよっ!』なんて叫んでたら♪」


翔の言葉を強調しながら、屈託ない笑みを浮かべる彼女。

むしろ、本当は聞かせたかったんじゃないの?ぐらいの言い方だ。

なので翔は、自分の情けなさがより一層際立った気がして、心の中で悶絶した。


───やっぱりかーー!まったく、なんつー日だ。神様、俺をイジメて楽しいっすか?


勝手に神様に文句を言う翔。

こんなん神様もいい迷惑だし、そんなん知ったこっちゃないだろうが、翔にとっては赤っ恥だ。


「ハァッ……キミみたいな女の子がいるのも気づかず叫んじゃうなんて、俺マジでもう、末期症状だな……」


あーもう終わったわという顔してボヤく翔に、彼女は可愛い顔を近づけたまま不思議そうな目で見つめてくる。

嫌みとかじゃなく、本当に分かんないって顔をしながら。


「えーーっ、末期症状?お兄さん、凄く元気そうだけど?」

「はっ?これのどこが元気そうなんだよ。俺は色々あって、今、凄ーーく落ち込んでるの」

「ふーん、そうなんだ?」

「いやむしろさ、俺のどこを見て元気に見えた訳?」


くたっと肩を落として、やれやれのポーズを取った翔。

まあそんな事をしなくても、翔からは充分にくたびれているオーラが溢れているのだが。

そんな翔の目の前で、彼女は人差し指を自分の下唇に当て、斜め上に視線を向けながら軽く唸る。


「うーんとね……」


───ったく。可愛い子は、悩んでいても可愛いな。よれたジャケットを着て思い悩んでる俺の姿とは、大違いだわ。同じ人類とは思えない……宇宙人さん、人類の代表はこっちの子です。間違えないで下さいませ。


翔がそんな下らない事を考えていると、彼女は翔に向かってパッと明るい笑顔を向けた。


「そう!なんかね、戦ってボロボロなのに……今から、また戦おうとしてる感じがしたから♪」

「えっ?」


翔はハッとして、思わず大きく目を見開いた。

その言葉は、翔が心の中でいつも思っていた言葉の一つだったから。


日々、書けども書けども認められず、上手くいかない作家活動の中で、翔は常に戦っていた。

負けてたまるか。諦めてたまるかと。

それを、今出会ったばかりの彼女から言われ、翔はビックリしたけど嬉しかったのだ。


「ハハッ……それなら確かに、元気に見えたかもな」

「でしょ?私の目は誤魔化せないよっ♪」


どんなもんだい、というような顔をしながら、エッヘンと胸を張る彼女。

翔は本当に嬉しかったけど、すぐに表情を元に戻して少し目を伏せた。

ドライなようだが、そんな風に言ってもらえても、結局現状は何も変わりはしないからだ。

自分の小説が売れていない事に、何の変りも無い。


「でも、落ち込んでるのは本当だ」

「ふーん、そうなんだ……ってかそう!さっき言ってたアレ、何を捨てれないの?」


───おーい、結局そこに戻るのかよ。


翔は参ったなという顔をしながら、再び片手で頭をクシャクシャっと掻いた。

何か頭が痒い人みたいだ。


「えっ?それ言わなきゃダメ?」

「そりゃダメでしょーここまで話したんだから♪」

「いや、でもまだキミとは出会ったばっかだし、別に俺とキミとは友達でもないし」


友達でもないから、そこまで話さない。

一見完璧な返しをした翔に、彼女はニコッと笑う。

その顔は確かに可愛い。

けどその笑顔はただ可愛いだけじゃなく、何か企んでる雰囲気が滲み出ていた。


「じゃーご飯奢って♪」

「はい?なんで俺が、キミにご飯をおごるの??」

「えっ?だって、一緒にご飯食べたら友達でしょ♪」


───ん?友達ってそんな風に作るんだっけ?


翔の頭の中に、はてなマークが幾つか浮かんだ。


「ハァッ……てかさ、なんでそれで名前も知らないキミに、俺が飯を奢らなきゃいかんの?オカシーだろ」


翔は何だかよく分からなくなってきたし、何となくこの子とはだったからこそ、彼女にクルッと踵を返した。


「まあ、こんな末期症状の男と話しててもいい事ないぜ……ただ、面白い見方をしてくれたのはありがとさん」


翔は背を向けたまま、右手をヒラヒラと振って彼女にそう言った。

今言ったのが、翔の本心だったから。

出会ったばかりなのに自分の事を分かってくれた可愛い子を、自分みたいな売れない貧乏作家と関わらせたくなかったのだ。


けれど彼女は、去っていく翔の背中に向かって声を投げかけた。

ここから去らないで欲しいという気持ちが、凄く伝わってくる声で。


「ルミ!朝比奈瑠美よっ!」

「へっ?」


その想いがこもった声を、背中からバンッとぶつけられた翔は思わず振り向き、間の抜けた声を漏らしてしまった。

その瞬間、ルミはすかさず笑顔で翔に言葉を投げかける。


「私の名前、朝比奈瑠美!みんなルミって呼んでるから、ルミでいーよ♪」

「いや、なんでいきなり名前なんか……」

「だって、お兄さんが言ったんでしょ?名前も知らないヤツに飯は奢れないって」

「いやま、アレはそーゆー意味じゃなくてだな……」


翔はボヤきながらルミの方へ体を振り返らすと、なーんなんだよという顔をして斜め上を向きながら、再び片手で頭を掻いた。


───本当によく頭を掻かせる女だ。ちなみに、毎日風呂には入ってますからね。誤解しないで下さいませ。てかそれより、俺この子にペース飲まれてない?


何かヤベーなと思う翔をルミは見つめながら、可愛く頬を膨らませた。


「えー!なにそれ?じゃあ、お兄さんの名前は?」

「俺?」

「そう、お兄さんの名前。私だって言ったんだから、ちゃんと教えてよ。早くっ」

「えーーーまぁ……」


翔はちょっと躊躇ったが、自分の名前をルミに教える事にした。

もちろん、何かペース飲まれてたし気は乗らない。

けど、強引でも相手から聞いてしまった以上、自分も言わないとフェアじゃないと一瞬思ってしまったのだ。


「……俺は翔。空見翔だ」

「えー!かけるって言うんだ。カッコいい♪じゃー宜しくね、翔さん♪」

「おおっ、宜しく……って、どゆこと?」


軽く戸惑う翔。

ノリで宜しくと言ってしまったものの、何が宜しくなのかさっぱり分からない。

でも軽く戸惑う翔をよそに、ルミは嬉しそうに微笑んだ。


「ニヒヒッ♪」


してやったりな雰囲気で。


「じゃーーーお互いの名前も知ったし、ご飯行こー♪」

「あっ……そっか、や・ら・れ・たー!」

「アハハッ♪じゃ、ご飯、よろしくでありますっ♪翔隊長!」


今の話で引っかかるとか、俺マジでバカだなーーと頭を抱える翔に向かい、可愛くピシッと敬礼したルミ。

そしてこうなった以上、翔の今日の夕飯は100円のサバ缶とあんパンだけでは収まらない事が決定した。


───俺の日々の食費を浮かしてくれる、サバ缶とあんパンよ。今日は、会えねーなー。悲しいっ。


翔の、男としてヒジョーに残念な心の嘆きはさておき、こうして翔とルミは出会った。

この先二人に、とんでもない運命が待ち受けている事も知らずに……

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